第20話 2−2
それは、ある日のこと。
グライシア−Ccの夜が明けて、しばらくしてからのこと。
街外れに設置された、軍事用ゴーレムやロボットなどが駐屯している軍事基地の、倉庫群前にて。
「よーっし、みんな揃ったわね。これからパトロールに出発する!」
迷彩塗装に染まったパワードスーツ《イム》を身にまとったサーティさんが、整列した同じくイムを装備したゴーレムちゃん達を前に元気よく告げました。
「今日は、大森林の方を重点的にパトロールするわ! この前も小規模な原住生物の群れがいたし、まだまだ安心できないわ! いい?」
「はいっ!」
「あと防衛ラインの構築作業の警備も行うわ! 施設大隊が行う砲台や防護壁、地雷や塹壕の設置設営の警備を行うわ! いい?」
「了解です!」
「じゃあ、早速出発するわよ!」
サーティが満足気に全員を見渡した、その時です。
列の後ろ、遠くに誰かがいる事に気がついたようです。
彼女はそちらの方を見るなり、手を振りました。
「ちっひー! 行ってくるからねー!」
サーティが手を振った先には。
基地の鉄条網の向こうで、艦内服のチヒロが、はにかんだ顔で小さく手を振っていました。
あらあら、結構仲良くなっていますね。この二人は。
そのようなパトロールを、サーティと軍用ゴーレムちゃん達は毎日繰り返していました。
おかげで、原住生物たちはあまり見かけなくなっていましたし、軍事設備の構築も進みつつあります。
ちょっと順調すぎて、不安なところもありますが……。
*
また別のある日のこと。
「後一回、標的に狙いをつけて……。撃て!」
チヒロは軍事基地の射撃訓練場で、軍事用ゴーレムちゃんのベルカちゃん達に射撃訓練を受けていました。
野戦服姿の彼女は、射撃訓練場のブースの一つで、持っているレーザー小銃で狙いをつけると、冷静に引き金を引きます。
音もなく、光もなくレーザーは標的へと飛び──、十メートル以上先にある標的に小さな穴を開けました。
その行為を何度か繰り返し、チヒロは標的に穴を次々と空け続けました。
「撃ち方やめ」
金髪のショートヘアで、強面の、いかにも兵隊スタイルと言った風貌のベルカちゃんが号令をかけると、チヒロちゃんは肩からレーザー小銃を下ろしました。セーフティをかけます。
と同時に、レールに固定されていた標的が動き出し、チヒロ達が立っているブースの方へと向かってきて、直前で止まりました。
教官のベルカちゃんは穴の空いた標的を一目見ると、チヒロの方を見てふむ、という顔をして言いました。
「集弾は悪くないな。この距離なら、人間の兵士程度は一撃で倒せる射撃精度だ。短い間に、ここまでよく仕上げたな」
「ありがとうございます」
彼女の褒め言葉を聞いて、チヒロは小さく一礼をしました。
「もちろん不断の努力は必要だが、これなら銃手としては必要十分だろう。銃手課程の確認は終了だ。……さあ、少し休憩を取ろう」
「はいっ!」
チヒロは嬉しそうに敬礼をすると、足早に射撃訓練場の出口の方へと向かおうとしました。
その時です。
射撃訓練場入り口のドアが開き、人影が入ってきました。
そしてその人影は、陽気な声でこう言ってきました。
「ヤッホーヤサカさん? 射撃訓練どおーっ?」
「サーティさん」
訓練場に入ってきたのは、チヒロと同じ野戦服姿の、同じ形式のレーザー小銃を手にしたサーティでした。
サーティはいい笑顔で、
「射撃訓練、どうだった? うまくいった?」
と自分の肘でチヒロの脇を突っつきました。
チヒロは痛いなあ、もう、というような顔をしましたが、彼女もまたクールな顔ですが明るい声になって、
「ええ、銃手課程はクリアしたわ。お陰様で」
と応えました。
「良かったー! これで兵士訓練の一課程はクリアね! やったやった!」
チヒロの良い知らせに、サーティは嬉しそうにはしゃぎます。
本当に嬉しそうな表情ですね。
サーティはチヒロの肩を強く叩き、
「これからも訓練をこなしていけば、兵士課程はよゆーで修了できるからね! 頑張れ頑張れヤっサカさんっ!」
と励ましました。
チヒロはちょっとだけうっとおしいなあ、と思うような感じで少し離れた後、くるっと回ってサーティの方を向いた後、
「うん、頑張るわ。サーティさん。期待してて」
そう微笑みました。
サーティは自分の銃で軽く自分の肩を叩くと、
「アタシも負けないように、射撃訓練しなきゃ! じゃ、行ってくるわ!」
そう笑って、射撃場のブースの一つへと向かいました。
チヒロは彼女の背中を見ては一つため息を付き、それから苦笑気味に、
「まっ、情報世界で毎日訓練してたから、訓練課程はとっくに修了しているんだけどね……。今日は確認の訓練よ」
そうつぶやくと、彼女は射撃の体制を取ったサーティから背を向け、射撃訓練場の扉から出ていきました。
そんな感じで、チヒロちゃんは訓練を積み、自衛程度ならできる一人前の兵士として成長していました。
私は兵士としてだけではなく、戦略・作戦・戦術の教育も彼女に与え、彼女が私にとって役立つ道具として、育てていました。
私の、復讐のために。
*
私ももちろん色々なことをしていましたよ。
例えば、都市や工場の設計や管理や拡張、開拓地などの開拓や調査、鉱山や油田などの探索や掘削などなど。
ロケットを打ち上げるために、様々なことをしていたんです。
まあ、アルカちゃんとかのゴーレムやドローン達にそれらをお願いしたり、操ったりしていたんですけどね。
そんなある日。
「今日は工場建設予定地に向かいます。サーティさん、チヒロさん、ベルカちゃん、護衛よろしくね」
「りょーかいっ!」
「はいっ」
「了解です」
私は工場を建設するため、工事車両や建設機械、ドローンなどを操って、工事現場へと向かいました。
工事の車両群を、サーティさんはイムを着て、チヒロさんは戦車を遠隔操縦して、ベルカちゃん達軍用ゴーレム部隊はイムを着たり戦車などに乗ったりして、護衛に務めます。
現場へと向かう途中、チヒロさんが私に向かって問いかけてきました。
「ロケットを打ち上げた後はどうするんですか?」
私はホログラフィック通信でチヒロさんに応えました。
「ロケットには人工衛星を載せるわ。主にサーバなどを持った小型多目的衛星をたくさんね。それをたくさん打ち上げて軌道上にばらまいて、気象観測とか地上観測とか通信とかを行うの。それで天気予報とか虫達の警戒を行ったりとかね」
「へぇー」
「と同時にもっと大きなロケットとかを打ち上げて、軌道上に基地や工場を造って、戦闘艦や探査艦、輸送艦などを建造するわ。星系の開発や、ウォルラ人が襲ってきたときのためにね」
そこまで聞いた後で、チヒロちゃんは何かを歯の間から押し出すような息遣いで、再び問いかけてきました。
「……太陽系には、帰らないんですか」
彼女の口調から、それはとても大事なことのように思えたので、私は少し考えました。
その言い方からは、帰りたくないようね。
やっぱり、両親に虐待に近い扱いを受けていたからなのね。
なら、ここは望むとおりにしておきましょう。
「いいえ、帰らないつもりよ。この星系の周囲にはウォルラ人の艦隊が遊弋していると思うし、この星系、結構資源があるから開発しておけば旨味があるわ。だから帰らないわ」
私の応えを聞いた途端、チヒロさんの顔が少し明るくなりました。
そして、同じように明るい声で、
「良かった……」
とだけ返して、それから小さくため息を付きました。
こちらも良かったわ。納得してくれたようね。
まあ、私も復讐を遂げるまでは、ここから帰るつもりは無いのだけれども。
*
工場や街の建設を繰り返していくうちに、街や工場地帯もだいぶ広くなり、ようやく一人前の街になってきたと言えるようになってきました。
始めは造れなかったゴーレムやロボットなどの精密機械の工場、薬物などの化学工場、自動車や家電などの機械の工場なども増えていきました。
チヒロさんとサーティさんはそんな日増しに増えていく街並みや、ゴーレム達の中で、生活していました。
ノア三一四のコンピュータのACストレージには様々な職業のACが乗せられていました。
その職業は政治家や役人や軍人から、アイドルやクリエイター、職人や大工、農民や漁民など様々。
その彼彼女らが、メインのOACである私や、サポートの専用ACなどとともに、このグライシア-Ccの世界を広げていきます。
でも、政治家はともかく、エンタメ・クリエイター業種のACは本来は惑星の植民には必要ない筈です。
もっと豊かになってから必要とされる筈のものです。
そんな「余計な」AC達が、なぜノア三一四に載せられていたのでしょうか……?
「ねえねえサーティさん」
「なんですかチヒロさん?」
出来上がりつつある中心街の中を歩いていたチヒロさんが、隣を歩いていたサーティさんに話しかけました。
この星特有のひんやりとした風が、街を流れていきます。
グライシア-Ccは地球よりも全体的な気温が低く、墜落地点=始めの街も北の方にあるので、寒くても当然なのです。
チヒロさんは最初の頃は着ていた宇宙服を脱ぎ、白のゆったりとしたワンピースを、サーティさんは蒼の長袖のシャツにジーンズをそれぞれ着込んでいました。
二人はゴーレムちゃんが経営しているカフェのプラスチック製のカップを手にして、その中のコーヒーを飲みながら歩いていました。
この星ぐらしにも慣れてきたようですね。
「今AC搭載のロボットが通り過ぎていったじゃない」
「そうねー」
「そのAC達ってさ、人型だけでなく、必要であれば目的にあった様々な形のボディにインストールして、様々な目的のために活動するのよね」
「そうねー。で、それがなにか?」
そう言ってサーティさんはストローでコーヒーを飲みました。
そこまで言い合ったあとで、チヒロさんは少し言葉を考えた様子の後応えました。
「ちょっと、それが羨ましいかな……、って。あたしもああなれたらな、って」
その瞬間、サーティさんは飲んでいた途中のコーヒーを少し吹き出してしまいました。
二人は立ち止まります。
ちょっとはしたないですね。
「けほっ、けほっ……」
「大丈夫ですかサーティさん!?」
「だっ、大丈夫……。で、でもさー」
「なんです?」
「それ人間をやめちゃうことにならない? ホモデウスの機械派になっちゃわない?」
「……」
チヒロさんはコーヒーをストローで一口飲み、それから顔を上げサーティさんの方を真剣な眼差しで見て問いかけました。
「……人間も、ロボットやACのように人の形に拘らなくてもいいんじゃないでしょうか?」
サーティさんはその眼差しにドキッとした表情になりながらも、
「そりゃー、ホモデウスの機械派はそういう事言ってるけどさー。……別にいいじゃん。人の体のままで」
苦笑して返しました。
しかしチヒロさんは道路とその上空を行き交うゴーレムやロボット、ドローンなどの姿を見やりながら、
「そうかなあ……」
とだけつぶやくと、またストローを口につけ、コーヒーを飲みながら歩き始めたのでした。
彼女を見たサーティさんは小さくため息をつくと、黒髪の少女にならってストローに口をつけ、彼女の後を追うのでした。
一体何が、人類にとって正しいのでしょうか。
*
「チヒロさーん。何してんのー?」
「ちょっと、情報世界エディターで街造ってるの」
「街づくり?」
また別のある日のこと。
惑星上ネットの動画通信で、パトロールを終え、暇だったサーティが情報世界にダイブし、何かをしているチヒロに会ってそう尋ねていました。
チヒロは目前に広がる街の模型のような3Dモデル図を真剣に見ながら言葉を続けます。
「うん、街を造ってるの。情報空間で、あたしやAC達が生活するための街を」
「すっごくよくできているわねー。これって」
「そう。第三次世界大戦前の東京をモデルにしてるの。日本人が地球で最も幸せだった最後の時代の、街」
「へー。貴女ってビフォアサード趣味だったのねー」
ビフォアサード。それは、地球における第三次世界大戦前の世界を指す歴史用語で、その文化を好むものはビフォアサード趣味とも、ナード、オタクとも呼ばれていました。
サーティの言葉を聞いたチヒロは目を細め、まるで農園の作物、野菜を眺めるような優しい顔で、
「今はもう過ぎ去った時代を模したこの街を、あたしは育てていきたいの。世界を、デザインしていきたいの」
そう言いながら、目の前に浮かぶアイコンを指で押しました。
すると空き地だったところにビルのフレームが現れ、やがて形をはっきりさせていきました。
完成したビルをうっとりと眺めたチヒロは目を細め、
「自分で世界を創るのは、気持ちいいものよ。サーティさんも、やってみる?」
サーティの方を見て、尋ねました。
問いかけられたサーティは、え、という顔をしてから目を丸くしました。
「いいの?」
「いいわよ。わからないところはあたしと都市ビルダーのACがサポートするから」
「わかったわ」
サーティはチヒロの隣までやってきました。
お互いの肩と肩が優しく触れあいます。
彼女は宙に浮かぶホログラフィックスクリーンを眺めました。
それからチヒロの方を見て、
「じゃあ、よろしくね。チヒロ」
まるで初めての夜に妻に呼びかける夫のような声で呼びかけました。
チヒロは突然そんな風に呼びかけられて、一瞬戸惑いの表情を見せました。
けれども、自分もとびっきりの笑顔をみせて、
「こちらこそよろしく。サーティ」
と返しました。
そして、二人はしばらく見つめ合い、ふふ、と笑い合うと、
「じゃ、始めましょうか」
「はーいっ」
そう言い合って、空中に浮かぶウィンドウを二人で見つめるのでした。
あらあら、いつの間にか、いい仲になっていますね。
仲が良ければ、それだけ利用しやすいということなのですが。
そんな風にして、サーティとチヒロは、私アンとゴーレムなどAC達と共にこの星で暮らし、生きていました。
*
さて、さらにもう少し後になると、私達の自動都市と工場群は一拠点からさらに広がりを見せていました。具体的に言うと中心となる首都=墜落地の他に、衛星都市や工場地帯が幾つも大陸に生まれていました。
もう少しでロケットの組み立てなども始まります。
頑張って街や工場をもっと広げて、ロケットを打ち上げないとね。
ゴーレムなども数がかなり増え、街などをいくつも作って一つの社会、国家を形造っていました。
私にとって子供も同然のゴーレムやACのみんなが増えるのは、とても喜ばしいことです。
もっともっと増やしていかないとね。
また工場などの制御ACや情報空間用のコンピュータも何基も生産され、情報世界などもどんどん拡大していました。その情報世界の広さは、地球の広さほどまで拡大しており、ACが暮らすには十分すぎる程です。
現実の街も、情報世界の街も、サーティとチヒロ、二人の少女の好みに合うように造られていっています。
二人の少女も街づくりに積極的に参加していてくれて、これもとても喜ばしいことだわ。
でもサーティさんはいいとして、チヒロちゃん、どちらかと言うと情報世界にこもり気味で、ちょっと心配。
今度、外に出るように言ってみようかしら。
そんなことがありつつも、首都──つまり、墜落地に住む少女二人は暮らしに不自由することなく、日常を送っていました。
例えば、こんな風に──。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます