第21話 2−3
「さて今日のHRはこれで終わりにする。また明日なー」
「きりーつ。れーい。ありがとうございましたー」
グライシア時間の夜。地球時間での午後三時過ぎのこと。
あたしは、自動都市に創られた情報世界の都市の中にあるとある高校で、帰りのホームルームを終え、一日の授業が終わったところだった。
教室の中が一気に騒がしくなる。そんな喧騒が、あたしは好きだった。
そんな喧騒の中、あたしに、薄紫のワンピースの制服を着た少女達が数名近づいてきて、ニコニコしながら言ってきた。
クラスメートの、ACの少女たちだ。
あたしがここの学校に通うようになってから、この娘達とは仲良くしている。
みんな良い子達だと、あたしは思う。
「ねえ、ヤサカさん。今日どこか寄っていかないない?」
「どこへ行くの、カレンちゃん?」
あたしがカレンちゃんと呼んだピンク髪にピンクの目の少女は、右人差し指を一本立てて笑みを見せながら言った。
「今日オープンした、トネリコっていうカフェに行こうかな〜って思ってって」
「ふーん、トネリコ、ね。何かあるの?」
「厳選した豆を使った淹れたてのコーヒーとか美味しいケーキとかお菓子とか色々あるんだってだって!」
と同時に、空中にホログラフィックスクリーンが現れ、トネリコの広告が現れた。
真っ赤ないちごが乗った、ふわふわと白いクリームがたっぷりと乗った美味しそうなショートケーキとかの画像が現れる。
でも、それ情報世界だし、結局情報を食べるようなものじゃないかって言う気はするけど……。
……。
決めた。ここは話に乗りましょ。
「いいわよっ。一緒に行こうっ!」
あたしはそう応えながら椅子から立ち上がりました。
カレンちゃん達は良かったあ、というような顔をして、
「じゃっ、行きましょ行きましょっ」
そう言うと、ホログラフィックスクリーンに浮かんだアイコンの一つを押した。
すると。
世界があっという間に入れ替わり、学校の教室から、街の繁華街へと景色は変わりました。
そして、あたし達の目の前には「喫茶トネリコ」と看板の付いた、洋風の建物がありました。
あたし達は情報世界を移動し、高校の教室から、喫茶トネリコの前へと転移したのです。
って店の前には誰も居ないみたいだけど……。
「もうお客さんはみんなお店の情報空間内に入っちゃっているんですよ。入りましょっ」
クラスメイトの一人、長い金髪をサイドテールにまとめた少女メグミが明るい表情を絶やさずに説明してくれた。
そうなんだ。
「じゃ、いこっか」
あたしが言うと、うん、と、クラスメイトのみんながうなずいたので、あたしは先頭に立って歩き出し、入り口へと向かう。
古そうでしっかりとした木製(という情報を持った)のドアを開け、一歩中へと踏み入れると──。
そこは、コーヒーとスイーツの匂いがあふれる、広大な木造りの空間だった。
高い天井を持った洋風と和風が入り混じったような室内には、大勢のお客さんで溢れ、まさに満杯だ。
これ、席あるかな……。
と思っていると。
目の前に和風メイド装束の金髪のウェイトレスさんがやってきて、
「いらっしゃいませ、喫茶トネリコへようこそ! 五名様ですね? 今席をご用意致します! さっ、こちらへ案内いたしますっ!」
と元気のいい声で言うなり、お店の奥の方へと歩き出した。
あたし達は、親鳥の後を追うカルガモのヒナのようにその後をついていくと。
人々の中に、ぽつんと五名分の空席がある円形の木製テーブルがあった。
あ、丁度いいところに。とは一瞬思ったけれども、ここは情報空間なので、いくらでも空席は用意できるのだ。なんてことはない。
あたし達は席に座ると、さっそくホログラフィックスクリーンでメニューを開く。
ウェイトレスさんがさっと手を一振りすると、目の前に水の入ったコップが現れた。まるで魔法のように。
これが情報世界の素晴らしいところよね。いちいち水を持ってきたりとかそういうのが、必要ないのよねー。
「ご注文がお決まり次第メニューでお知らせください。さて、ごゆっくりしてくださいねー」
と言い、陽気なウェイトレスさんはまたカウンターの方へと消えていった。
さて、と……。
「どうしよっかな……」
あたしはメニューを眺めながら考え込んだ。
どれも美味しそうで迷っちゃうな。情報だけど。
すると、隣りに座ったクラスメイトの一人、青いショートヘアに黄色い目の、ミーナちゃんが、
「とりあえず宣伝されてたブレンドコーヒーといちごのショートケーキを注文しようか。とっても美味しそうだし」
ちょっと落ち着いた声で提案してきた。彼女はこの声がデフォだ。
カレンちゃんもメグミちゃんも、うんと、頷き、一番遠くの席にいた赤髪にちっこい体のユカナちゃんも、
「うんっ! そうしよそうしよーっ!!」
人見知りとは正反対の陽気な笑顔でそう返答する。
カレン、メグミ、ミーナ、ユカナ、四人の視線の圧が、あたしに集中する。
うっ。
……まあ、ここはおすすめだし。
「じ、じゃ、あたしもそれにするわ」
結局、あたし達五人はブレンドコーヒーといちごのショートケーキのセットと相成ったのでした。
チョコレートケーキとか、食べてみたかったんだけどなあ。情報だけど。
そんなわけで、メニューを選択。
「しばらくお待ち下さい」の文字が空中に浮かんだ後、テーブルにモザイクのような何かが五つ現れ、それが一つの形へと化して行く。
モザイクが形作ったのは、いい香りがするブレンドコーヒーの入ったカップと、いかにも甘そうないちごが乗り、ふわふわとしたクリームに包まれたショートケーキの乗ったお皿、それにフォークとナイフ、スプーンなどだった。
「うわあ〜、美味しそ〜」
みんなが一斉に声を挙げる。と同時に端末アプリを呼び出して、次々とカメラアプリでケーキとコーヒーを写真に撮ってゆく。
あ、あたしもやらなきゃ。
カメラアプリを呼び出し、仮想ファインダーにケーキとコーヒーを収め、撮影っ。
シャッター音が一つ鳴り響き、写真がフォルダに保存される。
あたしがカメラアプリをしまうと、メグミが話しかけてきた。
「この店、現実でも店舗やってるって」
「え、そうなの?」
あたしは思わず声を上げる。
「この間建設の終わった都市区画があるじゃないですか。そこに現実の店舗を建てたんだって。チヒロちゃん、こんど行ってみれば?」
「へぇ〜」
あたしは目を丸くした。
現実店舗か。そうだ。サーティにも教えてあげようかな。
ちょうど、明日の朝一緒に出かけるし。
そんなことを思っていると、カレンちゃんがあいも変わらずニコニコしながら尋ねてきた。
「ねえねえチヒロちゃん、学校は楽しい楽しい?」
あたしはそう尋ねられて、今までのことを思い返した。
父親に大学に行くな、勉強しなくても良いと言われたこと。
ホモデウス手術を受けたら周りの態度が変わったこと。
中高と友達があまり作れなかったこと。
平凡な自分が、平凡な学園生活を送っていたこと。
その他色々と。
現実の学校は、あまり楽しいものではなかった。
でも、今は。
自由に学校に行ける。友達もたくさんいる。こうして放課後も遊べる。
なんて素晴らしいんだろう。
この星に来て、良かったことの一つだ。
だから。
「うん、楽しいよ」
あたしは満面の笑みで応えた。
その時、腹が一つ鳴った。
あ、お腹すいたな……。ケーキ食べなきゃ。
そう思い、あたしがフォークを手にした瞬間だった。
「物理肉体の接続限界です。強制切断します」
無機質な人工音声が耳元で響いたかと思うと、周囲の景色が一面白く染まり始めた。
えええ!? こんな時に!?
「ちょ、チョット待ってー!?」
あたしが叫ぶ間もなく、世界は白く染まり、そして、黒く反転した。
ケーキ、食べたかった。
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