第32話 2-14


 あたし達はその後、仲良く(?)食器などを洗った。

 まあ大雑把に洗った後は、自動食器洗い機にまとめて入れたんですけど。

 食器を洗った後は、あたしが持ち込んだサーバロボットで、ゲームをすることになった。

 ネットに繋いで、情報世界などにいるみんなと、あたしとサーバロボット内にいるあたしの会社、Tritonworks所属の創作制作支援AC達が創ったネットゲーを遊ぶのだ。

 創ったゲームはどんなゲームかと言うと、グランファンタジアというVRMMORPG、あるいはメタバースだ。アークシャードと呼ばれる世界の、主にボーディアット大陸と呼ばれる大陸を舞台に、様々な職業やスキル、魔法などがあり、まったり過ごしたり、英雄物語のような冒険ができたりと、いろいろな遊び方ができるゲーム(の予定)だ。

 今日はそのテストプレイとして、ザウエン王国の王都ザウエナードと呼ばれる街を中心に、その辺りに大量発生したスライムを討伐してもらうイベントを遊んでもらうのだ。

「準備はいい?」

「もちろん、オッケよっ」

 サーティの部屋で、隣同士で床に座っている並あたし達はお互いうなずくと、目の前に鎮座している、黒色の八角形の立方体に四足がついたサーバロボットに向かって告げた。

「フルダイブ、スタート」

 いくつかのホログラフィック表示が浮かんでは消え、全て消えた次の瞬間、あたしの視界は真っ白に包まれ、世界は一変した。

 

                         *


 そこは、緑あふれる草原だった。空は晴れ渡り、グライシアーCcよりもずっと暖かく、気持ちいい風が吹き、肌触りは心地よい。

 遠くには城壁が高く長くそびえ、その向こうに豊かな街があることを示している。城壁の周りにも家や畑があり、そこに人が暮らしていることを表していた。

 あたしの姿は鋼の鎧に鋼の剣と盾を持った騎士姿だった。

 ホログラフィックスクリーンのステータスを表示させると、GMという文字が表示されていた。このグランファンタジアの管理者、運営という意味だ。

 周りを見ると、革鎧に剣と盾を持ったもの、ローブに三角帽子、杖を持ったもの、僧衣にメイスを持ったものなど、様々な姿をした人達がいた。それらは皆グランファンタジアのテストプレイヤーのAC達、それに、

「やっほー、良い世界じゃない。まるで本物のファンタジー世界みたいねー」

 黒いロングコート姿で、両手に剣を持った剣士姿のサーティがいた。この世界に満足そうで何よりだ。

 ごきげんなサーティにあたしは、

「そりゃ、ここまで来るのにテストを何度もしたし。さて」

 そう言うとホログラフィックスクリーンを操作し、会話通信範囲を周辺に拡大し、

「さて皆さん、グランファンタジアへようこそ。今日はテストプレイとして、このザウエナード周辺に大量発生したスライムの討伐をしてもらうことになります。制限時間は二時間ぐらいで、スライムを討伐したらゴールドや薬草などのアイテムが出ます。これらのゴールドやアイテムは本サービス開始時に持ち越せるので、皆さん張り切ってスライムを倒しちゃいましょう」

 そう説明する。周りから、

「はーいっ」

「わかりましたーっ」

 などと声やチャットなどで元気よく返事が返ってきた。よしっ、前々に説明もしてあるからみんな理解してくれたわね。

 じゃ、始めますか。

 あたしはグランファンタジアの管理AC、カランちゃんに言った。

<じゃ、はじめて>

<わっかりましたーっ>

 カランちゃんがそう応えると、周囲に変化が現れた。ぽこん、ぽこんという音とともに、可愛らしい滴状の体にディフォルメされた顔のついた生物が何体も無数に現れた。スライムだ。

 スライムは、

「きゅいっ、むいっ、きゅいっ、むいっ」

 というこれまた可愛らしい鳴き声を上げながら、周囲をうろつき始めた。

 それを見たプレイヤーたちの多くが、一斉に動き出し、スライムへと向かっていく。

 そして、剣や斧、槍などで、スライムを攻撃し始めた。

 切られたり突かれたり叩かれたりしたスライムは、

「キュイ~っ!」

 悲鳴を上げ、水が飛び散るようにばらばらになる。

 そしてその中から、金貨や薬草などが出てきた。

「よっし一匹倒したぞ!」

「ゴールドゲットぉ!」

 プレイヤーはその金貨などを掴み、そして次のスライムへと向かっていく。

 その場を動かないプレイヤー達も、弓を構えて矢を撃ったり、呪文を唱えて魔法を放ったりして、スライムを攻撃し、スライムを倒していく。

「きゅいーっ!」

「むいーっ!」

「よしこれで五匹目!」

「スライム弱いな~。楽勝、楽勝!」

 そんな事を言いつつ、プレイヤーのACさん達は次々とスライムを狩っていく。

 むっ。

 そんなに簡単と言うなら、もうちょっと難易度上げましょうか?

 あたしはカランちゃんに向かって言った。

<カランちゃん、もうちょっとスライム増やしてもいいわよ。あともう少し強くしても良いかも>

<はいはーいっ。じゃっ、こうしてこうしてっ>

 すると、周囲に再び変化が現れた。

「きゅいーっ!」

「むいーっ!」

「きゅいーっ!」

「むいーっ!」

 スライムの数が、格段と増えたのです。

「げっ、スライムが増えた!」

「でも増えただけなら大丈夫だろ!」

 一瞬慌てるも、プレイヤーの皆さんはまた武器を構え直してスライムたちにかかってゆきます。

 ふふん、どうでしょうかね?

 戦士のプレイヤーさんがスライムに襲いかかろうとしたその時。

 スライムが、何かを吐きました。

 その何かが、体にかかります。

 すると、体の鎧が溶け出しました!

「きゃーっ、何よこれ!?」

「鎧とかが溶けてるっ!?」

 ふふん、スライムの特徴である溶解液っ! これが何かにかかれば、それはあっという間に溶け出すのよ!

 それでも、一部の冒険者達は、

「こんな溶解液、当たらなければっ!」

 とスライムの吐く溶解液を躱しては、スライムに剣を叩き込みますが。

 ひらり、とスライムは躱したり、当たっても、剣を弾いたりと、スライムはなかなか倒れません。

「す、スライムが強くなってる!?」

「こんなの話に聞いてないよ~っ!」

「ち、ちょっとまって運営さん!? これいつまで続けるんですか!?」

 悲鳴を上げるプレイヤーたちに、カランちゃんは明るい声で応えました。

「テスト終了は二時間後ですよ~。それまで皆さん頑張ってくださ~い」

 その屈託もない返事に、プレイヤーたちは一斉に、

「そんなー!」

 と叫びました。

 ふふふっ、スライムが弱いって、誰が決めたんでしょうね。

 テスト、頑張ってくださいね。

 そうほくそ笑んだときでした。

「チヒロ~。助けてー」

 近くからか弱い悲鳴が聞こえてきました。

 慌てて声がした方を見ると。

 サーティが、大量のスライムに押しつぶされて、泣いていました。

 あっ、サーティが!

「さっ、サーティ!?」

 あたしは大急ぎでデバッグ用コマンドを打ち込み、サーティの周りからスライムを消し去りました。

 そしてサーティのそばに駆け寄り、

「だっ、大丈夫サーティ!?」

 と助け起こしたの。

 黒いロングコート姿のサーティは少し息もできない様子でしたが、しばらくして落ち着きを取り戻し、上半身を起き上がらせると、

「ふぅーっ、スライムを倒していたら、急に数がめっちゃ増えて強くなって気がついたら押しつぶされてたよー」

 そうぼやきました。

 あたしは手を取ってサーティが立ち上がるのを助けると、

「ごめんごめん、テストプレイヤー達がスライム弱いというから数増やして強くしてみたんだけど」

「これは数増やし過ぎだよ~。もうちょっと減らして~」

「はいはい。カランちゃんにそう言っておくわ」

 そう言い合いました。

 あたしは苦笑しながら、別のことを考えていた。

 そして、テストプレイヤー達がスライムに悪戦苦闘している光景を眺めて、背筋が震えた。


 もしあの昆虫たちが、あんなふうに増えて、あんなふうに強くなったら。


                         *


 それから二時間後。

 グランファンタジアのテストプレイは終了しました。

 そして、草原のあちこちに、死屍累々と横たわる……。

 テストプレイヤーたちの姿がありました。

 武器や防具がぼろぼろになった彼、彼女らは大地に横たわりながら、

「うう……、スライムは強い……」

「スライムはもう嫌だ……」

「スライムはしばらく見たくない……」

 そんなうめき声を上げていたわ。

 ふふっ、楽しんでもらえたようで。

 さて、みんなを起こさないと。

「運営のみなさん。みんなに治療魔法をかけてあげて」

 すると空中に輝く白衣の可愛らしい女の子たちが現れました。

 彼彼女らは運営のお助けエンジェル、ゲームマスター達です。

 彼女らはふわふわと空を浮かびながらあちこちで倒れているテストプレイヤー達のもとへ行くと、

「皆様、お疲れ様でしたー。治療魔法・疲労回復魔法をどうぞ~」

 と言いながら、復活魔法や治療魔法疲労回復魔法などをかけてあげました。

 すると、ヨロヨロとしながらも、テストプレイヤー達は起き上がったわ。

「ふぅーっ。大変だったけど、これだけゴールドやアイテムをゲットしたし良いか」

「生き返った~っ。スライム強かったけど……」

「疲れた……。でも楽しかった~」

 そんな声を上げながら、テストプレイヤー達は背伸びをしたり、体を動かしたりしました。

 おおむね、皆満足した表情のようね。

 ちょっとスライムを強くしすぎて、トラウマになっちゃったかもしれないけど、それはこれからの検討事項ね。開発のみんなと相談しないと。

 でも、プレイヤー達があまりスライムの事を気にかけてなさそうなのは、ACの精神構造が人間のそれと異なるせいもありそうね。恐怖などを感じても、プログラムなどで調整すればすぐに取り除かれる。全く便利ね。ACの『心』って。

 あたしは、うん、と一つうなずくと、全体チャットで彼らに声をかけた。

「皆様、お疲れさまでした。この後はザウエナードに入って、冒険者ギルドや宿などで休憩しつつ、今回のテストプレイについてご意見ご希望のアンケートを取らせていただきます。しばらくサーバは開放しておきますので、街を探検して買い物したり、住まいを探してみたりしてください。ではこれからもグランファンタジアをお楽しみください。以上、運営からでした」

 そう述べるとあたしは全体チャットを閉じた。

 ふう。目立った負荷とか障害とかバグとかなかったみたいだし、次は世界全体を動かすオープンβテストに入るか。

 アンさんに提供してもらったサーバはさすが高性能ね。単体でも十分すぎるほどだし、他のサーバや街や工場などに偏在するナノマシンコンピュータネットワーク(これはゴーレムなども含まれるわ)の使用によってリソースはかなり少なく抑えられるし。

 これであたしの夢、自分のゲームをリリースする、がもうすぐ叶うわね。

 そう思って、力を抜いた時。

<活動限界です。強制ログアウトします>

 という表示が目の前に浮かんだ。

 こんなに早く。

 テストで緊張しすぎて頭が疲れちゃったかな。

 あたしがそう思う暇もなく、晴れ渡った草原は真っ白い情報空間へと一気に変わり、それから闇一色へと落ちた。


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