第3話 1−3


「お前は大学に行かなくてもいいんだ。高校を卒業したら我社に就職し、私の見つけた婿と結婚するんだ。いいな?」

「でっ、でもお父さん。私にはやりたいことが」

「そんなものやらなくてもいい! お前は私の言うことだけ聞いていればいいんだ!」


「お母さん、どこへ行くの? また浮気?」

「ご飯とかはHARがやってくれるからいいでしょ? じゃ、行ってくるからね!」

「お母さん! 一人にしないで! お母さん!」


「この額でいい?」

「いいわ」

「じゃあ、ホテルへ行こうか。あと、君を船に乗せることを約束しよう。いいね?」

「はい」


 いつもこんな夢を見る。

 だからあたしは、目覚めると脳内の計算機とサーバロボットをリンクして情報世界を起動させ、ヴァーチャル家族に会いに行く。

 情報世界または情報空間は、現実とは少しずれがあるけど、綺麗な、人間にとって理想の世界だ。

 できれば一生いつまでも居たくなる、そんな感情にさせられる。

 情報空間のマイルームは、漫画、ラノベ、ゲーム、雑誌、プラモなどなど。あたし好みのものが揃った部屋だ。

 あたしは起きると自分の理想の部屋を出て、階段を降りリビングへと向かう。

 明るい日差しが差し込んだ白を基調としたリビングに、いつものように「お父さん」「お母さん」「お姉ちゃん」がいて。

「おはよう」

「おはよう、ちっひー」

「おはよう、チヒロ」

 そう優しく声をかけてくれる。だから、

「おはよう、お父さん、お母さん、カズコお姉ちゃん」

 あたしも笑顔に挨拶を返す。

 あたしがリビングにあるいつもの定位置の椅子に座ると、いきなりお父さんが真剣な顔になってこう切り出してきた。

「チヒロが乗っている移民船。攻撃されて向かっていた惑星と別の惑星に墜落したんだ。乗員と乗客は全員死亡。その中にお前も含まれてる」

「え、じゃあ私」

「一度死んだんだ。でも、移民船に搭載されていたOACがお前を蘇生させてくれたんだ。他にもお前と同じ処置を施された人間が一名居て、蘇生されている。お前と同じ十七歳の少女だ。後でそのOACがお前達を起こして状況を説明してくれるそうだ。大変だろうが、私達もいる。安心して行って来い」

 そう言うと同時に、柔和な顔つきのお父さんの横にホログラム・ウィンドウが開き、あたしと同じく生き残ったと言う軍服姿の少女を映し出す。

 見るからに白人の少女。ボブカットの金髪で、背が高くて目鼻がくっきりとしていて、そのくせかわいい。

 平凡なあたしには似合わない、釣り合わないほどだ。

 この子、遺伝子操作されたエトランゼ? で、不老不死ホモデウス化の軍人?

 これからこの子と見知らぬ星で二人暮らし?

「えっ、えっ?」

『目覚めた』ばかりの頭であれこれ言われても、理解が追いつかないよ。

 そんなあたしの顔を見て、お父さんは安心させるような表情をして、

「詳しくは覚醒する前に部屋の端末で色々と見ておきなさい。その前に、ゆっくりご飯を食べて、ゆっくりおしゃべりして、それから出かける準備をしよう。いいね?」

 そう優しい声で言ってくれた。

 同時に、ホログラフィックウィンドウが僅かな音を立てて閉じられる。

 あのクソ親父は絶対に見せてくれない優しい表情に、あたしもつられて、

「うん」

 と首を縦に振った。

「さあ、腹が減っては戦はできぬ、というわけで、ご飯にしましょう。チヒロ」

 お母さんが台所から、お盆に朝ごはんを載せてやってきた。

 白いほっかほかのご飯に、豆腐にわかめの合わせ味噌の味噌汁、こんがり焼けた目玉焼き、それに納豆だ。

 現実のものではないとは分かっているけど、食欲が湧いてくる。

 あの女が決してやってくれないことを、お母さんはやってくれる。それだけで嬉しい。

「いっただきます」

 あたしは手を合わせると、お盆の上の箸に手を取った。

 現実はきっとひどいことになっている。そういう気はする。

 いっそのこと、このまま眠り続けられたらいいのに、と思わなくもない。

 でも。

 進まなければいけないのだ。自分が自由に生きてゆくためには。

 だからあたしは家出をした。この移民船に乗り込んだのだ。

 生き返ってしまった以上、前に進むしか無い。

 生き返らせたACと生き返った少女が、いい人だといいのだけれども。

 あたしはそんなことを考えながら、次々と食べ物の情報を口へと運んでいった。

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