第43話 3-5
アタシは、アタシの
突然虫達が空を飛ぶという突然の出来事に我軍は少し混乱していたけれども、ようやく立て直しつつあるようだった。でも、戦況は相変わらず良くない。虫達が飛行能力を得たことにより、彼らは空を飛んで一気に戦線を飛び越し、街や工場群、基地の近くまで攻め込んできているからだ。
その中で奮戦している部隊があった。第一戦車大隊。その戦車部隊はレーザー兵器を活用し、空中にいる甲虫達を次々と撃墜しているようだった。戦車大隊は戦闘を行いながら、猛烈なスピードで街へと向かっていた。
戦車大隊の指揮官は……。チヒロだった。
彼女は一生懸命戦っている。
それに引き換え、一体アタシは何をしているんだろうか。いや、何もしていない。ここでぼうっとホログラフィックスクリーンを眺めているだけだ。
まったく。偉いものね、アタシは。
でも。
アタシは両の手のひらを見て、震えを起こした。
アタシが人工意識だったなんて。アタシのこの体が別人の体だったなんて。
なんと言えばいいのだろうか。自分のすべてが信じられない。自分のすべてを崩れ去った感覚を味わっていた。
手のひらに、冷たいものが幾つも落ちていた。
自分には何もない。こんな自分に、何ができる。
アタシには、チヒロに向かって何も言えないよね。
でも。
それでも、そんなアタシに、チヒロは言ってくれた。
「そんな貴女、貴女じゃないわ。あたしが知っている貴女なら、こんなとき胸を張って喜び勇んで出撃するはずよ」
と。
彼女は信じているのだ。こんなアタシでも。
なら。
アタシのやるべきことは一つのはずだ。それを、やらなければ。
アタシはゆっくりと立ち上がった。そして手で涙を拭いた。アタシは玄関の方へと駆け出した。靴を履き、エアーロックを出る。
外は激しい雨が降り注いでいた。時折雷鳴も聞こえる。そして合間合間に、遠くの方で楽器の演奏のような激しい砲撃音と、連続した甲高い銃撃音。
事態は切迫している。急がなきゃ。
アタシは濡れるに構わず、玄関の外で立ち止まった。そして、自分の心臓に自分から見て右手を当て、それから手のひらを広げて天へと掲げる。
早く、来て。
すると、天の一点が煌めいた。その煌めきは次第に大きくなり、こちらへと向かってくる。
煌めきは人の形になり、アタシの直ぐ側へと降り立った。イムだ。アタシ用のイムが空中で待機していてくれたのだ。
イムは降り立つと背中を展開させ、中への搭乗空間を空けた。アタシはそこからイムの中へと乗り込んだ。手足を伸ばし、当該パーツの中へと差し入れる。すると、自動的に背中のパーツが締まり、ロックされた。
『認証チェック、終了。機体チェック、簡略化チェック終了、異常なし。武装チェック、簡略化チェック終了、異常なし。機器チェック、簡略化チェック終了、異常なし。オールグリーン。機体に異常なし』
イムのAIが簡略化されたチェックを終え、異常なしを告げると、各部のロックが解け、自由に動けるようになった。
あたしは右腕を動かし、じっと見た。
アタシは。
不安を覚えてしまった。恐怖を覚えてしまった。自分の不確かさを知ってしまった。
それでも。
守りたい人がいる。守りたい世界がある。
だから。
アタシは右手の拳を強く握った。そして、拳を降ろし天を見上げた。
そしてアタシはイムの熱核ジェットを噴射して、勢いをつけジャンプし、それからジェットの力を借りて、天高く強く叩きつける雨空の中へと舞い上がっていった。
戦うしか、ない。チヒロの、ためにも。世界の、ためにも。
*
人工意識の一般人達は情報世界の避難所などで息をひそめ、そして怯えていました。爆発音と振動が近くなり、大きくなっていました。
原住生物達が破壊の限りを尽くしながら近づいてきているのです。
ここに気がついてしまったら、真っ先に狙われるでしょう。そうしたら大きな被害や犠牲が出るのは目に見えています。
ああ、どうすればいいのでしょうか?
と、その時です。
避難所などの空中にVRスクリーンが現れ、周辺に声が響き渡りました。
『こちらゲーム会社、TritonWorksのカランと申します。避難民の方に申し上げます。これよりVRMMORPG『グランファンタジア』の全サーバを開放し、そちらに避難民全員を避難させます』
「え?」
「別世界に避難って?」
そう言われて避難民達から次々と声が上がりました。それはそうです。突然そんな事を言われても、安全になるのか、疑わしいからです。
それを見越してか、カランちゃんは優しく安心させるような声で言葉を続けました。
『全員の避難が終了し次第、都市世界情報世界との接続を切断し、独立稼働させることにより安全性を保ちます。それでは、実行いたします』
彼女がそう言った次の瞬間、各地の避難所などにいる無数の人々の体が青い光に包まれ、次々と消えていきました。そして、次に彼、彼女らがふわりと現れたのは。
そよ風が吹く、温かい太陽の光が降り注ぐ、中世の街並や村々などでした。
「えっ、なんだ?」
「ここは?」
「ここがさっき言っていたゲーム世界なのか?」
あちこちを見渡したり、ものに触ったり、風に当たったりとあれこれしながら、避難民達は戸惑っていましたが、振動も爆発音もないのを確認すると、一様にほっと一息つきました。
そんな彼彼女らの空中に、VRスクリーンが開き、またカランちゃんの声が響き渡りました。
『こちらグランファンタジア運営のTritonWorksです。只今避難民全員のグランファンタジアサーバへの避難が完了いたしました。同時に、都市情報世界との接続を遮断し、敵が来れないようにしました。皆様、ご安心して休んでください。運営が様々なサービスを致します。どうぞご利用ください。詳しくは運営にお尋ねください』
それからカランちゃんは一つ咳払いをして、ものを頼み込む時、というか要請するときの声で言葉を続けます。
『またこれより、グランファンタジアの武器やスキル、魔法データなどを志願者に付与し、グランファンタジアのモンスターなどと共に、使い捨ての情報接続で都市情報世界へと送り込み、敵原住生物への反撃を試みます。志願する方は運営へのダイレクトメッセージをお願い致します。この世界を守りたい方は、集ってください』
その言葉を聞くなり、人工意識の避難民達は顔を見合わせていました。
が、やがて、VRスクリーンであれこれ見ると、次第に、
「よしっ、俺はやるぞ! この世界を守るために!」
「モンスター達が味方なら、なんとかなるかもー!」
「あの虫達に一泡吹かせてやるぞ!」
「おーっ!!」
彼彼女らの周りから次々と声が上がり、空中に現れた運営のお助けエンジェル達と会話を始めました。
しばらくすると、志願者達の姿が次々と、鋭い刃の剣や槍などの武器や盾などを持ち、ピカピカの鎧を着た戦士や騎士の姿や、ゆったりとした黒や白などのローブを着て杖やワンドなどを持った魔法使いの姿、法衣に叩かれるととても痛そうなメイスを持ったクレリックの姿などに変わっていきます。
一、二度武器を振ったり、VRスクリーンを開いてステータスなどを確認したあとで、彼彼女らは、うん、と力強くうなずきました。
「よし、行くか! 俺達は、世界を救う勇者になるんだ!」
そう叫ぶと、人工意識の戦士達は再び青い光に包まれて消えていきました。
いよいよ、私達の反撃開始です。勇者達に栄光あれ!
*
さて、都市情報世界に話を戻します。
虫達の情報体は相変わらず街で暴れまわり、相変わらず破壊と暴虐の限りを尽くしていました。
ビルや店などを壊し、顎を打ち鳴らしては、勝ち誇った様子です。
そこに、大きな影が幾つも現れました。それは。
大きなぶよぶよとした液体状の体に、丸くて大きな目と口の青や赤などの色とりどりの姿をした怪物。そう、スライムです。
カランちゃんが志願者の勇者達と共に送り込んだモンスター達の一種類です。
スライムちゃん達は、グランファンタジアに出てきたときよりも体が大きくなっていて、虫達と同じか、それ以上ある大きさになっていました。カランちゃん達が彼らを虫達と戦わせるために、プログラムをいじってサイズを大きくしたのです。
機転が効きますね。
「きゅいっ。むいっ。きゅいっ。むいっ」
そんな声を上げながら、虫達の前に立ち塞がります。
虫達は始め訝しげな顔(あるとすれば、ですが)でお互い見合わせていましたが、やがて再び歯を打ち鳴らし、後ろ足で二度三度地面を蹴っては、スライム達に襲いかかりました。
が、スライム達はその見た目と頭の悪そうな感じとは裏腹に、さっと飛び上がったり避けたりして見事に躱すと、
「きゅいーっ! むいーっ!」
再び勇敢に叫んでは、逆に虫達に襲いかかります!
スライム達はその大きな体で虫を押しつぶしたり、酸などを吐いて虫を溶かそうとしたり、虫を飲み込んで消化しようとします。
虫達も顎でスライムの体をちぎろうとしたり、足で蹴飛ばそうとしたり、口から岩のようなものを吐き出したりしては、スライム達をやっつけようとしてきました。
さあ、大怪獣決戦の始まりです。
スライムに押しつぶされて砕け散る虫の情報体。
虫の岩に砕け散るスライムちゃん。
スライムの攻撃を飛んではひらりと躱す虫。
虫の攻撃を素早く躱して逆に酸を吐くスライム。
やられた虫やスライム達は、バラバラになって情報の欠片となり、消えていきました。
そんな戦いが、そこかしこで繰り広げられています。
戦いは初め、圧倒的な数にまさる虫達が有利でしたが、ある存在達が現れてから状況が変化しました。
それは。
ゴブリンやオーク、エルフなどの亜人達の集団、ロック鳥やベヒモス、ドラゴンなどの巨獣、幻獣達、ジャイアントやティタンと言った巨人達などです。
彼彼女らは都市情報世界に姿を表すと、武器や鋭い牙、爪などを鋭く光らせ、一瞬身構えると、一頭の賢く気高そうな黄金の体色を持ったドラゴンの、
「……突撃ーっ!」
という咆哮にも見た叫びとともに、一斉に突撃を開始します。
亜人やモンスター達は鬨の声を上げながら、虫とスライム達の戦いの真っ只中へと向かっていきます。
道路や空を震わせながら亜人やモンスター達は虫達に突っ込んでいき、乱戦状態の群れに、激突しました。
大きくど派手な土埃、土煙や爆発などが、あちらこちらでもうもうと湧き上がります。
街のあちこちで、魔法で巨大化した亜人達が剣や斧などで虫達に斬りかかり、巨人達が手で殴り、足で蹴り潰します。
空ではドラゴンなどの巨獣、幻獣達が空を飛ぶ虫達に炎を吐いたり、鉤爪でつかみ、地面やビルに叩きつけたりします。
虫達も黙ってやられているわけではなく、爪や顎で敵に噛みついたり引っ掻いたり、口から硬い何かを出してぶつけたりします。
これにスライムたちも加わり、戦いはさらに混沌としていきます。
ただ、情勢はモンスターたちが加わったことで、こちら側に情勢が傾きかけているようです。
さらに、もうひと押しあれば。
とその時です。
街の奥の方に、青い光が次々と現れました。
その中から現れたのは。
そう、グランファンタジア内でカランちゃん達の呼びかけに応じ志願した、ファンタジー装備を身にまとった勇者達です。
無論、巨大化の魔法をかけてあるので、体や武器は大きくなっています。
光の中から現れた勇者達は、各々の得物を構えると、こう言い合いました。
「おい、ゴッツい状態だな。あの中に突っ込むのか?」
「おいおい、今更になって、怖気づいたのかよ?」
「そうじゃないけど、スライムやモンスター達、俺達を味方に思ってくれるのか?」
「大丈夫だって。アイツラにだって知能はあるし、区別はついてくれるでしょ?」
「つかなかったらどうするんだよおい?」
「その時は誰も彼もぶん殴れば大丈夫だって。どうせアイツラモンスターだし。まとめて倒せば経験値入るっしょ」
「そう思うと経験値だらけの状態だなおい」
「ゴールドやアイテムとかも手に入るしね」
「そうだな。じゃ、行こうか」
「ゆこう」
「ゆこう」
そういう事になったので、みんなでお互いうなずきあうと、
「では、突撃ー!!
「チェストーぉ!!」
「リィーーーーーーーーッ!!」
「アチョーッ!!」
などと大きく奇声を上げながら走り出し、虫達に向かって突撃していきました。
楽しそうというか、なんか頭悪そうですね。まったく。
剣や斧、槍と言った武器を持っては、前衛の戦士たちは突撃し、虫とモンスター達が戦いを繰り広げる中へと突っ込んでいきました。
群れと群れの激突。再び土煙などが上がります。
戦士達は見かけた虫達を手当たり次第切ったり突いたりしていきます。
戦士の振りかぶった剣が甲虫の甲羅に食い込みます。甲虫は逃げようと足掻くものの、食い込みはどんどん深くなり、そして甲虫の体を分断しました。
甲虫の体が分解され、情報の欠片となって消えていきます。
後方にいる魔法使い達は一斉に呪文を唱え、魔法の弾を生み出しました。
「マジック・フォース!!」
その弾は空中で浮いて力を溜めた後、勢いよく射出。乱戦の塊の方へと飛んでいきます。
その飛んでいった弾丸達の中の、一発の弾丸の射線上に、一人の戦士が虫と戦っていました。その戦士に、弾丸が当たりそうです。あっ、危ない!
と思ったら、その弾丸はその勢いのまま何度かコースを変え、戦士を躱し、甲虫に命中しました。甲虫の体に弾丸が食い込み、甲虫が動きを止めて倒れると、情報の欠片となって消えていきます。
そう、これは自動的にコースを変え味方を躱して敵に命中する魔法の弾丸なのです。便利ですね。
そんな魔法の弾丸が次々と虫達に命中し、傷を与え、そのうちの幾つかは致命傷となり、甲虫達を倒していきます。
戦士達の中にはわざと囮になって虫を乱戦状態から引きずり出し、そこに魔法使い達が、
「喰らえっ、ファイアーボール!!」
と火の玉の魔法などで狙い撃ちして、丸焦げにしていきます。
同じように群れから引きずり出した虫を、後方から弓使いなどが矢を放ち、虫を刺し貫きます。
また一方では怪我をした味方の戦士やモンスターたちを、
「ヒーリング!!」
と僧侶などが治癒の魔法をかけ、傷を治していきます。
そのような感じで戦いは続き。
土埃が完全に晴れた頃には、虫達は完全に消えていました。
静かな街が、再び訪れていました。あちらこちら、街は壊れたままでしたが。でも、結局は情報なので、あとで修復すれば簡単に直るんですけどね。
勇者達は静けさを取り戻したあたりを見渡しながら、
「いなくなったな。虫ども。これも俺様の活躍があったからな」
「いいや俺だ、俺のこの剣さばきがあったからだ」
「いいや、俺のこの魔法がすごかったからだ。マジック・フォースで虫どもに百発百中だぞ? これが俺様の才能だね」
「それはお前の才能じゃなくて魔法の性能だよ」
「おいおい言うねえ脳筋。そのユーモアをもう少し他に活かしたらどうだ? 例えば彼女にとか」
「お前俺に彼女がいないのを知っての狼藉か? この剣の錆にしてやろうか?」
「二人共、言い争いはそれまでにしてっ! そもそもー、この僧侶ちゃんのヒーリングがなければ二人共戦い続けられなかったのよっ!」
「はい……」
「最もでございます……」
そんな事を言い合いました。
さて、ここで疑問です。この情報世界に侵入した虫達の情報体に、なぜ普通の銃器などは通用せず、勇者やモンスター達の武器や魔法などは通用したのでしょうか?
考えられることとしては、虫の情報体の情報世界での物理法則とこちらのACの普通の兵士の物理法則は同じなので、銃などは防がれてしまうのですが、グランファンタジア世界の物理法則とは異なるので、グランファンタジア世界の武器や魔法などが通用するのではないかと言うことです。
そういうのは後の研究・検証待ちですが、ともかく、この場は原住生物達の情報体を情報世界から追い出せたのは喜ばしいことです。
みんな、引き続き警戒よろしくね。
一方、カランちゃん達グランファンタジアの運営は、ホログラフィックスクリーンやホログラフィックキーボードなどが所狭しと浮いていたり置かれている運営モニタリングルームで、
「敵原住生物情報体群の反応、主情報世界より消失しました。残存なし」
その報告を聞くと、一様に大きくため息を付きました。その後運営の一人の少女が、白髪に金の目の少女の、運営のリーダーのカランちゃんに向かって笑顔で言いました。そして、コーヒーを差し出します。
「方が付きましたね」
「ええ」カランちゃんもコーヒーを受け取りながらようやく頬を緩めて応えました。「アン様達がネットメッシュ自体に対応を施してくれたおかげで、敵は侵入してこれないみたいだけど」
「とりあえずは安心ですね」
「これで問題は現実世界の方に限られてきたわね。社長、どうしているかな」
そう言いながらカランちゃんはホログラフィックスクリーンの一つを切り替え、現実世界の戦況を表示させました。
地図には三角などで表示された味方部隊と、赤い点で表示された敵原住生物達が表示されていました。
赤い点が集まった邪悪な染みが、街を覆い尽くさんとばかりに近づいてきていました。
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