第2話 1−2

『ねえねえ、ママー、お腹すいたよー。ご飯まだー?』

『マルム。教会の配給は明日よ。それまで待ちなさい』

『やだやだー。お菓子食べたいー!』

『困りものね、マルムって。我慢しなさい』

『ママー……』


 ……

 ……。

 ……サーティ。

 ……サーティ!

 遠くのように思えて近くから聞こえてきた声に呼び覚まされ、アタシ、サーティ・ワンは目を開けた。

「ふぁいふぁい……」

 マムね。

 起きた直後の冴えない寝ぼけた声で呼びかけてきた声の主、私の「ママ」に返事をする。

 眼の焦点があってゆく。

 そこは、見知った部屋。

 アタシの自室。

 白い壁と天井と大きな窓と茶色のドアに、机とベッドとクローゼットにいくつかのぬいぐるみや観賞植物という、シンプルな作りの部屋。そこがアタシの世界。

 まあ、ホンモノじゃないけど。

 アタシはベッドで起き上がり、そばを見た。

 そこには金髪で青い目、白い肌の四十代の若々しいアタシに似た顔の、エプロン姿の女性。

 アタシのママ、メアリーだ。

 マムは目を細めて優しげな表情で、まるで作戦の状況説明ブリーフィングをするときのような声で、

「おはよう、サーティ」

 と微笑んでくれた。

 そして続けて、少し困り顔になってこう告げる。

「ちょっと大変なことになったわ。貴女が乗っているこの宇宙船、ウォルラ人に襲われて向かっていたニューオーストラリアではなくグライシア−Ccに墜落しちゃったの」

「墜落ぅ? 別の星にぃ?」

「そう。乗組員と乗っていた移民は全員死亡。その中には貴女も含まれるわ」

「アタシも」

 その言葉を聞いてもアタシは特段に動揺しなかった。アタシにはホモデウス《不老不死》化手術が施されていたし、こういうときのための訓練もしっかり受けてる。何より、心理強化処置やメンタルケアプログラムなどの心理的強化を受けているからだ。

 アタシは上半身を起き上がらせると、マムの方を向いて尋ねた。

「で、なんでアタシは生きているわけぇ?」

 それは当然の疑問よ。まぁ死んだのになんで生きているのかなんて、考えたら答えは一つだけどね。

 そんな思いを知ってか知らずか、マムは安心させるように笑みを一段と深くして答える。

「この移民船ノア三一四に搭載されたオーバーシンギュラリティ人工意識AC『アン〇一型』が貴女を蘇生したの。貴女が不老不死化処置を受けていることを知ってね。ちなみに、その処置を受けていたのが乗客にもう一人いるわ」

「もう一人」

 正直、そっちのほうがアタシが死んだことより衝撃は大きかった。あんな金のかかる、正直、金持ち(これには政治家とかも含まれるわ、まぁ、OACのお陰で政治家なんてほぼ滅びた職業だけどね)か軍人ぐらいしか不老不死化処置なんて受けられないのに。そんな金持ちがなんでこんな移民船に乗ってるわけ?

「なんで」

「滑り込みで移民船に乗り込んだ子みたいよ」

 マムは即答した。

 何もかも分かっているというように。

「十七歳で日系人の女の子。名前はチヒロ・ヤサカ。イケメンでなくて残念だったわね〜?」

 そうマムが言った瞬間、マムの横にホログラム・ウィンドウが開いた。そこにはブレザーの制服を着た少女が映し出されていた。黒い長髪、紫の眼、黄色い肌。そして整った顔に高身長にスタイルのいい体。

 これ。祖先か本人か、人工子宮で生まれた遺伝子操作人間エトランゼの可能性があるわね……。

 その上で不老不死ホモデウス化って。親はよっぽど気にかけているか、それとも自分のお人形にしたいか、どっちかよね。

 でもねぇ。マム。

「性欲旺盛なおっさん爺さんよりはずっとマシよ! で、アタシの蘇生措置は?」

「もうまもなく終わるわ。起きたら、部屋にアンがよこしたゴーレムが迎えに来るから、一緒にアンのところまで行ってね。そして状況説明ブリーフィングを受けなさい。ああ」

「なに、マム?」

「船内に色々なものが残ってるみたいだから当面の食料とかは問題ないみたいよ。地球型の星で、呼吸とかも問題ないみたい。問題は一つ」

 マムの言葉と同時に、ホログラフィックウィンドウがピュッ、という音とともにクローズした。

「どうやってこの星を出るかねぇ?」

「まっ、そのあたりもアンさんが考えているみたいだから、とりあえずは安心して。あとは貴女の働きにかかっているわ。では、地球の旗のもと、任務を遂行しなさい。サーティ」

「イエス。マム」

 そういうとアタシは自分の「母親」に敬礼した。

 マムも見事な敬礼を返すと、一つ微笑んだ。

 その瞬間。

 アタシの部屋は一瞬で消え、あたりは暗闇に包まれた。

 さぁ。現実リアルへ行きましょか。

 辛い辛い現実だけど、そこに、生があるわ。

 生きる事は、生者に与えられた特権なのだから。

 特権はじゅうっぶんに使わなきゃ、もったいないからね。

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