第44話 3-6

 あたしは暗い夜の雨空の中、エイブラムスXX戦車を街まで向かわせていた。途中で出会った虫達を手当たり次第倒しながら。

 敵の数は増えては来ているが、弱点がわかったため、敵を飛び上がらせてからレーザーで射撃、というパターンが確立されたため、あたし達の戦車隊はそれを行うようになってからさほど苦労してはいない。

 さっきよりはだいぶ楽になったかな。

 いける、かも。

 飲み物を一口飲みながら、コントローラでエイブラムスXX戦車を街に向かわせる。

 履帯の鳴る音、エンジンや機械の響く重低音、時折鳴り響くレーザー砲の発射を告げる高い唸り声と、砲塔から発射される砲弾の破裂音。

 それらが仮想ヘッドホン越しに聞こえてくる。まさに、戦場の音楽だ。

 しばらくすると、遠くにあった街や工場の明かりが大きくなってきた。街に着いたのだ。

 その街の中から砲撃の光が幾つも煌めき、街の外の暗闇の中へと消え、そして地面で強烈な光をもたらす。敵があの闇の中にいるのだ。

 爆発の光と街との間の距離を見ると、あまり余裕はなさそうね。急がないと。

 あたしはスピードを上げると、街と爆発が連続して起きている場所との間に割って入るようなコースを取った。

 そうしながら砲塔を敵の方へと向け、わざと敵の足元にむけて射撃する。当然虫達は驚いて躱し、次々と羽を広げて空へと飛び上がるのだが、それが狙いだった。

 次の瞬間、対空モードにセットしたレーザー砲塔が稼働し、虫達を寸断していく。

 ばらばらになった虫達は、空中で切った野菜のように地面へと落ちてゆく。

 よしっ。また敵を落とせた。この方法なら敵をたやすく倒せるのだ。

 これならサーティがいなくても──。

 と思った時だった。

 爆発音が耳元を覆った。ヘッドセッドの減音機能が働いて音量を下げるが、それでも何も聞こえなくなる。同時に激しい振動が情報空間の車内に伝わる。舌を噛みそうになりながらなんとかこらえる。

 振動が収まりかけたところで叫ぶ。

「被害状況!」

 あたしの叫びに、エイブラムスXX戦車を操るACの一人が大慌てで返す。

「左方四五度から敵の攻撃! 本車左履帯破損! 行動不可能! 武器は生きています!」

 即座に指示する。

「車両の切り替えを──」

「今の衝撃で通信機能などが故障しました! 切り替えに時間がかかります!」

 そんな。

 そんな状態で戦車がやられたら、その時のショックであたしの意識がどうなるかわからない。最悪、精神にダメージが来るかも。まずい。

 焦りながら、周囲の戦車に指示を次々と出す。

「数台はあたし達の脱出まで時間を稼いで! 他の車輌は戦闘を続行! 目標配分は従来のままで!」

 そう言い終えた時だった。

 闇の中から、醜悪さというか邪悪さをたたえた虫達が顎を打ち鳴らしながら、動けないあたしの車両へと空を飛んで襲いかかってきた。

 あ。

 レーザーを自動発射させようとするが、レンズの動きが間に合わない。

 神様──!

 悲鳴を上げかけた時だった。

 斜め上の空から何かが虫を貫き、地面へと叩き落とした。

 何事、と思いながら、何かが飛んできた方へと頭部連動外部カメラを向ける。

 そこには。

 雨空に浮かぶ鋼鉄の人型──イムの姿があった。

 イムは一体だけではなく、何体も空中にジェットロケットパックなどの推進力で浮かんでいた。

 あのイムは。

 そう思いかけた時、通信ウィンドウが開いた。

 そのウィンドウに映し出された顔は。

「ハロー、元気してたぁ?」

 青い目に金の髪、白い肌、陽気さそのものの顔。

 サーティ、だった。

 突然現れた彼女の姿に、あたしの感情は驚きと喜び、そして怒りでないまぜになった。

 眼の前が突然見えなくなる。何も言えなくなる。ようやく口から絞り出せたのは。

「遅いわよ……!」

 という文句だった。

 そんな言葉しか出なかったあたしに、サーティは冗談めいた口調で笑った。言いながら画面が揺れている。戦いながら言っているのだろう。

「いやー、ゴメンゴメン。パーティの身支度に時間がかかっちゃってさー」

 それから、急にしんみりした声になって、

「ごめん、チヒロ」

 そう、謝ってきた。

 あたしは、少し泣きと怒りと冗談を含んだ声で返す。

「謝って済むなら警察はいらないわよ」

 それから少しの間を置き、あたしは心を込めて、

「来てくれてありがとう。サーティ」

 頭を下げた。心からの想いだった。

 サーティは、泣いているあたしにいつもの陽気な口調に戻って、

「そんなことは後々っ。今はパーティだよ。張り切っていこう!」

 そう言ってはウィンクをする。そして、自分や周りに勢いをつけるような声で、

「パーティタイムの、始まりよ!」

 そう言い放つと、自分を含めたイム達を散開させた。

 イム達は、空中を激しく動き回りながら次々と地上にレーザーや武器を放っては虫達を飛び上がらせ、そこを狙ってレーザーや複合兵装の弾丸やマイクロミサイルなどで虫達の体を貫いていく。

 虫達の注意がサーティのイム達へと引き付けられる。

 今のうちだ。

 あたしは戦車の兵員に命令した。

「今の位置に、あたし達の意識を別車両に移動させて! この車両は無人砲台として活用して!」

「了解!」

 しばらくして、一瞬周囲の風景やホログラフィックスクリーンの表示が一瞬消え、また戦車内の風景や光景に戻った。しかし先程の光景とは少し見え方が違っている。戦車のステータスも全て緑表示に戻っている。そしてなにより、戦車の車両名が変わっていた。

 あたしと兵員の意識が、別の車両へと移ったのだ。

 軽く操縦してみて、異常はなかった。いける。

 よしっ。

 あたしはヘッドセットのマイクに向けて命令を伝える。

「各車、イムと連携して、敵を攻撃して! 街には一歩も奴らを入れさせないで! ここは貴方達の奮起にかかっているわ! 総員一層努力せよ!」

 あたしの言葉に、各車から了解の応答が返ってくる。

 あたし達はここで勝たねばならない。

 そうしなければ、ひどいことになるからだ。


 でも今は、サーティがいる。

 あたし達は、きっと、勝つんだ。

 勝って、彼女を、抱きしめよう。

                  

                  *


 イムを着込んだアタシは止み始めた雨空を華麗に飛翔しながら、地上や空中にいる敵に次々と狙いをつけ、複合兵装や背中のレーザー砲で攻撃し、彼らを屠っていった。

 周囲には設置型軍事ACが操作する無人型イムが多数いて、アタシと同様に高機動をかけながら、他の機体や地上のエイブラムスXX戦車部隊との連携で虫達を飛び上がらせ、装備された兵器で倒していく。

 アタシは網膜投影で表示されるディスプレイでちらっと地上を見た。一台の戦車がそこに映る。車長名はチヒロ・ヤサカと表示されていた。

 チヒロ。

 さっきはああ言ってみせたけど、実際は強がりだ。逃げ出したい、弱気になる気持ちを抑えて、ここまでやってきた。そして、ああおどけて見せては戦っている。

 自分が何者なのか。自分の正体とは、というものを突きつけられて、普通でいられる方がおかしい。いや、そういう人のほうがおかしいのだ。

 正直、ここまで冷静に、落ち着いていられるのはカウンセリングACなどに受けた心理調整、意識誘導のおかげだ。さっきも外部からリモート調整を受けている。

 自動的にレティクルが敵影と重なり、意識トリガーで引き金を引き、弾丸を発射し、敵を倒す。自動化された一連の作業。それはアタシだけでなく、普通の人間でも、訓練を重ねれば普通に出来るようになる。それが軍隊という場所なのだ。

 しかし一瞬の気の迷いが、一瞬の気の緩みが、引き金を引くのを遅れさせ、逆に撃たれることになる。

 それを防ぐのが心理調整や意識誘導だ。脳のある部分を制御することにより、殺人などに対する忌避感などをなくし、より積極的に行動できるようにする。

 これは人間の五感、感覚に対しても同様で、例えば痛みを感じさせなくなるようにして、怪我をしてもそのまま行動できるような、それこそゾンビのような兵士に人間を仕立て上げることもできる。

 それからある特定の知識や技能、あるいは人間の意識をデジタル化し、脳に導入することで、ある特定の人間の能力を持たせる言語やプロトコルも存在する。

 そしてそれとは別に、人間の身体の神経群と外部ネットをつなぎ、人間の動作の補正や最適化などを行うシステムもある。

 これらのテクノロジー群が、遺伝子操作と人工子宮によるクローン人間の生産と結びつき、軍事目的で生まれた完璧な超人兵士。それがアタシ、そのはずだったのだ。

 でも実際には。

 ただの人間に、優秀だと思いこんでいる兵士の人工意識を脳内に導入しただけの兵士。壊れたら修理させられてまた使われるおもちゃ。それがアタシだったのだ。

 心理調整も、意識プロトコルも、動作最適化も、全部ただの思いこみ、まやかしだったのだ。

 むしろそれらのテクノロジーが導入されているのは、チヒロの方だと言っていい。そうでもなければ彼女はあそこまで戦えないのだから。ここに来るまでただの女子高生、素人だったなら。それすらも怪しいところはあるけど。

 相変わらず戦況は不利だった。押し寄せる虫の群れに、アタシ達はなんとか応対できていると言っていい。戦術による対応策で押し留めているものの、数による戦略的不利は否めない。

 右腕の複合兵装のレーザーで飛んできた虫を一刀両断すると、アタシは悪態をついた。

「倒しても倒しても来ちゃうなんて。この人達なんてマゾなのかしら!」

 飛ばしてくる石のようなものを躱して弾丸を叩き込みながら、赤外線センサーを眺める。周囲は敵でいっぱいだ。

 なにか策はないの。何か。そうつぶやきかけたその時だった。

 突然通信モニターがポップアップし、その中に一人の人物を映し出す。猫耳に青髪青目のゴーレムちゃんだ。名前はええっと、メフィールだ。

 そのメフィールが、自信有りげながら若干早口な口調でまくし立ててきた。

「諸君、秘密兵器が完成したにゃ! まもなくこれを散布するにゃ! そうすれば虫達はイチコロにゃ! 諸君、もう少しの辛抱だにゃ! 頑張って耐えてほしいニャ!」

 彼女が言い終わると同時に、通信ウインドウは開いたときと同様の突然さで閉じられた。

 一体何よ、と思いながら続いて開かれたウィンドウを視界の隅で見る。

 文字情報で伝えられたそれは、ある種の衝撃を伴っていた。

「これは」

 アタシは口に出した後、笑いだしたくなった。

 そうか、コイツらそうだもんね。これを使えばイチコロだもんね。

 その事実に後押しされて、アタシはイムをさらに機動させる。

 もう少しだ。もう少しで、何もかも終わる。頑張らなくては。

 自分自身を励まし、鼓舞しながら、空中で新しい標的を探していたその時だった。

 空を飛翔している虫の一匹が、地上に頭を向けていた。何かを狙っている。

 その斜線の先へ視線を向けると、一台の味方戦車がいた。

 それだけならいい。それだけなら。

 問題は。

 その戦車が、チヒロが操る戦車だと言うことだった。

 虫の顎が大きく開かれる。口の中から何かを発射するつもりだ。

 今から撃墜しても遅い。その時には、巨蟲は戦車に向けてものが放たれている。

 どうすればいい。

 一瞬の判断の後、アタシは決めた。無意識的に。

 守らなきゃ。……を守らなきゃ!

 イムを、虫と戦車の間に割って入らせる。

 間に合え。間に合え間に合え!

 虫が「弾丸」を発射する。

 フルスロットルでイムを飛翔させ射線上に入りそして、


 衝撃が走った。

 激烈な痛み。

 世界がグルグル回る。


 間に合った。


 地面が、

 

                 *


 あたしは、エイブラムスXX戦車を駆って雨脚が弱まり始めた夜の戦場を駆け抜けていた。あたしのやることは、主に主砲の砲弾で敵を飛び上がらせ、他の戦車や上空にいるイムなどで片付けてもらうことに集約されていた。

 やるべきことが少なくなったので、だいぶ楽になった。数は多いけど、大分減ってきた体感はある。これなら虫達を撤退させられるかもしれない。

 でもそれは控えめに言っても楽観的過ぎた。相変わらず状況は不利で、あたし達は都市や工場を背中にしながら、戦うことを強いられていたからだ。

 防戦一方。その言葉が似合う状況だった。

「まったく、しつこいわね。ストーカーでもこんなのはないわよ」

 虫の一匹に砲撃を叩き込みながら悪態をつく。本当は指揮などに専念したいけど、そうもいかせてくれない。砲弾を叩き込んだ後は、次の敵を探して自動捜索モードを起動させる。

 ふと気になって、視線追随カメラを上空に合わせた。空には虫達と味方のイム部隊やドローンが飛んでいた。その中の一体、明らかに装備の異なるイムに視線を合わせる。

 サーティのイムだ。

 彼女が戦いに戻ってきてくれたことは嬉しかった。でも、無理をしてるかも、と思う気持ちもあった。あたしのために、無理をして出てきている。どこか痛々しい、そんな戦い方だった。外見に傷はないのに。

 それに。あたしはそこまで──。

 突然、敵に照準がロックされたというけたたましいアラームが鳴った。どこ? とカメラをその方向へと向ける。

 空中で、ホバリングをしている不気味な玉虫色の虫が、こちらに顎を空け口を向けていた。

 まずい。こっちに発射する気だ。移動しなきゃ。

 そう思ってべダルを踏んだ瞬間、履帯が空転する音がした。ぬかるみにハマったのだ。

 こんな時に。

 あたしはペダルを強く踏み、コントローラーのスティックを前に倒して進もうとする。

 駄目だ動かない。エンジンが空回りする重々しい音が耳元で響き渡る。

 神様──。

 目をつぶった次の瞬間。

 衝撃は、来なかった。

 不思議に思い、目を開けてもう一度カメラで空を見る。

 人型のなにかが、くるくると木の葉のように落ちていくのが見えた。

 それは。

 サーティのイム、だった。 

 信じられず、落ちていくそれをじっと見つめていた。

 ようやく絞り出した、絞り出せたのは、

「サー、ティ……?」

 の一言だった。

 そして続けて、

「サーティ!」

 もう一度叫ぶと、砲塔上部のレーザー砲塔を対空モードにして放ち、虫を両断する。

 その間にもサーティはくるくると地面へと落ちていく。

 助けなきゃ! 助けなきゃ助けなきゃ助けなきゃ!

 戦車を動かそうにもぬかるみからまだ抜け出せない。履帯はまだ動かない。

 このままじゃ、サーティが地面にぶつかって死ぬ。

 神様──。

 もう一度内心で叫びかけた時だった。

 地面スレスレまで落ちかけていたサーティのイムに、幾つかの影が獲物を狙う猛禽類のように飛んできては、彼女の身体を捕まえた。そして、その高度がぐんぐん上がっていく。

 何事かと思ってカメラをズームさせると、それは、味方のイム達だった。貴重な戦力を割いて、サーティを助けに来てくれたのだ。

 彼女のイムの装甲はずたずたで、凄まじい衝撃を物語っていた。一部装甲が取れていて、中の肌が見えているような気がしていた。

「サーティ!」

 そう叫ぶと、音声通信で女性の声が飛んできた。

「彼女は私達が病院まで搬送して治療します。後のことは任せて、貴女は戦闘に専念しなさい!」

 叱責にも近い声に、あたしは頭をすくめかけた。

 でも、そうなのだ。そうしなければならないのだ。

「了解」

 あたしはできるだけそっけない風を装った声で応えると、もう一度ペダルを踏み、コントローラのスティックを前に押した。

 軽い衝撃の後、戦車が前進しだした。ぬかるみから抜け出せたのだ。

 これでよし。

 あたしはため息を付いた。でも衝撃がまだ晴れない。

 サーティが。大丈夫かな。多分大丈夫よね。今はこの戦いを乗り切ることに集中すべきだ。今は忘れよう。彼女の事を。

 捜索モードで次の敵を探すことに没頭し、敵を発見しては砲塔をそちらへ向け、砲撃ボタンを押して、敵に叩き込む。

 その動作を機械的に行い、繰り返す事で、嫌なことを、サーティの事を、忘れようとした。

 でも忘れられなかった。

 忘れることなんて、できなかった。

 その時、司令部からの通信が悲鳴に近い声で情報を伝えてきた。

「敵原住生物、最終防衛ライン突破! 都市へと侵入します!」

 あたしはその報告を聞いて背筋が凍った。戦車を操るながら、時が止まったような感覚を受けた。


 まずい、このままじゃ──。

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