第40話 3-2
私達が行っている開拓が迷惑だとでも言うのでしょうか。原住生物(?)の昆虫型生命体は群れをなし、私達の自動都市や工場群へと襲来してきました。それも、大量に。
しかしこちらも戦闘用ゴーレムやドローン、戦闘用兵器などを開発・生産しており、迎撃体制はバッチリです。
私達は都市近郊に設けられた軍事基地の地下の司令部の中で、戦闘の報告を受けたり、作戦準備を整えていました。
薄暗い闇の中に、モニターなどの光があちこちに浮かび上がった広い司令室の中で、報告が飛び交います。
「第四砲台破壊されました! 敵、なおも侵攻中!」
「敵の数は数万単位と思われます。数は増大していると思われます」
「戦車部隊、イム部隊、ドローン部隊、出撃準備完了しました!」
「住民の情報世界内への避難完了しました!」
次々と来る報告を私は聞きながら、遠隔操作ボディの私はそばにいる軍事ACのマルスライトの、外見はぼんやりとした青年将校のような面持ちの遠隔操作ボディに尋ねました。
「ここ数回の敵とは質も量も違う感じね」
「ええ。事前の威力偵察によると、原住生物には新種のものもあるようです。これは警戒しておかないとなりませんなぁ」
「メフィールの例のアレ、間に合うのかしらね?」
「最終調整段階だと聞いておりますが。戦闘中には間に合うはずです」
「はずです、では困るのだけど」
「それまで我々はしっかりと支えておかなきゃなりませんな」
「みんなの努力を信じましょう」
「俸給と年金に見合った働きを、ね」
「私達にはそんなものないけどね」
そう言い合って私達は眼前の超大型ホログラフィックスクリーンを見つめました。
近辺の地域の地図に真っ赤な染みと点のような表示が重なっていました。
その染みは、私達の街と工場に襲いかからんとしています。凶悪な虫たちの姿として。
私は一つ拳を強く固めました。
*
「第一戦車大隊、出撃準備完了しました」
「こちらも準備完了よ。アヤネちゃん」
「各車異常ありません」
「よし、じゃあ行きましょうか」
あたしは自動運転車で基地に入り、地下の遠隔操作センターで情報接続を行い、自分の操るエイブラムスXX戦車の最終確認を行った後、情報空間内でコントロールパッドを握った。
後はいつもの通り戦車を操り、敵をやっつけるだけだ。
それだけならいつもの作業だし、高揚も興奮も恐れも緊張もしない。
残念ながらあたしは慣れてしまったのだ。こういうことに。
眼の前の画面に集中しようとしたとき、別の戦車をの戦車長をしているアヤネちゃんから質問が飛んできた。
「サーティさんはまだ来ていないんですか」
「今はそんな場合じゃないでしょ」
こんな時にそんな事聞いてこないでよ。あたしはちょっと苛立ちを覚えながらコントロールパッドを強く握った。
あたしの荒らげた声に少し怯んだ様子に見えたアヤネちゃんだったけど、それでも食い下がるように質問を続けてくる。
「でも、サーティさんがいないとイム部隊は戦力半減だし」
「今いない人のことを考えてもしょうがないでしょ。あたし達でなんとかするしかないわよ」
「でも」
本当なら彼女にいてほしいのはあたしも同じよ、そう言って言葉を遮りたかったけどあたしはこらえた。
代わりに別の言葉で返す。今ある状況に対応するために。
あたしはコントロールスティックを強く前に押し込み、戦車を前進させながら命令した。
「そんな愚痴言ってないで行くわよ。今は戦争よ。戦車隊、前進」
「はあい」
アヤネちゃんは納得いかない様子で応えると、自分の戦車を動かした。
グライシア-Cの日差しはとうに沈み、冷たい雨が降りしきる夜空が世界を支配していた。
ぬかるみはさほどでもないので戦車の機動には問題ないが、それでも雨は嫌な感じだ。
あたしたちは機動兵力として、敵の突進を撹乱、遅滞させ、後方からの砲撃などを支援する役割を持っている。
アンは科学班のメフィールちゃんが開発中の秘密兵器を投入すれば戦いはすぐに片がつくと言っていたけれども。
それまで間に合うのか。耐えきれるのか。
あたしの心の中では不安が渦巻いていた。それでも、あたし達は勝たなければいけない。もしそうでなければ、ひどい事になるからだ。
そんな事は、防がなければならない。
あたしは目の前に広がる先の見えない闇の中を見据えながら、戦車を前進し続けた。
*
同じ頃。
軍事用ゴーレムのベルカちゃんは同じく軍事用ゴーレムのシェリンガムちゃん達とともに、パワードスーツであるイムを装着して戦場へと急行していました。
本来ならサーティさんが指揮を取っているはずなのですが、あんな状態になっている以上、彼女は置いていったまま、出撃したのです。
低い雲が空を覆う雨天の夜の中、たくさんのイム達がジェットで空を飛びながら、遠くに見える閃光の方へと飛んでいます。
「ねえ、サーティさんがいなくて大丈夫なのかしら? あの人がいるから私達もなんとか戦えていたような気もするけど」
ベルカちゃんはあちらこちらを警戒しながら電脳通信でシェリンガムちゃんに話しかけました。どこか不安そうな声色です。
それに対し、シェリンガムちゃんはそんなものを微塵と感じさせない元気そうな声色で応えます。
「大丈夫だってば。彼女がいない分を私達がカバーしていけば、なんとかなるってば」
「そうでしょうか?」
「私達はACでしょう? 人間を超えているもの。ならば、その能力を最大限に引き出せばいいだけのことよ。そうでしょう?」
「たしかにね。でも、ACにはないものを持っているのが人間よ。それを忘れないでね」
「でもね」
そうシェリンガムちゃんが言いかけたときです。
『主戦場到達まであと二〇キロですっ。みんな、気をつけてくださいねっ』
オペレーターのアルカちゃんの声が各機体のスピーカーに響き渡りました。
「了解したわ」
「了解っ」
「了解です」
二人や他のゴーレム達はそう応答すると、各機の間隔を広げつつも、お互いが支援できる距離を保って、戦闘地域へと入っていきました。
戦場までは、もうすぐです。
*
一方、チヒロさんのバーチャル学校の友人である、カレン、メグミ、ミーナ、ユカナの四人は、仮想世界の避難所に避難していました。
大型のシェルターの中に設置された避難所で、彼女らは彼女らの親兄弟や市民達とともに、床に座りホログラフィックスクリーンを見ながら状況を眺めていました。
「チヒロちゃんは戦車に乗ってるのねー。大丈夫かなかなー?」
カレンちゃんがホログラフィックスクリーンを覗き込みながら不安そうな表情で周りに尋ねました。
「チヒロさんって、私達がこの星に落ちてきたその日に、敵が襲撃してきた時に初めて戦車に乗って、それからずっと戦車に載っているんですって、だから大丈夫ですよっ」
小柄なメグミが体を忙しく動かしながら自信ありげに応えました。
「うん、あたしも大丈夫だと思う」
青髪のミーナも、言葉少なに首を縦に振りました。
「でもあたし達も戦いたかったなー。こんなところにいるのはなんか申し訳ない気がするー」
ユカナがあたりを見渡しながら言いました。ちょっと血気盛んなところがありますね。ユカナさんは。
血気盛ん、というよりは、ここにいて何もしないのはチヒロさんにもみんなにも申し訳ない、という気持ちのほうが強いようですね。
じゃあ。その願い、叶えてあげましょうか。
もしもし。ユカナさん、カレンちゃん、メグミちゃん、ミーナさん。私です。アンです。
「えっ、アンさん? 一体どうしたんですか、こんな時に?」
ユカナさん、貴女達も戦いたいと言っていましたよね? その望み、叶えてあげましょう。
「でも、どうやって」
今展開中のドローン群を操作して、部隊を支援してください。マニュアル、スキルなどは各自インストールします。他の部隊も支援しますので大丈夫ですよ。よろしいですね?
「あたし達でも大丈夫かな?」
大丈夫です。安心してください。むしろ、人手が足りないのです。こういうときは、いくら人手があっても足りないのです。
「わかったわ。やってみます」
ありがとう。では、貴女達の意識を転送するわね。
私はそう言うと、サーバを操作して、彼女らの人工意識を情報世界の避難所から基地の情報世界のドローンコントロール世界へと転送しました。
そこは、部屋中が一面のVRスクリーンになっていて、私達の都市周辺の立体的な地図やコンソールなどが浮かび上がっていました。
「ここは」
基地内の情報世界のドローンコントロールルームよ。今マニュアルなどを転送したでしょ? 詳しいことはそれを読んでね。では、みんなよろしくね。頼んだわよ。
「はいっ!」
「了解ですですっ」
カレンちゃん達四人はマニュアルなどを読むと、地図などを見て状況を把握します。
「敵は都市北西部五〇キロ付近に展開中。数は十万以上からなおも増大中。カレン、こちらの担当された戦力は?」
「飛行用ドローン百機、陸戦用ドローン五十台ねー。戦闘能力としては申し分ないけどけどー、数としては不安かもかもかもー。ユカナちゃんっ」
「戦術でカバー」
「そんなに簡単にできれば文句はないわよっ。メグミ」
「ミーナちゃん、みんなわかっているってばてば」
「はーい」
「さて、各機に意識リンクして操作を開始するわよ。配分は自動的に行われるからお願いね、みんな、わかった?」
「はいっ!」
ユカナさんの声にみんなは声を合わせて応答しました。
彼女らの長い夜は、こうして始まりました。
*
さらにその一方では。
科学チームのリーダーの猫耳青髪ゴーレムちゃん、メフィールが首都工場の化学プラントでゴーレムたちを率いてなにやら急いでいる様子でした。
彼女は汗を拭うのを忘れて、大いに焦った顔で周囲のゴーレムたちに指示を飛ばしたり報告を受けています。
「例のものはまだできないのかにゃ!?」
「現在の進捗状況は三〇%ほどです! 今散布開始しても効果は薄いです!」
「ええい、もっと化学プラントの数を増やしておくべきだったにゃ!」
そんな風に地団駄を踏んでも、後の祭り、アフターフェスティバルですけれどね。
歯噛みする白衣姿のメフィールちゃんに、青い作業着姿の眼鏡ゴーレムちゃんが慰めるように言いました。
「しかし実験で、あれには効果絶大だとわかっております。神経及び呼吸系に作用するものなのでもし進化型が来てもこれには耐えきれないかと」
「でも間に合わなければ意味は無いんだにゃ。総力を上げて急ぐんだにゃ!」
「チーフ、了解です!」
メフィールは目の前に鎮座する化学プラントの大型ナノマシンアセンブラを見上げました。
それはボディを震わせながら、とある液体を作り出していました。
メフィールにとって、ナノマシンアセンブラのその躯体は、まるで宗教の御神体のようにも思えました。
そう、まさにそれは、私達の救いの神となるものでした。
私達が、神を信じるならば、ですが。
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