第29話 2-11
その後、あたし達とアン達は他愛のない事をおしゃべりしては、喫茶トネリコを後にした。
アン達はこれから市内の見回りなどをするというので、そこで別れた。
外に出ると、空は曇っていた。どんよりとした曇り空だった。
アプリで天気を調べてみると、確率は不確かだったけど、雨雲がこちらへ近づいているらしい。
「雨、降ってきそうだけど……」
あたしが空を見上げていると、
「大丈夫オールオッケー! オートタクシーもあるし雨が降っても大丈夫よ! 後一本、フルダイブムービーでも見ましょ!」
うっきうっきの顔で、サーティがそう誘ってきた。
いいのかなあ。いいんだろうか。
一瞬そう思ったけれども。
いいや、いっちゃえ。
そう思うと、
「じゃ、行きましょ」
そう言うなり手をつなぐ。
「よっしレッツゴー!」
サーティは心の底から嬉しそうな笑顔で、歩み始めた。
彼女の笑顔を隣で見てると、なんだか暖かくなるけど。
もう一方で、なんだか不安になってくる。
何かが起こりそうな気がして。
*
それからあたし達は地球時間の午後にもう一本、フルダイブの映画を見た。
ここに来てからAC達が創った映画で、巌窟王モチーフの映画だった。
陰謀で何もかもを失った主人公が復讐をして、やがて幸せを掴む。そんな映画だった。
「内容としては面白かったわねー」
あたし達は喫茶トネリコとはまた別のカフェで、お茶をしながら映画の感想を話し合っていた。
まあ、サーティの言う通り面白いは面白いんだけど。
「でも、ちょっと中身が詰め込み過ぎだったかも」
「時間はたっぷりあったでしょ。三時間近い映画だったし」
「それでも詰め込みすぎよ。恋愛にバトルにサスペンスに、それにコメディも。復讐というテーマがなければ散漫になっていたわよあれ」
「そっかー。アタシはテーマパークみたいで良かったけどなー」
「その辺りは人によって違うかもね。それに人間とACは処理能力が違うし。ACだったらあの内容でも普通だったのかもね」
「そりゃACは情報世界とかでは時間の流れが違うし~」
「確かにね」
あたしはコーヒーをゆっくりと飲んだ。
人間とACの違い。
それはそれで専門書が何冊も書けるほどの題材だけど、それを長々と語るのは今はお門違いってものね。
でも、人間がACになれたら、どんなに便利だろうとは思う。情報空間における活動限界がなくなるし、自分を何人も同時に様々なところで活用できるようになると思うし、良いことずくめだと思うのだ。
「まあアタシにとってはいい映画だったと思うわ。アレは」
そう言ってサーティもコーヒーカップに口をつけた時だった。
「ん?」
「どうしたの?」
「ママから電話」
言って耳に指を当てる。そしてそのまま話し出す。
「もしもしーマム? え? うん、うん。 え、そうなの? じゃあアタシも? アタシはまだ待機で? うん、うん、そうなの? いいんだ。うん、了解したわ。じゃあ、気をつけてねー」
そう会話し終えると、サーティは指で耳を叩き、離した。
「どうしたの?」
もう一度同じフレーズで聞いてみる。すると、少し真剣な、というか困ったような表情でサーティが応えた。
「ちょっとママから電話」
「なんて?」
「何やら遠くの方で原住生物たちに動きがあるようなので、これから基地に詰めて警戒に当たるらしいわ」
「貴女は?」
「まだ警戒レベルが低いから、お前は家で待機してなさい、だって」
そうなんだ、と言ってあたしはコーヒーを飲み干した。
って。
「原住生物達が動き出してるって?」
「うんそうみたいよー。かなりの大群みたいだけど動いているスピードは遅いみたいだし、ここまで来るのは数日かかるってー」
相変わらず陽気なサーティの声が、あまりにも楽観的すぎるように思えた。
「でも、大群って……」
「へーきへーき。アタシ達は何度も虫さん達を撃退してきたし、大群でもそう変わりないっしょ? それよりもさー」
「なんですか」
「誰もいないから、アタシの家に泊まりに行かない?」
え。
あたしの体が一瞬こわばった。
え、お誘い? なんでこんなときに。
「泊まるって。良いんですか、こんな時に」
「いいっていいって。家族が居ないこんなときこそ、お泊り会のチャンスじゃん。さっ、まずは夕食用の食材を買いに行きましょ行きましょー」
そう元気にまくしたてると、サーティはコーヒーを飲み干して立ち上がった。あたしも立ち上がらせて。
いいのかな。こんな状況でお泊り会なんて。
あたしは困惑しつつも、紙カップなどを捨てにカフェのゴミ箱へと向かうのだった。
空は曇り模様で、その黒さは次第に濃さを増していっていた。
もうすぐ、雨が降るのかもしれない。
傘持ってくるの、忘れちゃったな。
*
そんなわけでサーティの家に泊まることになったあたしは、彼女とともに夕飯の材料を買うためにスーパーマーケットへと向かったけれども、乗ったオートタクシーの中でひと悶着が起きた。
それは。
「ねえねえ今日の夕飯はステーキにしようよ~」
「昼食べたばかりじゃない。ここは一緒に作るなら、カレーのほうがいいですよ」
「でもでも~。ステーキのほうが絶対いいって~。美味しいしたくさんあるしお腹いっぱいになるしー」
「子供みたいに駄々をこねないでください。それにアメリカ人の『お腹いっぱい』は尋常ではありませんから」
「やだやだステーキにする~。ステーキのフルコースにする~」
そんな感じで、夕食はステーキ(のフルコース)派のサーティとカレー派のあたしとで、激論(?)になったのだ。
というかサーティが駄々をこねはじめ、ぐずってしまったのだ。
あたしは昼にパスタを食べたからいいけど、夕ごはんにステーキは、ちょっとねえ。
それに、あたしとサーティ二人で作るなら、肉料理のフルコースよりもカレーのほうが簡単にできると思うのだ。
愚図るサーティを前に、困ってしまう。
とその時、ある疑問が頭の中にひらめいた。
サーティって。
「ねえサーティ?」
「なに?」
「貴女御飯作ったことがある?」
「特殊任務群のサバイバル訓練で少々……」
「そうじゃなくてキッチンに立ったことは?」
そこでサーティは押し黙ってしまった。
やっぱり、そうなのね。
よし、もうひと押し。
「あるの? ないの?」
サーティは再び押し黙った後、
「……無いです」
そう言って下を向いてしまった。
オートタクシーが一つ揺れた。
ということは、軍では食堂で食べたりしてて、この星ではAC家族とかにご飯作ってもらってたのね。やっぱり。
「じゃあ」あたしは優しい声で言うと、サーティの後頭部を撫でた。「無理せず、あたしと一緒にカレー作ろっか?」
「はい……」
サーティは顔を伏せながらそういうのが精一杯だった。
ふふん。上手くいった。
料理ではあたしがリードできると。
というか彼女生活全般が苦手じゃないのかな、この調子だと。
そこがつけ込む隙がある、と言ったら悪い言い方だけど、可愛いところなのね。
良かった。
というか危なかったわ。
あたしは内心で汗を拭った。
ステーキなんて基本的に焼くだけだもんね。もしその事がサーティにわかってたら、危うく押し切られるところだったわ。
あたしはため息をつくと、少し微笑んだ。
オートタクシーはあたし達を乗せて、スーパーマーケットへと運んでゆく。
*
買い物を済ませ、食材などを運んだ自動カートととともに、工業用超大型3Dプリンタロボットで店舗が造られたスーパーマーケットを出ると、雨が降り始めていた。
あたしはコロニー生まれなので、現実世界で突然降ってくる雨とかはあまり経験がない。
ちょっと嫌だな、と思っていると。
「雨だね~。ほら傘っ」
と言って、サーティが傘を差してくれた。
赤い折りたたみの傘だ。
こんな事を見越して持ってきてくれたんだ。嬉しい。
「用意がいいわね」
「惑星ではいつ雨が降るのかもしれないからね。ふふん、あたしを褒めて頂戴!」
「褒めても何も出ませんよ」
そう言ってあたしはサーティの傘を差した手を握って、
「でも、ありがとう」
と感謝した。
突然のことだったらしく、サーティは少し顔を赤らめては、
「う、うん、こちらこそ、ありがとう」
顔をそむける。
ふふ、サーティってば、可愛い。
私は小さく微笑んでは、あたし達が乗ってきたオートタクシーの方を向き、
「さっ、行きましょ。雨が激しくなる前に、家に行きましょ」
少し歩みを早めた。
彼女の手を握る手の力を、少し強めながら。
彼女もまた、傘の握りを、強く握りしめた。
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