第39話 3-1

「大変ですっ! 原住生物の集団が、こちらに向って進撃中です! 現在防衛部隊が交戦中ですっ!」

 サーティの家お付きのメイドゴーレムちゃん、マリアちゃんが、悲鳴のように告げた事実は、今外で降っているであろう雨のように重く冷たくあたしたちにのしかかった。

 あたしがサーティの家のリビングで彼女を抱きしめたまま、超大型ホログラフィックスクリーンを見つめると、警報画面から地図画面に移り変わった。

 そこには、あたしたちの都市や工場、施設などがあるところの少し離れたところに、無数の真っ赤な点が地図を埋め尽くしていた。

「これは」

 あたしがつぶやくように言うと、ホログラフィックスクリーンに重なるように別のホログラフィックスクリーンが現れ、二人の人物を映し出した。

 アンと、アルカちゃんだ。

 銀の髪のアルカちゃんが、大慌てという表情で説明する。

「チヒロさんっ、これらはすべてあの昆虫型原住生物ですっ。その数は不明ですが万単位は下らないかとっ。現在防衛施設の部隊が迎撃に当たっていますが、原住生物たちの戦闘能力が上がっていて持ちそうにありませんっ。順次本隊を出撃させますっ」

「ということで、チヒロさん、サーティさん。出撃をお願いするわね。二人の迎えの車はもうそろそろ到着するわ。ブリーフィングは車内で行うからよろしくね。では、準備よろしくね」

「う、うん。わかりました。でも」

「どうしたのチヒロさん?」

「サーティが、大変なことになっちゃって」

 あたしは手短に事の次第をアンに伝えた。すると、アンは本当に困った様子で応えた。

「そう。なら無理強いはできないかもね。でもちょっと心理調整を行っておくわ。しばらくしたら立ち直っているかも。だからチヒロさんは先に向って。彼女は私達がなんとかします」

「でも」

「事は急を要します。病人にかまって被害を大きくする訳にはいかないわ。だからチヒロさんは急いで。サーティさんは別に車をよこします」

 病人って。

 でも、心の病だって病気よね。サーティのそれをすぐに治せるのなら、今ここで引っかかっている訳にはいかないのかもしれない。

 あたしはそう無理くりに納得すると、画面の女性二人に向って言った。

「わかったわ。じゃあ、あたしだけでも、基地に向かいます。ちょっと着替えて、そちらに向かいます」

「了解したわ。じゃあ、気をつけてね」

「チヒロさん、お待ちしておりますっ」

 そう言い交わすと通信画面は小さく音を立てて閉じられた。

 あたしはしばらく消えた画面の後を見つめていたけども、やがて、抱きしめている腕の中を見つめた。

 そこには、いつもの陽気で元気なサーティの顔はそこにはなかった。

 なにかに怯え、ひるみ、すくむ少女の姿がそこにはあった。

 あたしはこのまま彼女を抱きしめていたかった。

 けれどもそういうわけにもいかなかった。泣き続ける赤ん坊も、いつかは自分の手で立って歩き出さなければいけないのだ。

 あたしは彼女をそっと優しく床に下ろすと、ゆっくりと立ち上がった。

 あたしはサーティに向って問いかけた。

「サーティ、あたしは出撃するわ。貴女はどうするの?」

 しかしサーティはなにも言わなかった。何も応えなかった。

 理解はする。同情もする。でも気に入らなかった。あたしの知っているサーティはこんな泣きじゃくる子供ではないから。

 あたしは彼女に言った。少し声を張り上げていた。

「そんな貴女、貴女じゃないわ。あたしが知っている貴女なら、こんなとき胸を張って喜び勇んで出撃するはずよ」

「……」

「あたしはあたしの造った街を守りたい。だから戦うわ。たとえ無力でも」

「……」

「あなたはどうなの」

「……」

「もうあたしは行くわ。みんなが待ってる。貴女が行かないなら、それも自由だけど」

 あたしは彼女に背を向け、サーティの部屋に着替えるために歩き出しながら、その場に残された彼女に向って最後の言葉を投げた。

「あたしが好きなのは、あたしが知っている貴女だから」


 彼女の返事はなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る