第6話 1−6
私は優しい声色で、言葉を続けました。
「とりあえずは。脱出するにせよ、ここで生きていくにせよ、これからのためにまずは衛星を打ち上げないといけないわ」
「人工衛星を、ですか」
「通信をしたり、この星が、あるいはこの星系がどんな星系なのか、確かめたりしないとね。そのためには工場やそれに付随する都市などを作らなければいけないのよ」
「でも……」
「なに、ヤサカさん?」
「この船にあるもので、そんなロケットとか衛星とか作れるんですか? そもそも、当面の食べ物だって」
「そうですねっ。ではここで、問題を出しますよっ」
「なっ、何よ、あ、ア……」
「アルカですっ」
「あ、はい、アルカちゃん」
チヒロさんはアルカちゃんに質問で質問を返されて、慌てた様子。
冷静ならここで突っ込んでたんでしょうけどね。
そんなことはつゆ知らず、アルカちゃんは平然とした笑顔で問題を出しました。
「地球の第三次世界大戦前、二十一世紀初頭の車の部品は何個あったでしょうかっ?」
「えーと……、一万個?」
「惜しいっ! 桁はあってますっ! というかそれは当時のTVの部品個数ですっ!」
「ち、違うの? 正解は?」
「正解は、細かいネジなどを含めると約三万個ですっ。これが電気自動車とかになるともっと少なくなるんですけどねっ」
「で、何が言いたいんですか?」
「つまりですねっ、これらの部品は地球中のあちらこちらから原料を持ってきて作ってきているんですよっ。それらを組み立てて、初めて自動車が完成するんですっ」
「へぇー」
「同様のことが、テレビや冷蔵庫、HARなどの家電、家やビルなどの建物、電車や飛行機、船などの乗り物、ありとあらゆる、人間が作ってきたものが当てはまるんですよっ。これは星間文明まで拡大した現代でも、変わることはありませんっ」
アルカちゃんは得意げな表情で弁舌を続けます。
「第三次世界大戦前においては、(先進国の中流から上流家庭の)人間一人がその恵まれた生活・文化・文明を維持し、発展していくためには惑星、あるいは大陸一つ規模の資源や工場、世界、人間などが必要でしたっ」
「まあそうよねー。今でも低技術レベルの惑星なら変わらないかもねー」
「それが、今なら自動工作機械やAI、HARなどで大幅に自動化、省略化できますっ」
「で」
「この全長二〇〇〇mに及ぶ貨客型の移民船ノア三一四に積んである自動工場の各種自動製作システムは、ある程度のものなら自力で作れますっ」
「自動工場……」
「また大量に積載された探査ドローンや掘削ロボットなどを使用すれば、この星にある資源を探して掘削して集めたりできますっ」
「ふむふむー」
「それを利用して別の工場を作ったり拡張できたりしますっ。そしてその工場で新しいものを造りますっ。これを繰り返していけば、ロケットや衛星を作ることは造作もないはずですっ」
「で、必要な規模は」
「ここからは私が説明するわ。ありがとうアルカ」
「はいっ、マザーアンっ」
アルカちゃんから言葉を引き継いだ私が、画面を操作しながらチヒロ達に説明をはじめました。
「少なくとも大きめの国家一個にある工場群と、ちょっとした大陸規模の資源は必要ね。そこまでたどり着くためには」
「そんなに……」
「ただ、自動工場と自動生産機械、ナノマシンなどの組み合わせなら、かなりの効率化・省資源化できるはずよ。ロケットを打ち上げるだけなら」
「だけなら?」
「ええ。さっきも言ったけど、それからどうするかによって必要な資源や工場の規模などが変わってくるわ」
「どんな感じで?」
「すぐにこの星を出るなら、脱出用の宇宙船に必要な工場と資源、救助を待つなら、それまでに必要な資源と工場。居続けるなら、それに相応しい規模の工場と資源が必要になるわ」
「……」
「一つ目と二つ目の選択肢は、期間によってはそんなに資源や工場はいらないけど、最後の選択肢はこの星だけでなく、星系まるごとの資源と工場化が必要よ」
「そこまでやるんですか」
「そうよ、ヤサカさん。何しろ、ここに居続けるなら、あのウォルラ人に襲われる可能性は大きくなるから、それに見合った軍備を構築することが必要よ」
「たしかにねー。それは理に適っているわ」
私の答えを聞き、サーティが腕を組んで頷きました。
彼女は納得したみたいね。
サーティの顔を見て、チヒロも、少し不安そうな表情で顔を傾けながら、
「そうです、ね。ウォルラ人はあれだけの軍事力を持っていますし」
そう応えました。
彼女にも、納得してもらえたかしら。
私はHIRにほっとした仕草をさせた時、声が上がりました。
サーティです。
「はいはいはいっ! 質問でーす! その前二つの選択肢って、具体的には何をするのー?」
ああ。それね。
「二つの選択肢のその一の、この星を脱出する場合、宇宙船が必要なんだけど……。最悪、ワープエンジンはこのノア三一四のものを修理するわ」
「できるんですか?」
「ええ。エンジンは。複数の物理法則が異なる亜空間、異相空間を船の周囲に展開してそのズレで超光速を実現する異相空間航法のノア三一四のエンジンなら、小さい小惑星を加工すれば十分な宇宙船に仕立て上げられるわ。耐久性とかは別としてね」
「二つ目の選択肢は?」
「これもノア三一四の通信機を修理もしくは工場で生産して、太陽系かどこかの星間連合の惑星や艦隊に通信を繋げればいいわ」
「まー、助けを呼ぶだけですからねー」
「量子もつれ通信もしくはマイクロワームホール通信なら、つながれば超光速通信が実現できますからね。すぐに救助が来るわ。ただ」
「ただ?」
「それまでにウォルラ人が襲って来ないかが問題ね。もし近辺に動きがあるなら、それよりも防衛ラインを構築するほうが先だわ」
「なんでですか?」
「ノア三一四を襲撃した艦艇は、グライシアーCcにこの船が墜落する際には、星系を立ち去っていったけど、もう戻って来ないとは限らないわ。もしこの星系が発展していることに気がついたらね」
「できることならー、それらと並行して戦備を整えたほうがいいわねー。これは」
サーティはそう言ってうなずきました。
私のHIRもうなずいて応えます。
「そうね。観測体制を整えて、軍備を整えながら、それらの準備をする。時間が経てば経つほど、ウォルラ人がここにやってくる可能性は大きくなるわ」
「それなら、ここに居続ける方がコストも安くなるとねー」
「そういうことよ」
「よっくわかりました、アンどのー!」
言ってサーティは軽く頭を下げたわ。
理解できたみたいね。良かったわ。
その時。私達のやり取りを聴いていたチヒロが、おずおずと手を上げました。
そして、こう尋ねてきたの。
「あのー、食べ物はどうするんですか?」
やっぱり、人の子よね。食べていけないと生きて行けないしね。
私は笑みを見せてこう答えたわ。
「移民船の中には、まだたくさん食料が残されているわ。当分は、それを食べてゆけばいいわね。船内には食用植物の種子や、人工食肉生産マシンなどもあるし、それで食物を生産すればいいわね。あと」
「あと?」
「貴女達と、覚醒させた生体型ゴーレム達などから出る排出物──つまり大便などね──を使用した酵母ベースの人工食物・食料を用いれば、当面の食料に困ることはないわ」
最後の説明を聞いた途端、チヒロの顔がげっそりとしました。
「うんこ、食べるんですか」
「そのままではないですけどね。というかスペースコロニー出身でしょ貴女。大なり小なり、酵母食物は口にしているはずよ?」
「たしかにそうですけど実際言われると。あの、サーティさんはどうなんですか?」
「アタシ?」サーティは話を振られてちょっと驚いた顔を見せましたが、すぐに笑顔になって応えます。「あー、アタシこう見えても軍人だからね。訓練とかで酵母食物のレーションとか食べてるから平気よー」
「そ、そうですか。わ、わかりました」
平然と受け入れているサーティを見て、チヒロはちょっと嫌だけど、背に腹は代えられない、と嫌々ながら納得した様子で首を縦に振りました。
なんか可愛いわね。
私はHIRを苦笑させると、言葉を続けました。
「まぁ、ナノマシンアセンブラや3Dプリンタ、酵母食物などによる自動工場であれば、それらの資源や工程や規模などを大幅削減できたりするわ。限界はあるけど」
「さっきもそういうこと、言ってましたね」
「それを推し進め、文化文明を極端に自動化していけば、このような星やスペースコロニーなどでも人一人で生きていけるわ。今のやり方だとまだ無駄が多いやり方だけど」
私の説明を聴くなり、チヒロの目にわずかになにか輝きが宿ったように見えました。
? なんなのかしらこれ?
私に生じた疑問を深堀りする間もなく、その当の本人が問いを投げかけてきたわ。
「でも、その自動化に必要なHARやドローンはどうするんですか? これでも数は多いけど、足りるのかな?」
「うーん、ヤサカさん。高機能ドローンやゴーレムなどハイテクなものは高度工場で造るしか無いので、しばらくは初期に残された機体で頑張るしか無いわ。でもそれらの工場は最優先で造るから、すぐにできるわ」
「そう、ですか」
チヒロは胸をなでおろした様子でしたが、不安な表情は変わりません。
やっぱり、不安なのね。でも、当然よね。見知らぬ星に放り出されたも当然で。生存者は他に少女一人きり。あとはACとゴーレムだけで。
でも、何度も言うように、その不安を取り除くのが、私の仕事であり、使命よ。
頑張らなきゃ。
私が決心した、その時、金髪の少女から質問の声が飛んできました。
「ねぇ、今の状況下での法適用って」
「緊急避難条項の適用ね。サーティ。こういった宇宙での遭難時や漂流時においては、ほぼすべての行為が許されると言っても過言ではないわ。状況が許せば、殺人や食人などもね」
「ま・さ・か」
「ああ、もう既に実行済みよ。チヒロ」
「……」
「墜落時に死亡した全ての遺体を、稼働させたリサイクルシステムで溶かして有機物に変換。人工食料や肥料などの原材料、あるいはナノマシンと混ぜて生体型アンドロイドなどの生体部品の原材料などとして活用するわ」
「やっぱり」
「酵母食と同じく、これもスペースコロニーや都市船などではおなじみのシステムでしょ。生きるためにはなりふり構っていられないわ」
「そうですけどー」
「ご飯食べたくないの? アタシが全部食べちゃおうっか?」
「食べますけどー、サーティさん」
「チヒロさんっ、ほら、涙目にならないっ。早く食料工場で普通の食べ物を作らないとっ。急ぎましょうっ、マザーアン」
「そうね、アルカ」
チヒロはまたまた落ち込んだ様子です。
私は壇上から降りて、チヒロに近寄ると、そっと頭をなでて言いました。
「大丈夫よ。何があっても、私達は貴女方をお守りいたします。人類の守護。それが私達OACとヒューマノイドに課せられた使命なのですから」
「……」
チヒロさんはそのまま目を閉じ、小さく息を吐きました。
でも、彼女は知っているわよね。
今、地球を支配しているのは、人類ではなくシンギュラリティACであることを。
守護ではなく、支配であることを。
私は嘘をついている。そのことを彼女は知っているのよね。
無論、サーティも。
だからこそ。
私のHIRはチヒロから静かに離れると、二回ほど手をたたき、そして、明るい声でみんなにこう告げました。
「じゃあ、早速始めましょっか。開拓を。街づくりを。工場づくりを。そして、ロケットを打ち上げましょう」
そう言って、人間の二人を。部屋にいるアルカ達HARを見渡して。
「では、外に出ましょう。ちょっといい景色が見られると思うわ」
そう、宣言したの。
いよいよ始まるわ。私の復讐が。
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