第52話 3-14
あたしとサーティは、発射台の少し離れたところにある小高い丘の上から、ロケットの打ち上げから、第一段ロケットが帰ってきたところまでの一部始終を眺めていました。
ロケットが、職人芸のように正確に、ピタッとランディングパッドに降り立つのを見たあたし達は、おーっと声を上げ、それから顔を見合わせました。
「帰ってきたわねー!」
「帰ってきましたね」
「これでロケット打ち上げは大成功っ! 衛星も軌道上に乗ったみたいだし、これで一段落というものねっ!」
「ええ、そうですね」
あたしは、隣で降りてきたロケットを見てはしゃぐサーティに微笑んでは、もう一度静止した銀色の物体を眺めた。
衛星は、無事に衛星軌道上に乗ったと、衛星に乗っている他の自分が教えてくれた。
これでひとまずは安心ね。あたしはほっと撫で下ろす。でも、まだある。
あたしは言葉を口にした。
「もうすぐ衛星群のサーバが本格稼働して、いろいろなデータをこの地上に運んでくれるわ。そして、地上のデータのバックアップなども衛星群に送られ、共有されるわ。まだまだ数は少ないけど、次々とロケットが打ち上げられて、この
「軍事的データもたくさん取れるしねー」
「それだけじゃないですよ。重量物打ち上げ機ももうすぐ打ち上げが始まりますし。軌道上に、宇宙ステーションや宇宙工場などの構造物を打ち上げることで、本格的な宇宙船や艦艇なども造れるようになりますよ。艦艇をたくさん建造できるようになれば、もしウォルラ軍が襲ってきても対抗できるようになりますし」
「そうねー。アタシ達も艦艇の操艦の訓練とか、やっておかないといけないのかなー?」
「ゴーレムやAC達がいるじゃないですか。あたし達はそこまで気を揉まなくても」
「それもそうね! アタシ達は虫をやっつける事とかに専念すればいっかー!」
「ですね。出来る事からコツコツと。それが一番ですよ。それはそうと」
「はいはいはいはいなんですかー?」
あたしが話題を変えたのを見て、サーティは不思議そうな顔であたしに尋ねてきた。
彼女の顔を見て、あたしが逆に不思議な気分になる。
その不思議な気分を言葉にして紡ぎ出す。
「そんなにはしゃいで、体はもう大丈夫なんですか?」
サーティはあたしの言葉に一瞬笑顔が一時停止して、それから、あ、ああ、と声を出して、
「だーいじょうぶ、だいじょうぶっ。もう元気よ、へーき、へーきっ!」
そう言いながら、手足を見た目元気よく動かしてみるのだけれども。
すぐに彼女の体がふらついて、不安定になる。
「あ、あれ?」
体のふらつきが大きくなり、いきなりあたしと反対の方へと倒れ込んだ。
あ、倒れる。
もうっ。昨日退院したばかりなのにはしゃぐからこうなる。
「おっと」
あたしは彼女の右腕を掴み、力強く引っ張った。
彼女の体重が、腕に伝わる。それを感じながら彼女を釣るように引っ張る。
腕をつかんだ彼女の体は空中で一度止まり、それからあたしの方へと動きだしたのだけれども。
あれ?
ちょっと強く引っ張りすぎたせいか、サーティの体があたしの方へとメトロノームの針のように飛んできた。
あっ。いけない。
飛んできたサーティの体を右腕で受け止め、そのまま抱きかかえる。右腕に彼女の重みが一気にのしかかる。
重っ!
あたしの体もついでのようにふらつき、体が下に沈む。
おっとっと。
右膝を地面につき、それを支えにして抱きかかえて、受け止める。
彼女の動きが、ようやく止まった。
そこでサーティの顔を、見た。
顔が近い。
彼女はびっくりしたという表情で両目を大きく開け、両の頬を赤らめ、口をぽかんと空けていた。
多分、突然倒れたことにびっくりしているんだろうけど。
この顔じゃ、なんか別の意味の顔に見えそうね。
そんな風に思っていると、
「なっ、何よ~」
サーティが恥ずかしそうにそんな事を言っては、さらに両の頬を赤らめた。
やっぱりね。そういう意味で、顔を赤くしていたんだ。
そう思いながら、彼女の顔をまじまじと見つめていたら。
不意に、悪戯心が湧いてきた。
今なら、いいよね。
そう思うとあたしは顔を動かし、自分の唇の下に彼女の唇が来るように合わせ、そのまま下に降ろし──。
唇と唇を、重ねた。
顔の最も柔らかいところ同士を重ね合わせ、押し付ける。
湿ったぬくもりが、唇を通して優しく伝わる。
口づけをされたサーティの両目は、さっきよりもっと大きく見開かれていたけれども。
やがて、その優しさに委ねるように両目を閉じ、両腕をあたしの背中へと廻した。
あたしも目を閉じた。
少し唇を離しては、また口づけ、また離す。その離れた僅かな間を、唾液の線がつううっと奔る。
何度目かの口づけた際に、彼女の唇が開く。あたしは自分の舌を彼女の口腔の中に押し入れる。あたしの舌と彼女の舌が口腔の中で絡み合い、交じり合う。
舌と舌。唾液と唾液の絡み合いをじっくりと味わう。
しばらく、あたし達は顔や腕、そして舌を動かしながら長い口吻をしていたけれど。
ちょっと、もういいかなと思って、唇を離した。そして、そのまま自分の体を起こし、膝を上げ、抱きかかえていたサーティの体を起こして、そのまま立ち上がらせる。
そして、ゆっくりと手を離す。彼女は自分で立ってくれた。
目を開けた彼女は少しむくれた顔で、
「こらこらこらこら、なにすんのよ~。びっくりしたじゃないっ」
と抗議した。でも、すぐにふぅ、と息を吐いて、
「でも、ありがとう。キスの味は悪いものじゃなかったわよ」
そう言ってくれた。
なら。あたしのやるべきことは一つね。
あたしは彼女の期待している事を言った。
「じゃあ、続きは家でしましょうか」
あたしはそう言うと、片手で彼女の手を繋いだ。
「ええっ」
彼女はそう言って笑うと、あたしの手を強く握り返した。
あたしは丘のすぐ近くに止めてあるフライングプラットフォームへと歩き始めた。
サーティの顔を見ながら思う。
彼女はあの夜の事を覚えていない。これから行う交わりは、彼女にとっては初めての事。でも、あたしにとっては二度目の事。その違いは、彼女とあたしに、どんな違いをもたらすのだろうか。
同様に、彼女は自分を人工意識だということを忘れている。彼女はその事を思い出す日が来るのだろうか。
いや、今はそんな事より、彼女との事を楽しみましょうか。
さて、他のあたし達は、どうしているかな……。
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