第42話 3-4
あたし達第一戦車大隊は既に後退を始め、街へと向かって走っていた。
さらに激しくなる雨と雷の中で、主砲や対空レーザー砲などを放ち、空を飛んで街に向かい始めた虫達を追撃している。
戦車大隊は若干数を減らしていたけど、戦闘を継続するにはまだまだ十分な数と言えた。
履帯が泥と水を巻き上げながら、二十一世紀の主力戦車からは信じられないようなかなりの高速度で戦車を走らせる。
虫たちが空を飛び始めた時はさすがに衝撃を受けたけど、今は落ち着きを取り戻すことが出来ていた。
これも脳に施された心理調整のおかげだと思う。
「敵甲虫型原住生物の多くは飛行しながら街へと侵攻中!」
「主砲やレーザー砲などを対空モードにして撃墜して! 街に戻りながら攻撃するわよ」
「了解!」
「街及び工場、基地周辺に到着したら防衛ラインを形成して防衛戦よ! 敵の侵入を許してはならないわ!」
そう言ったはいいけど。果たして、間に合うのかな。
でもともかく。守らなきゃ。あたし達の街を、あたし達が造った街を、あたし達の世界を、守らなきゃ!
あたしはコントローラーを強く握りながら、自動砲撃モードで空を飛ぶ甲虫の一匹に狙いをつけ、ビームモードで砲撃する。
ビームは甲虫の体を貫き、それはバラバラになって地面へと落ちていった。
例のバリアを張る様子も余裕もなかった。
あっ。
飛んでいる間は電磁バリアが張れないのね。よし、みんなに伝えよう。
「甲虫は空を飛んでいる間はバリアを張れないわ! 積極的に攻撃して!」
「了解!」
あたしの報告を受けて、他のエイブラムスXX戦車も積極的に空中への攻撃を始めた。
その中の戦車の一台が、砲塔後部上面についている周辺掃討用の球体状レーザー砲をせり上げた。それから、レーザー生成用の電磁成形されたレンズを空へと向ける。
直後、扇状に形作られたレーザー照射空間にいた虫達の体が寸断され、次々とあっけなく地面へと落ちていく。
他の戦車達もそれに習い、レーザー砲塔を上空に向けてレーザーを照射する。降りしきる雨が一気に熱化して蒸気となって多少威力は落ちるが、それを無視するほどの威力のレーザーが放たれ、虫達を真っ二つにしていく。
気持ちいいぐらいに、虫どもが寸断されていく。
レーザーは上空一キロから二キロあたりまで届くので、低い雲のあたりまでは余裕で届く。
戦車部隊は間隔を広げ、飛行する虫たちを漏らさぬようエリアを決めてレーザーを照射する。
見る見る間に、空を覆い尽くしていた虫たちの数は減っていった。
よしっ。
この地域の虫達を殲滅することに成功したわ。後は街に先回りして飛んでくる虫達を迎撃すればなんとかなるかもね。
ふーっ。
あたしはエイブラムスXX戦車を街への自動走行モードに切り替え、コントローラーから手を離して額に浮かんだ汗を拭った。
戦いが始まって初めて覚える余裕と安堵感を感じながら、シートに身を預ける。
傍にあったチューブ付きのペットボトルで水を飲みながら、あたしは不意に大事な人の事を思い出した。
サーティ。
一体何が起こったのか、あたしはまだわからない。
えーと。もともとサーティの体は別人のもので、その人がスパイ活動を行った罰として脳にサーティの人工意識をインストールして、本人の意識を封じ込めた。
それが、サーティがここの軍事用AIにアクセスして何かを調べていたことをきっかけとして、そのマルムっていう人が復活して暴れた。
その彼女の体、というかサーティの体に、サーティとセックスした時に使用した情報身体接続を使用してマルムを封じ込めたら、今度は外部から何者かがやってきてマルムの意識をサーティの体から吸い出して、彼女は何処かへ行っちゃったと。
はーっ、わけわからないわ。まったく。
サーティは自分が乗っ取られたことに落ち込んでた。いえ、自分が自分でないことに、落ち込んでた。
そんな彼女に、あたしはこう言った。そんな貴女は貴女じゃないと。
ひどいことを言ったかもしれない。でも、彼女はきっと立ち直って戻ってきてくれると思っているからこそ、ああ言ったのだ。
でも。もしかしたらこのまま。
いいえ、そんなことはないわ。彼女はきっと来てくれる。そうよね、サーティ。
あたしは戦車を疾走させながら暗い闇の中を見つめた。
その時だった。
アンから通信が入ってきた。緊急事態を告げるチャンネルだ。
「チヒロさん! 現在情報世界の都市部に、原住生物の情報体が侵入して、街を破壊しているの! 街で人工意識達が頑張っているけど、何故か武器とかが通用しないの! なにかいいアイディアはない!?」
悲鳴に近い声でアンさんが深刻な事態を告げてきた。
え、情報世界の街が襲われてるって? どうやって原住生物達はあそこへ侵入できたのかな?
多分、虫たちの中に電脳戦に対応したタイプが出てきて、それが街に侵入してるのね。
でも、そんな進化の仕方、あり得るのかな?
ううん、それは事実だから受け入れるとして、ともかくそれの対応策を練らなきゃ。
なにか策はないかな。
情報世界に避難したみんなを助ける方法、方法、方法。
みんなを何処かに避難できればいいのだけど。
あっ。
一つあった!
それもあたしが作った場所!
あたしは通信回線をある場所に繋いだ。
「カランちゃん! 聞こえる!?」
「はっ、はい! 社長。何でしょうか!?」
「グランファンタジアのサーバを全開放して、ACやAIの避難場所にして! みんなを避難させたら回線を一旦物理遮断して! その後で使い捨ての量子通信ネットワークを形成して、街にグランファンタジアのスキルや魔法などを覚えさせたACやモンスターなどを送り込むわ!」
「サーバの全開放ですか!? まだβテスト直前の段階ですよ!? それに異なる物理法則の情報体を送り込むとどんなバグが」
「できない言い訳はいいからとっとと実行しなさい! 成功したらボーナスあげるわよ」
「本当ですか!! では、喜んで実行いたします!!」
カランちゃんは喜び勇むと通信を切った。
ふーっ、現金ね。でも、これくらいで働いてくれるから、安いものよね。
さて、あたしも頑張らないと。
あたしは再びコントローラを握り、次の戦いに向けて、大きく深呼吸をした。
そして遠くにいる、愛する誰かに向けて、静かに、愛おしく、呼びかけた。
サーティ、来てくれるよね。
と。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます