第9話 1−9
数時間後。
ゴーレムやドローンなどが一生懸命働いてくれたおかげで、あっという間に当座の居住のための施設、
アンによると、ゴーレム達や人工意識の生産・構築も同時に進められるそうだけど、ゴーレムのボディの生産が追いつかず、生み出して余った人工意識はアン、あるいは組み立てた開拓・移民など管理用メインフレームの情報世界の中に住まわせることで、当面の間しのぐことにしたという。
あたし達は即席で出来上がった街に降り立ち、周りを見渡していた。
とはいっても、あたしとサーティの仮設住宅、あとは地上で活動するゴーレムの基地とか、通信施設とか、生活するための最低限の施設とか、そういうものしかないけれども。
街というよりかは、越冬隊の基地、あるいは軍事キャンプみたいだ。
「これで当面は生きて行けるわねー」
「ですね」
宇宙服を着たままのあたし達は行き交うゴーレムやドローン、工事用車両などを見ながら言葉をかわした。
けれども、まだ風は強かった。
「これからもしばらく街の建築は続くから、ちょっとホコリぽかったり、騒音や振動がうるさいと思うけど、我慢してね」
「まあ、家がなかったり、食べるものがなかったりするよりはずっとマシですけど」
「そうね」
アンの言葉にあたしはちょっと素っ気なく返す。どこか彼女の言葉に、信用ならないものを感じていたからだ。
何かはわからなかったけど。
「じゃあ、ひとまず自分のシェルターに入りましょうか。そこで一休みして、それから何をするか考えましょう。私はしばらく周囲の建設と探索と収集を続けるけれど」
「イエッサー!」
「わかりました」
そう言ってあたし達はひとまず別れた。あたしとサーティはしばらく歩くと、それぞれの仮設住宅のところまでやってきた。
仮設住宅は大きめのプレハブにも似た形だったけれど、ずっと進歩していた。
太陽光発電システム(光電効果式シリコン系太陽電池ではなく、光子を直接エネルギーに変換するタイプ、つまり光子力発電だ)が屋根や壁に装備され、また超小型のナノマシン炉も装備されていて、それらでシェルターの電気などは十分すぎるほどまかなえる。無論外からの給電も可能だった。
空気中などから水を生成する装置も標準装備され、砂漠地帯での運用もできる。
玄関はエアーロック形式になっていて、宇宙での使用も前提に入れている。勿論、耐熱、耐放射線、気密性、空気・水循環装置などもそれに習って装備されている。
お互いの家のそばまで来ると、
「じゃあね、いい夢見るんだよー」
サーティが白い歯を見せて手を降ってくれた。そしてエアーロックのドアを開け、シェルターの中へと姿を消した。
あたしも精一杯の笑顔を見せながら手を降ったけれども。
彼女がいなくなると、そういうことはやめ、ただその場に立ち尽くした。
これからどうすればいいんだろう。強い風がまたあたしの宇宙服に吹き付けてくる。
そう思っていると、そばにあたしのサーバロボット達が近づいてきて、そのうちの一体が四つある足の右前足をそっと私に当てた。
そっか。みんながいるもんね。みんなのためにも、私は生きていかなきゃ。
「うん、頑張るよ。私」
あたしは一つUAR達に向かって笑顔でうなずくと、シェルターのエアーロックの認証キーを操作した。
*
エアーロックの中で汚染チェックなどを行い、それから部屋の入口が開いた。
良かった。妙なものに感染とかしていないみたい。
中に入って、まずは宇宙服のロックを解き、脱ぐ。今どきの宇宙服は一人で着たり脱げたりできるようになっているのだ。
玄関そばの宇宙服ハンガーに服やヘルメットを引っ掛ける。
するとハンガーの扉が閉まり、洗濯と除染作業と言ったメンテナンスやクリーニングが始まる。
宇宙や未知の惑星上での作業のあと、宇宙船内などではこういうことをやるのだ。
「さて、と」
艦内服姿になったあたしは部屋の奥へと入っていった。後から入ったサーバロボット達も後に続く。
部屋の作りは家族向けで、ある程度広いリビングや個室、キッチンやトイレ、浴室、乾燥室などが一通り揃っていた。
狭い個人向けではなく家族向けにしてくれたのは、アンのささやかな親切かもしれなかったけれども。
一人で住むには、ちょっと広いかもしれなかった。
その時、サーバロボットの一体の上にホログラフィックスクリーンが広がり、同時に無機質ながら可愛い少女の声が流れた。
「シェルターの管理ネットワークに接続。室内カスタマイズ可能。いかが致しますか?」
ああ。このシェルター、量子無線接続できるんだ。
だとすれば。できることがある。
あたしは彼女に向って言った。
「お願い。あたしの情報空間の家風にして。あとこのシェルター、ホログラム対応?」
「ホログラム機能は完備されています」
「じゃあみんなを出して」
「了解しました。一連のタスクを行います」
サーバロボットがそう返答すると同時に、室内の壁紙や天井、照明の色などが変わった。
あたしの情報空間の家と同じ色などに変えたのだ。そして。
「チヒロ。おかえり」
「おかえりチヒロ」
「ちっひーおかえりっ!」
あたしのヴァーチャル家族の、父、母、姉が、室内に現れた。
ホログラムとしてだけど。でも精巧なホログラムなので、見た目は本物の人間そっくりだ。
「ただいま、お父さん、お母さん。お姉ちゃん」
声が自然と明るく、大きくなった。
「今日は大変だったな。これから夜は長いし、ゆっくり休んでおいたほうがいいぞ」
「お風呂を入れておくから、ゆっくり入ってらっしゃい」
「うん、ありがと。お父さん、お母さん」
「さっきゴーレムの子が、食事を配達してくれたよ! 冷蔵庫に入っているから、後でご飯食べるといいよ!」
「ありがと、カズコお姉ちゃん」
「さあさあ、部屋に行って見ておいてみるといいわ。これからしばらく、いや、ずっとここで暮らすことになるからね。不満があったら私達に言うのよ。あのアンというACに掛け合って、なんとかしてもらうから」
「はーい」
あたしは背中を押されるように、母の言うがまま、部屋へと向かった。
それにしても、なんか体が重い……。疲れているのかな。
いや、これは。
この星の重力が、地球よりも重いんだ。たしかアンはこの星を地球よりも大きいスーパーアースと言っていた。だからだ。
あたしは一人納得すると、新しい我が家の自分の部屋へと足を踏み入れた。
部屋は八畳かそれ以上はある広さの部屋で、操作卓付きの机と椅子、壁には自動シャッター付きの窓やエアコン、壁際には自動ベッド、別の壁際には艦内服が数着かけられたクローゼット、それに沿うように下着などを入れるタンスなどが置かれ、女子が住むには十分な広さとものが揃っていた。
「……これなら、しばらくここで暮らしても大丈夫そうね」
その言葉と同時に後ろで自動ドアが静かに閉まった。
あたしは安堵のため息を付き、ベッドのそばへと歩くと、背中から倒れ込んだ。
それから今日あったことを思い返す。
この星に墜落して、死んで、蘇って、起こされて、アンやサーティと出会って、説明を受けて、外に出て、街づくりを見て……。
なんて忙しい一日だったんだろう。
……こんなところに来てしまってどうなることかと思ったけど、とりあえずはなんとか生きて行けそう……。
しばらくエアコンの音が、部屋中に響き渡っていた。
狭いこのシェルター、この部屋だけが、自分だけの現実世界。居場所。やっぱり一人でいると安心する。
あのアンやサーティとかと一緒にいると、疲れてくる。
サーティはサーティで何を考えているのかわからないし、アンもOACの常として、人間以上の何かを考えているので、よくわからないところがある。
これは警戒しておいたほうがいい、かな。
うん。眠くなってきたかな。ちょっと寝てるか。
あたしは一度ベッドから起き上がり、靴を脱いで艦内服などを脱いで下着姿になると、そのまま布団の中へと潜り込んだ。
エアコンの温度を高めにして、下着姿でも風邪を引かないようにする。
あー、いい感じ。これこそ贅沢だわ。おやすみ。
あたしは目を閉じると、自分の頭の中のナノコンピュータに誘導睡眠を命じた。
しかしその誘導睡眠の効果が現れるよりも前に、あたしの意識は深い闇の中へと沈んでいった。
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