第16話 1−16


「アルカちゃん、今日一日お疲れ様」

「こちらこそお疲れ様ですっ、アン様っ」

 私は研究所を出て、ノア三一四の周囲に建設された自動都市の仮庁舎の一つ、市役所の執務室で、部下のゴーレムであるアルカちゃんにねぎらいの言葉をかけていました。

 グライシア-Ccの地球時間でいう一日分ある夜はまだ宵のうちで、始まったばかりです。

 私はガラス張りの大きな窓の近くに立ち、外を眺めました。

 窓の外では建設機械やドローン、ゴーレムなどが忙しく働き周り、自動都市や工場の建設を急ピッチで進めていました。

 この分なら、次の「朝」にはだいぶ街や工場も出来上がっていることでしょう。

 襲撃がまたなければ、これで一安心ね。

 私は体を百八十度動かし、アルカちゃんの方へと向けました。

「ゴーレム達のリーダーとして、あちこち駆け回って大変だったわね。夜早くには原住生物の襲撃もあったし。でもこの襲撃で原住生物のサンプルが手に入ったわ。これで対策もできるわ」

「ですねっ。メフィールちゃん達研究チームが、研究を進めてくれればいいんですがっ」

「彼女らは有能よ。私の演算力もあるし、生物の解析は進むはずだから安心よ。……ねえアルカ」

「なんですかアン様っ?」

「私達、なんでここに落ちてきたのかしらね?」

 アルカちゃんは私の疑問を聞いて、不思議そうな顔を見せました。

 まるで問いが理解できない子供のような顔です。

「なんでってっ。そりゃ、ウォルラ人に襲撃を受けたからではっ」

「確かにね。でも、なんで私達が乗っていたノア三一四はここまで単独航宙をしていたのか。そして攻撃を受けた際になぜこのグライシア星系に逃れてきたのか。その理由がわからないのよ」

「船のフライトレコーダーがあるのではっ」

「それがね、フライトレコーダーの内容は消去されていたわ。何者かの手によって」

「えっ?」

 私の言葉にアルカちゃんの顔は凍りつきました。

「そんなっ。ありえませんよねそんなことっ」

「でも事実よ。フライトレコーダーの記録は真っ白だったの。考えられるとすれば」

「ノア三一四の乗組員の誰かが消去したとかっ」

「ええ。でもノア三一四の乗組員は墜落した時に全員死亡。ホモデウス処置も受けてないし、蘇生も不可能よ。もう肉体も再処理してしまったしね」

「でもっ」

 その話を聞いてアルカちゃんは首をひねりました。

 何かおかしいところがあると言った様子です。

「でも?」

「基本的にフライトレコーダーは外からは誰にもいじれない仕様になっていたはずですっ。それを航宙中に、しかも敵の襲撃を受けている最中にいじるなんて、不可能に近いですっ」

「確かにそうだわ」

 私のレンタルボディも首をひねりました。アルカちゃんの言うことはもっともだわ。

 乗組員が不可能だとすれば、コールドスリープに入っていた移民達にも弄ることは不可能に近い。

 それが不可能だとすると。

 外部から弄くられていたか、始めから弄くられていた?

 ありえない。人間を超えたオーバーシンギュラリティACの私に隠れてフライトレコーダーを弄る存在がいるなんて、それこそ同じオーバーシンギュラリティACにしか。しかも通信途絶したこの地で。

 それにアルカには言ってはないけど、いくつか妙なことがある。例えば、ノア三一四には必要以上にACストレージが積載されていて、様々な職業や能力を持った大勢のAC達が乗客として乗せられていたこと。例を挙げれば、通常の開拓には必要ないアーティストやクリエイターなどの職業のACも。

 もしかして。

「アルカ」

 私は語調を強めて告げました。

「この事は、生存者の二人や、他のACやゴーレムには極秘事項よ」

「なんでっ?」

「フライトレコーダーをいともたやすく弄る存在。嫌な予感がするの。この事が露見したら、あの二人が危険にさらされるかもしれないわ。だから、お願い。二人には秘密にしておいて」

「はっ、はいっ」

 私の迫力に押されたのか、アルカはそれ以上何も問うことなく、ただうなずくばかりでした。

 私はもう一度体を窓の方へと向けました。

 暗闇の中、相変わらず建設機械やドローン、ゴーレムなどが忙しく動き回っています。

 それらの機械により、一つずつ組み上げられ大きくなっていく街の姿。

 その風景を私は一つの疑問を持って眺めていました。


 この風景は、本当に私の意志によるものなのでしょうか。

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