第30話 2-12


 あたし達はオートタクシーに乗って、程なくあたし達のシェルター(隣同士だ)に着いた。

 シェルターに着くとそれぞれの家の玄関からアヤネちゃんとマリアちゃん(サーティの家付きのゴーレムちゃんだ)が出てきた。

「おかえりなさい、チヒロさんっ。その荷物は?」

「ああ、サーティの家に入れておいて」

「はいっ!」

「あと、今日サーティの家に泊まるから」

「え?」

「ちょっとお母さん達にその事言ってくる」

 ちょっとびっくりした様子のアヤネちゃんを後に、あたしは自分の家に入っていった。

 リビングに入ると、お母さんがソファでホログラフィックスクリーンTVを見ていた。父さんとカズコ姉ちゃんは出かけているようだ。

「お母さん、ただいま」

「あらおかえりチヒロ」

「お母さん、帰ってきたばかりでなんだけど、あたし今日サーティの家に泊まるから」

 あたしの言葉に、お母さんは一度TVの方を見てそれからあたしを見ると少し心配そうに、

「なんか警戒警報が出ているんだけど大丈夫かしら?」

 そう言った。

 ホログラフィックスクリーンを見ると、ワイドショー番組で、原住生物達が動いていて、街などに警戒警報が流れているというニュースについて、AC達があれこれ会話していた。

 これはちょっと深刻な状態なのかな。

 そう思いながらも、

「大丈夫よ。サーティのお父さんとかがここに来るまでにまだ数日かかるとか言っていたし」

 サーティの言っていた事を反すうしながら返す。

「そうならいいんだけど」

 お母さんは少し思案顔で考えていた様子だったけど、ちょっと笑顔になって、

「いいわ。どうせ隣同士なんだし、なにかあってもすぐに帰ってこれるしね。サーティちゃんと、仲良くね」

 あたしがサーティの家に泊まることを、許可してくれた。

 良かった。

 あたしは内心ほっと胸をなでおろした。

「ありがとう、お母さん」

 明るい声でそう言ってお辞儀して、あたしは自分の部屋へと向かっていった。

 あのクソ女ならこうも行かなかっただろう。絶対に泊まるのを禁止したはずだ。

 まあ、あたしの頼みは最終的には断れないように、性格付けしてあるからなんだけど。

 あたしは自分の部屋に入るとほくそ笑みながら、お泊り用の準備を始めるのだった。


                         *


「さて、カレーを作りましょうか」

 白を基調とした内装の、サーティのシェルター(と言っても、基本的な家の作りはあたしのシェルターと一緒だ)のキッチンで、エプロンをかけたあたしは腕まくりをした。

 ご飯はレンジでチンするタイプの合成ご飯パックを買ってきたので問題ない。

 カレーの作り方も、サーティのリクエストでカレーに入れる肉を多めにする以外はカレールーのパックに書いてある作り方通りに作るのでこれも問題ない、はずだ。

 既にキッチンのあちこちには肉、玉ねぎ、人参、じゃがいも、カレールーといったカレーの材料が並べられ、カレーになるのを今や遅しと待っているわけなのだが。

「包丁握ったこと、あまりないんだけど~」

 サーティが震える声でそんな泣き言を言ってきた。

「ちょっと、軍隊で何を習ってきたのよ?」

「ナイフで料理するなら習ったんだけど~」

「包丁だってそんなに変わんないわよ」

「でも包丁っておっきいし~」

「軍人が何言ってんだか」

 もう、しょうがないわね。

 こんなときには役立たずなんだから。

 でもその役立たずぶりが可愛い。

 では、しょうがないからあたしがやりますか。

「じゃあ、人参とか玉ねぎとか水で洗ってよ。皮を剥いたり切るのはあたしがやるわ。あっ、洗剤で洗わなくていいから」

 野菜を洗剤で洗うのは料理素人がよくやる失敗だ。というわけでサーティに念を押す。

「う、うん」

 サーティは可愛らしい子供のように首を縦に振ると、人参を手にとって水道の蛇口を押した。

 しばらく人参の一本を洗った後、

「ほいっ」

 サーティは優しく人参を手渡してくれた。

「あいっ」

 あたしは人参を受け取ると、手にしたピューラーで皮を剥き始めた。

 その時、リビングの方から声が飛んできた。

「わ、私は何もやらなくてもいいんでしょうか……」

 サーティの家付きのゴーレムちゃん、マリアだ。

 いかにも中南米人種をモデルにしたという風貌の、黒い髪に黒い目で彫りが深い顔、浅黒い肌の彼女は心配そうにそう尋ねてきた。

 あたしは手を止め、安心させるためにマリアちゃんの方を向き、明るい声で応える。

「大丈夫よ。主なことはあたし達がやっちゃうから。何かあったらよろしく頼むわね。マリアちゃんは他のことやってて」

「はっ、はいっ」

 マリアちゃんはそう返すと、急ぎ足でリビングを出ていった。

 あたしはもう一度前へと向き直り、人参の皮を剥いていきながらあたしはある事を考える。

 この星にいるアルカちゃんやアヤネちゃん、マリアちゃんと言ったゴーレム達、HAR達はどこか個性が強すぎるような気がする。HAR、さらに言うならACはもっとフラットな個性、個性がないのが個性なはずなのだ。

 あたしやサーティのヴァーチャル家族のように、ある特定個人の介護や心理安定などを目的としたACなら話は別だけど。

 それに、カレンちゃん達もなんで個性があるんだろうか。あたしが(学校で)勉強したいと言ったら、生徒が居ないのは寂しいでしょ、と言ってアンさんは生徒をたくさん造ってくれたけど、別に個性がなくてもいいんじゃないのかな。

 その個性の強調の仕方は、どこか、病的にも思えるのだ。あたしのふるさとのHARやACの事を思い出すと。

 それとも。

 サーティの言うように何か目的があるのだろうか。

 ちょっとこの事、後でサーティに聞いてみようかな?

「……チヒロ、チヒロってばー。人参、洗ったよ~」

 そんな事を考えていたらそばから声が飛んできた。

 見ると、サーティが洗った人参を差し出していた。

「ご、ごめん」

 あたしは謝りながら新しい人参を受け取り、ピューラーで皮を剥き始めた。


 AC達の個性の裏側に、一体何が隠されているのだろうか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る