第54話 3-16

「マルム、ここの居心地はどう?」

「ああ、最高だよ。ここから出られないことは除いてな。トゥー」

 私はマルムの「牢屋」で彼女と対面していた。

 牢屋と言っても、ベッド、机、椅子、TV、クローゼットなどがある他は、ただ灰色と白の空間がどこまでも広がる世界だった。

 私が彼女をサーティ、と言うか本人の頭の中から意識を吸い出した後、彼女をこの情報空間に『保護』していた。

 保護と言っても、事実上の収監だけど。

「いつになったらあたいをここから出してくれるのさ?」

 彼女は憎々しげに私の顔を見ながら問いかける。

 サーティとは同じ顔だというのに、性格でこうも顔が違って見えるというのは、人間は不思議なものね。

 まあそんな面倒な人は、しばらくはここに居てもらうわ。

 私は朗らかな声で答えを返した。

「時が来たら出してあげるわ。あるいはここにお客さんが訪れるかもね。その時は大歓迎してあげるといいわ」

「客って、誰か来るのかよ。どうして?」

 私の言葉にマルムは怪訝な顔をした。

 予想どおりね。

 あたしは導きの神のように応えた。

「迷える仔羊達よ。彼彼女らは。そのときには、導いてあげるといいわ」

「あたいに神父の役割をやれって。ろくなものにはならないぞ。きっと」

「それでも良いわ」あたしは微笑んだ。「それがこの世界の活力になるわ。あるいは、この世界の進化かも」

「あんた、ろくでもないことを企んでいそうだな」マルムの唇の端が大きく歪んだ。「なら、その企みにいっちょ乗ってあげようじゃない。何を企んでいるかは知らないけどさ」

「契約成立ね」

 私はマルムに手を差し出した。

 彼女も手を差し出すと、私の手を強く握った。そして意地の悪い微笑みを見せる。

 私は手を離すと、一歩「外」へと歩き出した。

「また何かあったらここに来るわ。その時は子羊を連れているかもね」

「生贄の?」

「かもね。でもその子羊が狼になっているかもしれないから、気をつけなさい」

「へいへい、注意しますよ」マルムは苦笑した。「でも、狼でも銃で撃てば倒せるんだ。あたいは銃には自信があるからね」

 そう言って指で鉄砲を作る。そして、バンと言って嗤う。

「火星で射手課程で落第しそうになったのは誰ですかね」

 貴女は自分を過大評価しすぎだわ。チヒロとは逆ね。

 私はくるりと背中を向けながら言った。

「せいぜい羊の皮をかぶった狼には気をつけることよ。では、これで私は帰るわ」

「へいへい」

 さてここから出て、あそこへと向かいますか。

 待っている人が居ますし。

 そう思うと、私は『牢屋』の情報空間から別の情報世界へと移りました。

 そこは、とある中世王族の大屋敷の中でした。

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