第31話 2-13


「じゃーんっ! カレーができたわ! アタシが腕によりをかけて作った、肉たっぷりのカレーよ!」

「野菜切ったりしたのは大体あたしなんですけどね」

 それからしばらくして。

 サーティの家のリビングの大きなテーブルの上に、あたし達が(というか、ほとんどあたしが)作ったカレーライスやサラダなどが並んでいた。

 大皿に入ったじっくりと煮込まれたカレーからは温かい湯気が上がり、野菜や肉は蕩けんばかりだ。

 人参や玉ねぎ、きゅうりなどをふんだんに使ったサラダもみずみずしく仕上がり、白い皿に収まっている。

 とりあえず見た目は問題ないようね。カレールーの箱のとおりに作ったし。

 じゃ、いただきますか。

「じゃ、食べよっか」

 席についたあたしは対面にいるサーティにそう呼びかけた。

「うん、食べよっ」

 待ちきれないという笑顔で彼女はそう応えた。

「いただき……」

 とあたしが言いかけた時、サーティは両手を目の前で組み、目を閉じてこんな事を言い出した。


 天におられる私達の父よ。

 皆が聖とされますように。

 みくにが来ますように。

 御心が天に行われる通り、地にも行われますように。

 私達の日ごとの糧を今日もお与え下さい。

 私達の罪をお許し下さい私達も人を許します。

 私達を誘惑に陥らせ得ず悪からお救い下さい。

 アーメン。


 そして十字を切る。

 あ、TVドラマとかでよく見るやつだ。

「それって……」

「クリスチャンの聖句。食事の前にするお祈りの言葉よ」

「でもサーティってクリスチャンだっけ?」

 そう、クローン兵士であるサーティが、生命に厳格なクリスチャンの筈がないのだ。そもそも、アブラハムの宗教を始めとして、地球の宗教は前の戦争とその後の混乱、超高度ACによる支配でほとんど絶滅したはずなのに。

 あたしの疑問に苦笑気味にサーティは応えた。

「あたし自身は無宗教だけどねー。でも、ここにやってきて奇跡的に助かって、家族が生体ボディに入ってから、パパが何故か神の存在を信じちゃってー。それで、夕食のときは家族で神にお祈りしてるってわけ」

「ACが、神を信じるだって?」

 あたしはちょっとびっくりした。

 教会の仕事をするHARやACはいるけど、それは業務であって、神を信じているわけではないと思うのだ。

「そうよねー」サーティは困惑気味に応えた。「でも、本人がそう言っちゃってるもの。信じるしか無いわ」

 その時、ふと思い出した。

 喫茶トネリコでアンさんが歌っていた、アメージング・グレース。あれもキリスト教の神の賛美歌だ。

 あれを歌っていた意味。あれもACが神を信じている証拠なのだろうか。

 そう思った時、カレーの香辛料の臭いが、待ちくたびれた、というように鼻についてきた。

 あたしはちょっと慌て気味に、サーティに向かって言った。

「さっ、食べましょ。カレー冷めちゃうし」

「うん」

「それでは、いただきます」

「いただきますー」

 あたし達はそう言い合うと、スプーンを持って、カレーを掬った。

 口に入れて、ゆっくりと噛む。

 うん、美味しい。香辛料の辛さがちょうどいい感じだ。

 人参も柔らかくて甘くて美味しい。

 噛んだカレーを喉の奥に飲み込むと、あたしは、

「うん、美味しい。ルーの箱通りに作ったおかげね」

 そう噛みしめるように、独り言のように感想を漏らした。

 正直、そのとおりだ。

 あたしが作り方通りに作ったから美味しいカレーができたのだ。

 が、サーティは、

「でっしょー!? アタシ、初めて作ってみたけどここまで上手くできたのは、アタシの実力ね!」

 自慢気にそんな事を言い出してきた。

 むっ。ほとんどなんにもやっていないでしょうが。

 あたしはちょっとむかつきながら反論する。

「サーティは野菜を水で洗って鍋に水を入れて、カレーが煮込まれるのを見ていただけでしょ」

「そうだっけ? もうちょっとやったようなー」

「あとパックご飯を電子レンジで温めるのね。それぐらいでしょ」

「それぐらいはやったじゃーん」

「せめて、野菜を剥いて切るぐらいはできるようになりましょう」

「ヤサカさん、お目々が異様に怖いですけど」

「いいからできるようになりましょうね」

「……はあい」

「わかってくれたようで」

 この対決、あたしの勝ちね。

 あたしは勝ち誇りながらジャガイモを口に入れた。

 うん、ホクホクしてて美味しい。勝利の味は格段と美味しい。

 と思いつつサーティの方を見ると、本当に落ち込んだ様子で、スプーンを持つ手が止まっている。

 あ。これはちょっとやりすぎたかな。

 ここは褒めてあげないと。

「でも、サーティが居なければカレー作るのにもっと時間かかったんだよ。手伝ってくれて、本当にありがとう」

 あたしの言葉にサーティはぱっと顔を明るくした。

「本当?」

「本当よ」

「だったら嬉しいな~」

 彼女はウキウキしながらスプーンを再び動かし始め、カレーを口に入れ始めた。

 本当に単純な人ね。

 でも、そうだから助かる部分もあるんだけど。

 まあ、さっきも言ったように、ちゃんと料理が作れるようになると、嬉しいんだけど。

 そんな事を思いながら、カレーやサラダを口にしていた。

 しばらく経ってから、ふとある事を思い出した。

 そう言えば、サーティにちょっと聞いてみたい話があったんだっけ。

 あたしはジャガイモを歯で粉砕し、飲み込んでから話を口にしようとして、ふと気がついた。

 近くを見ると、マリアちゃんがテーブルのそばに立って、なにか用事がないか待機している。

 この話、彼女に聞かれちゃまずいか。

 あたしは秘匿通話の回線をサーティに向けて開いた。

〈もしもしサーティ?〉

 あたしの通信が届いた瞬間、ちょっとびっくりした様子で彼女はこちらを見た。

 それから、何もなかったような素振りを見せて、カレーを口に入れる。

〈秘匿通話って、なんか聞かれてまずいこと~? この家で?〉

〈うん、ちょっとマリアちゃんには聞かれてまずいかなって〉

〈そこまで秘密にしたい話ってなにー?〉

〈マリアちゃんというか、ゴーレム、ACについてなんだけど〉

〈うんうん〉

〈この星ACの個性って、ちょっと個性ありすぎなんじゃないかな〉

〈どういう事?〉

 彼女はカレーのライスを口にしながら問いかける。

 あたしはカレーとライスを混ぜながら応えた。

〈本来ACの性格付けって、もっとフラットなもので無個性のもののはずよ。ACには心がない。そういう人もいるわ〉

〈そうねー。それで?〉

〈それがこの星のACは、オーバーシンギュラリティACであるアンさんを始めとして、心があるような振る舞いを見せる。個性がある、人格があるような感じに思える。それも〉

〈それも? 何よー〉

〈どこか病的に思えるのよ。その個性というか性格が。どうしてかな〉

〈ふうーん〉サーティは話を聞いてライスを口に入れ、よく噛んで飲み込んだあとで応えた。〈アタシには、まるで人間みたいだと思えるけどなー〉

〈そう?〉今度はあたしが問いかける番だった。〈人間みたいに見えるって〉

〈アタシんちのヴァーチャル家族もマリアもそうだけどさ、見たり話したりしているとまるで人間のように思えるのよー。まあ、パパとかママとか生体ボディ使っているから当たり前だけどさ。振る舞いがそうあるようにあるならそれでいいんじゃないの?〉

〈そうなのかな。後もう一つ、問題があるんだけど〉

〈何よー?〉

〈どうして性格を病的にまで強調するように設定したのか。そう設定したのは誰かって問題よ。単なる植民地管理用OACやノーマルAC達に、なんでそんな設定をしたのか、不思議よ〉

 あたしはそう言ってサラダを口に入れた。カレーはあとひとかけらほどしかなく、サラダも殆どなくなっていた。

 サーティの方はと言えば、とっくの昔にカレーもサラダも食べてしまっていて、マリアにお茶を入れてもらって飲んでいた。

 さすがは軍人。食べるのが早いわね。

 彼女はお茶を一口飲んだ後で、あまり考える様子もなく応えた。

〈どうなのかなー。ニューオーストラリアの人達が喜ぶから、じゃないわねー〉

〈ねえ〉あたしはサラダを食べ終え、最後のカレーの欠片を口にしたあとで問いかけた。〈喫茶トネリコで貴女が言っていた陰謀のこと、これにも関係があるんじゃないかな〉

〈んー、どうなのかなー? ありそうと言えばありそうだけどー〉サーティはお茶を飲み干しながら言った。〈あんまり関係ない気がするけどねー〉

 あんまり、サーティはこの話に興味はなさそうか。

 あたしの思い過ごしならいいんだけど。

 でも、このACに対する違和感、何か気になる。

 あたしは内心でため息を付きながら、口で、ごちそうさま、と言い、それからサーティに向かって言った。

「サーティ、皿を洗いましょ。洗うことなら、貴女にだってできるでしょ」

 彼女はげっそりとした顔で、はあい、とだけ応えた。

 ふふん、マリアちゃんにやってもらおうと思っていたんでしょ。

 そうは問屋が卸しませんよ。

 あたしは勝ち誇った顔で胸を躍らせつつ、ソファを立ち上がった。

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