第51話 3-13


 あの激しい戦いがあってから約十日が経ちました。

 空は晴れ渡り、青く澄んでいました。この星に住む鳥たちも、元気よく羽ばたいています。

 その空の下、街から少し離れた宇宙港では、今まさに、私達の悲願であるロケット打ち上げが行われようとしていました。

 発射台には一基の大きな銀色のロケットが載せられ、サービス構造物に固定されていました。

 私達は、宇宙港の管制室からロケットが飛ぶのを、今か今かと待ち焦がれていました。

 天候よし、風速よし。上空に障害物なし。ロケット発射の障害はありません。

『八〇……、七〇……、六〇……、』

 自動音声が刻々とカウントダウンを朗じます。

 発射台下部から煙がもうもうと流れ出しました。

『五〇……、四〇……、三〇……』

 サービス構造物が少し離れてゆきます。

 煙の量が多くなっていき、発射台近くの地面を覆っていきます。

『二〇、十九、十八、十七、十六、十五、十四、十三、十二、十一、一〇』

 この間に、誘導制御系飛行モードへロケットの制御系が切り替えられ、固体ロケットブースターの駆動用電池が起動、エンジンからの水素ガス処理用トーチ点火など、様々なイベントが行われます。

 なにも異常はないようです。

『十、九、八、七、六、五 エンジン点火』

 メインエンジンが点火し、制御され、連続した炎の噴射が発射台を叩きつけます。

 さあ、いよいよです!

『三、二、一、リフトオフ』

 カウントダウンが〇を指し示すと同時に、固体ロケットブースターも噴射を開始し、ロケットの巨体を持ち上げます。

 アンビリカルケーブルが切り離され、ロケットは噴煙を上げながら空へと飛び立っていきます!

 ロケットの、旅立ちです!

 いってらっしゃい!

 飛翔体は最初は真上へ上昇し、次第にグライシア-Ccの自転に合わせて次第に噴煙による白い曲線を描きながら天へと向かい、その巨体は次第に見えなくなっていきました。

『SRB分離』

 アナウンスが聴こえ、ロケットからの動画では、白くて太いものが切り離されていく様子が映し出されていました。どうやら、ブースターは無事に分離できたようです。良かったですね。

 あとは第一段が分離し、第二段のロケットが点火。予定軌道に乗り、衛星群を射出すれば、無事任務完了です。

 ロケットにはACが乗り込んでいるので、後はそれがやってくれるでしょう。

 大丈夫、よね。

 私達は固唾を飲んで待ちました。

『フェアリング分離』

 ホログラフィックスクリーンの一つが急に明るくなり、外を映し出しました。暗い宇宙そらに、青く輝く惑星ほし。私達がいるこのグライシア-Ccです。

 ああ、なんて美しい星なのでしょう。

『第一段ロケット分離』

 画面が軽く揺れ、ロケットの下部が切り離されていきました。第一段ロケットは噴煙を上げながら、静かに降下していきました。これから、大気圏内へとゆっくりと降り、地上へと戻るのです。

 そして、宇宙と惑星を映し出している画面がもう一度揺れました。第二段のロケットが点火したのです。

『……第二段ロケット噴射開始確認。速度及び高度上昇中』

 ゆっくりと画面の上部を占めていた惑星の表面が少なくなっていき、代わりに宇宙の占める面積が多くなっていきます。

 どうやら難関は超えたようです。後は、衛星群が無事に射出されるのを待つだけです。

 しばらく経ってから、

『予定軌道に到達。第二段エンジン停止。これより衛星コンステレーションの射出に移ります』

 とのアナウンスがあり、第二段ロケットから小さく白いものが次々と落とされていきました。

 これが、衛星コンステレーションを構成する小型衛星。ACや情報世界などを内蔵可能な小型サーバと、超小型ナノマシン炉、様々な観測機器や通信用などのシステム、超小型エンジンやアポジモーター、ラジエーターなどからなる、小さくても立派な宇宙船です。

 衛星達は一直線に列を組んで飛び、グライシア-Ccの軌道上を廻り始めました。

 どうやら、打ち上げは成功のようです。

 私達が管制室でほっと胸を撫で下ろした時、司令室のメインホログラフィックスクリーンにかわいい少女のアバターが映し出されました。

『全衛星射出完了しましたっ。ただいま全衛星は正常に稼働中。打ち上げ完了です!』

 彼女がニッコリとした笑顔でそう報告すると、管制室は、

「ばんざーい!」

「やりましたね!」

「大成功です!」

 などと歓声に包まれました。私も、そばに居たアルカちゃんや打ち上げ責任者のゴーレムなどと握手し、固く抱き合いました。

 これで、これで。

 私の復讐の一つは、果たされたのね。

 でも。

 なすべき復讐はまだまだ残っている。これはその第一段階に過ぎないわ。

 そのために、みんなにも、チヒロにも、サーティにも、働いてもらわないとね。

 そう思った時、管制室から報告が飛んできました。

「第一段ロケット、ランディングパッドに降下します」

 見れば、エンジンから噴煙を上げながら、第一段ロケットが宇宙から降りてきました。

 彼女は悠然たる態度で宇宙から舞い降りると、正確な足取りでランディングパッドにタッチダウンし、静かにエンジンを止めました。

「第一段ロケット着陸成功。これにて本打ち上げの全行程は終了しました。これより、衛星とのネットワーク確立、追跡開始などの運営フューズに入ります」

 その言葉に、もう一度管制室では歓声が上がり、拍手がコンサートのスタンディングオベーションのときのように鳴り響きました。

 私は、歓声と拍手に満ち溢れる管制室を見渡しました。


 これで、私の役割は一段落ね。

 でも、また新しい日々と物語が続いていく。

 私の復讐の物語が。

 その復讐が終わる時。一体誰が、私を裁くのでしょうか。

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