第53話 3-15

 上には宇宙そら、下には惑星だいち。その間の軌道を、あたしはプカプカと浮かんでいた。

 白い筐体の小型人工衛星という機械の体で。

 さっき打ち上げられたばかりの人工衛星群は予定の軌道に乗り、小型サーバなど、内蔵された機器は、順調に稼働を開始していた。

 これから衛星コンステレーションは惑星グライシア-Ccの廻りをぐるぐると廻り、地上や宇宙などの探査を行い、この惑星、この星系における既知を広げてゆくのだ。

 あたしはカメラで地上を見た。一面、白い大地が広がっていた。グライシア-Ccの極地地帯だ。

 あの大地にも、虫達はいるのだろうか。ちょっと、気になる。

 まあいいや。今はあれこれとテストを行い、それからこの星を精査していく。その段階だ。

 それよりも。

 この体はいいものだ。生理もなく空腹もなく便意もない。それらから自由になった体は、いいものだ。

 人間の体を離れることで得られる事。知る事。楽しめる事。そういうものも、これから知っていく。

 これが、あたしの望んだ、体。姿、世界。

 そう、そうなのだ。

 その時だった。

<チヒロ。私よ。トゥーよ。>

 あ、トゥーが呼んでる。なんだろう。

<なに?>

<体は順調に稼働しているようね>

<ええ、お陰様で>

<もう少ししたらこっちに戻って頂戴。少し話があるわ>

<わかったわ。もうちょっと楽しんでから向かいます>

<楽しめているようで何よりね。ああそうそう>

<なんですか?>

<他のの自分の様子はどう? うまくやってる?>

 そう言われて、あたしは他の自分を見た。

 そして、トゥーに伝える。

<うん。ちゃんとやってます。はじめは戸惑っていましたけど、今はすっかり慣れました>

<良かったわ。じゃ、また後でね>

 彼女の嬉しそうな声で、通信は終わった。

 あたしはふぅ、とため息を付いた。

 まっ、今のところは悪いことはない。むしろ、良い事だらけだ。

 後は、あたし自身をどう使いこなすか、ね。

 さて、もうちょっとこの衛星からだをあれこれいじくってから、あの女のところへ行こうかな。


 その前に、他のあたしを見るとしましょうか。

 さて、何処にしようかな……。


                             *


 あたしは情報世界のあたしの家のリビングで、ロケット打ち上げ成功のニュースを見ながら、台所で家事をしている母さんに呼びかけた。

「ねえお母さん」

「なあにチヒロ?」

「ロケット、打ち上がったって」

「そう、良かったわねえ」

 そうキッチンと声の遣り取りをした後、今度は母さんから問いが飛んできた。

「チヒロ、そういえば学校行かないの? 今日は休み?」

 今日は平日。当然と言えば当然すぎる問いにあたしは明るく大きな声で返す。

「ううん、別の自分に行かせてるから、大丈夫よ!」

 平然としたあたしの応えに、母さんは不思議そうな声で、

「別の自分……?」

 と返す。

「そうよ、『別の自分』よ」

 あたしはニコニコしながらそう言うと、ホログラフィックTVのチャンネルを変えた。


 さて、あたしは学校でちゃんとやっているかな……。


                             *


「ちっひー、おはよーおはよー」

 あたしが教室の席につくと、カレンちゃん達があたしを見つけて席に駆け寄ってきた。

 みんな元気だ。なんでも、あの日の戦闘で志願してドローン部隊を指揮していたけど、電子戦型原住生命体の攻撃を受けて一時はピンチだったらしい。

 でも、アンさんのおかげで無事回復したそう。良かった。

 みんなにはあまり危ない事はしてもらいたくないんだけど。あたしもやってるしおあいこか。

「おはようみんな」

 あたしが席で挨拶をすると、カレンちゃんがニッコニコの笑顔でこう尋ねてきた。

「ねえ、今日の放課後、また喫茶トネリコに行かない行かない? 新作のスイーツが出来たんだってー!」

 新作のスイーツ。食にうるさいあたしとしては、願ってもない機会だわ。

 しかしカレンちゃんはちょっと困った顔になって言った。

「でも、また情報世界の方だしだし、またちっひーがログアウトしたらー……」

「大丈夫よ」あたしは平気という顔で彼女に応えた。「もうログアウトを気にする必要もなくなったし。情報世界の食べ物も、ちゃんと食べられるようになったし」

 あたしの応えを聞いて、カレンちゃん達四人は顔を見合わせた。そして、

「本当本当?」

 と尋ねる。あたしはためらいもなく、

「うん、本当よ。問題ないわ」

 そう言って笑った。

 あたしの顔を見て、四人はちょっと驚きと喜びが混じった表情でまた顔を見合わせると、あたしの方を見て、

「よかったー!」

「じゃあ、行こっか!」

「問題なくてよかった」

「うんっ! そうしよそうしよーっ!!」

 口々にそう言って喜んだ。

 良かった。みんな喜んでくれて。

 と思っていたら、カレンちゃんが、

「でも、どうしてどうして?」

 と問いを投げかけてきた。

 ああ、説明しなくちゃいけないかな。

「それはね」

 そう言いかけた時、授業開始のチャイムが鳴った。

「あー、授業だ。じゃ、また後でっ後でっ!」

 手を振りながらみんなは各々の席へと戻っていく。

 まあ、説明しようとしても記憶ロックに引っかかりそうだったからこれでいいか。

 さて、学生の本分を始めますか。


 他のあたしは、何をしているかな……。


                             *


 晴れ渡る空の下、あたしは緑あふれる草原の中に居た。心地よい風があたしの頬を撫でる。

 遠くには高く大きな城壁が見える。王都ザウエナードだ。

 ここはゲーム、グランファンタジアの世界、アークシャードだ。

 あたしは今、革鎧に鉄の剣と盾という冒険者の出で立ちでここにいる。

 この世界はあの事件で緊急事態という名の負荷テストを終え、βテストをすっ飛ばして正式サービスを始めてしまった。

 今、多くのACがこの世界を訪れ、冒険を始めたり、暮らし始めたりしている。

 怪我の功名だったけど、稼働に別に問題はないし、これでいいか、と大地を見渡しながら思う。

 さて、どうしようかな、と思った時だった。

 柔らかい感触が足に触れた。足元を見ると、

「きゅいっ。むいっ。きゅいっ。むいっ」

 と、一匹のスライムがあたしの足に触れてプルプルと震えていた。

 敵対心はないらしい。

 そうよね。このスライムたち、あの戦いの時に大活躍してから妙に人気が出て、ユーザーからリクエストが来たので味方になるスライムとかも設定したんだっけ。

 どうやらこの子も、その一匹らしい。

 じゃあ。

 あたしはスライムに話しかけた。

「ねえねえ君。冒険に一緒に出かけない?」

 その問いに、スライムはプルプルと体を震わせながら嬉しそうな顔になって、

「きゅいーっ!」

 と嬉しそうな声を上げる。

 OKみたいね。

「じゃあ、一緒に行きましょうか」

 そう言ってあたしは歩き出した。風の吹くまま気の向くままに。

 スライムはその後を、

「きゅいっ。むいっ。きゅいっ。むいっ」

 と歌うように声を上げながらついてくる。

 どうやら楽しい冒険になりそうね。

 あたしはいつの間にか鼻歌を歌っていた。


 さて、他のあたしはどうしているかな……。


                             *


「社長、グランファンタジアの正式サービス開始からこれまでのレポートです」

 あたしはTritonWorksの社長室で、カランちゃんからレポートを受け取った。情報世界の日差しが窓から暖かく差し込み、部屋全体が明るかった。

 概略をざっと見た。概ね、好評らしい。

「お疲れ様。みんなからは好評のようね」

「はい。追加稼働させた衛星軌道一号サーバを含め、全サーバは正常に稼働していますし、ゲームとしてもメタバースとしてもユーザーには好評でして、スタッフ一同安心しております」

 カランちゃんはホッとした表情を見せた。

 そんな彼女にあたしは次なる指示を飛ばす。それが会社だからだ。

「後は定期的にアプデや新サービスの開業などを行い、サーバも安定稼働させて、いざという時の避難所として機能できるようにしておくことね。アンさんからはそう強く言われましたし」

「あの時社長がサーバ開放を命じなければ大変なことになっていましたからね。……で社長」

 突然カランちゃんが揉み手をしだした。そして、大変申し訳無いんですけど、というように言葉を続ける。

「あのー、ボーナスは……?」

「ああ、その事ね」

 あたしはため息を吐いた。まったく、この娘ってば。

 分かっているわよ。

 あたしは机を叩いてホログラフィックスクリーンを表示させながら応えた。

 その画面には、ある数字の羅列が映し出されている。それは。

「明日、臨時ボーナスとして三ヶ月分のボーナスをあげるわ。あと、各人に合わせてインセンティブ報酬も支払うわ。これでいいでしょ、カランちゃん?」

 あたしがそう応えると、カランちゃんはその笑みを大きくする。

「さっすが社長! 本当に、本当に、ありがとうございます!」

 まったく。どういう性格設定なのかしら。この娘は。AC、あるいは情報世界でアバターだけならそんなにお金はいらないのに、なんでこうもがめついのかねえ。

 まっ、いっか。これも人類の、ACの多様性よね。

 そんな多様性を持ったあたしの可愛い道具達に、次の新しい事をやってもらいましょうか。

 内心で苦笑すると、あたしは新しいホログラフィックスクリーンを机の上に出し、カランちゃんに向けてこう告げた。

「さて、次の企画だけど……」

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