第7話 1−7


 墜落したノア三一四の中央部分を通る大きな空間、シャフトスペースの中を、アタシ、サーティと制御OACのアンのレンタルボディ、それにアタシの他に唯一生き残った移民であるチヒロという日系人、それに数体のHIR、ゴーレムはフライングプラットフォームで後部の貨物搬入口へと向かっていた。

 ポツンポツンと明かりのついたシャフトスペースの中はアタシたちだけではなく、ゴーレムが乗った別のフライングプラットフォームやドローン、自律移動式コンテナなどが行き交い、喧騒だった雰囲気を醸し出していた。

 シャフトスペースのあちこちにはゲートがいくつもあって、そこは艦内の倉庫やゴーレム居住区、工場などとつながっており、そこからフライングプラットフォームに乗ったゴーレムやドローンなどが次々と現れては、艦尾の方へ向かったり、逆に艦首の方へと向かったりしていた。

 ゴーレムやドローン達は先に外に出て、既に街や工場づくり、周囲の探査などを始めているという。アタシ達も外に出て、外の様子やゴーレム達の働きぶりを見ることになったのだ。

 アタシとチヒロ・ヤサカは防疫用の宇宙服を着ていた。未知の惑星にはどんなウィルスなどが潜んでいるかわからない。既にウィルスなどを調べる医療用のゴーレムやドローンなどが外に出て空気などを採取し、そこから病原体を発見してワクチンを製造していて、逐次アタシ達に注射するはずだけど、それまではこういった防疫も必要なのだ。

 航宙艦独特の臭いのない空気の中。

「サーティ、さん」

 そんな声がアタシに向かって飛んできた。

 黒髪に紫の瞳の少女、チヒロだ。

 バイザー越しの彼女は緊張の色を保ったままだ。だから、アタシは崩そうとして、

「なになになにぃ?」

 ちょっとおどけて、言葉を返す。

 彼女は少しムッとして、

「寂しく、ないんですか? こんなところに一人きりで生き残って」

 そう問いを重ねてきた。

 まあ当然の問いよね。

「そうねー。ほらゴーレムとかACとか居るじゃない。少なくとも一人きりじゃないでしょー?」

「人間は、私とあなたの二人きりじゃないですか。それで寂しくないんですか?」

「なあに、アナタはACは人権を認めない派なの?」

「そっ、そういうわけじゃなくて、ただ、地球から遠く離れたこの星で、知っている人は誰も居なくて、乗っていた乗組員とかもみんな死んじゃって。寂しくないのかな、って」

 一生懸命吐き出した、紡ぎ出したような問いかけの言葉に、アタシは彼女の性格を感じ取った。

 ははーん、この娘、ちょっとコミュ障ね?

 なるほどね。

 まあ、そうならそう応対してあげるわ。

 アタシは笑みを大きくして応えた。

「アタシにはバーチャル家族が脳内に居るわ。困ったときとかには相談に乗ってくれるし、情報世界の家に行けばパパやママにいつでも会えるし、寂しくないわ」

「ああ、そう、ですか」

 チヒロは、納得したような表情を見せ、それから小さく笑みを見せて応えた。

「私にもバーチャル家族が居るんです。父さんと、母さんと、お姉ちゃんの、三人」

「そうなの!? じゃあ、アナタの親って、もう」

「いいえ、本当の両親は別にいるわ。でも」

 言ってチヒロは顔を曇らせた。

 その顔がバイザー越しにシャフト内の照明に照らされる。

 あっ。

 この娘って、やっぱり、ネグレクトや虐待されてて。

「そっそうなの!? ごめん」

 後の言葉を続ける前に、アタシは遮った。

「いいですよ別に」チヒロはこともなげに返した。しかしその顔は少しむくれていた。「私はあのクソ親たちから離れて、幸せですから」

「そっ、そう」

 本当にそうなの? 今こんなところに居て不安じゃないの?

 そう思っていたら。彼女は顔を上げ、きっ、という顔をしてこちらを見た。

 その強い表情を青白い照明が照らした。

「そういう貴女こそどうなんですか。親はどうしたんですか」

 反撃の言葉が飛んできた。

 アイタタタ。この娘、思ったよりやる娘ね。でも、全然効いてないわよッ。

「アタシーぃ? アタシには、親なんて居ないわよ」

「えっ?」

「太陽系の軍事用OAC<マルス>管理下の遺伝子操作兵士生産施設で誕生して育成されたの。アタシは。特殊戦部隊の兵士として、いくつかの星の特殊作戦にも派遣されてるわ。だから、親なんて始めっから居ないの。残念でした」

「……」

 アタシの答えを聴いて、チヒロはバツが悪そうに黙り込んでしまった。

 あららら〜。そんな筈じゃなかったのにー。

 自分だって、遺伝子操作されて生まれたエトランゼ、そして不老不死処置を施されたホモデウスでしょうに。その風貌からして。

 そこまで気を悪くするなんて。ちょっと強く言い過ぎたかしら。

 アタシは慌てて頭を下げた。

「ごっ、ごめん。気を悪くした?」

「別に。気になんてしてません」

 彼女はそう言って顔を背けた。

 背けたヘルメットの残り部分を、艦内の照明が照らした。

 やっぱり、顔に出てるじゃん。しばらくは彼女の機嫌取りに徹して、仲良くならなきゃ。

 OACやゴーレムがいるとはいってもこの星には人間は二人っきり。うまくやっていかなきゃ、生き延びられない。

 上司や部下、同僚などとの人間関係を良好にしておくことも、軍人の努めよ。

 そんなことを思っていると、目の前にあった小さな光がどんどん大きくなり、視界を覆っていく。

 同時に、自然独特の香りをもった空気の香りが、鼻についてくる。宇宙服内に直接空気を導入していたからね。

 地球とはまた違った臭い。異星の香りだ。

 アタシは視線でバイザー内のディスプレイを操作し、宇宙服内空気循環モードにして、外部の空気を遮断する。

 途端に空気が無色無臭になった。嗅ぎ慣れた空気だけど、でも自然の空気がやっぱりいい。と同時に。

「まもなく外に出ます。ここがこれから生活する星、グライシア星系Ccですよ」

 オーバーシンギュラリティAC、アン01型のレンタルボディの言葉とともに、アタシ達の乗るフライングプラットフォーム《F P》は、傷ついたノア三一四の船体最後部の搬入口から、ゆっくりと外に出た。


 その瞬間、世界が広がった。

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