第17話 1−17


 この世界は、本当にあたしの意志による世界なのだろうか。


 あたしはゲームをしていた。あたしの夢の中で。

 いや、夢というのは正確ではない、あたしの脳に接続されたサーバロボットの中の、情報世界だ。

 あたしはそこに設けられた自分の部屋で、ヴァーチャルコンシューマーゲーム機で動作するゲームを遊んでいた。

 ゲームは……。ファーストパーソン・シューティングゲーム。一人称視点で銃撃などを行う戦闘ゲームだ。

 ゴーレムなどのACが「居住」するACサーバやACストレージなどのネットワークが自動都市などに設置され、ゲームのエミュレーションサーバなども設置されたので、あたしは他のAC達とともに、ゲームクリエイターACが創った多人数でプレイするFPSを遊んでいたのだ。

 戦場を模した仮想世界でキャラクターを操り、画面に表示された照準を、現れた敵に定め、撃つ。

 FPSとは基本そういうゲームだ。

 あたしはゲームを楽しむという趣味と、これから生活していく上での射撃技能の向上という実益を兼ねて、このFPSをプレイしていた。

 VRのFPSの方が訓練としてはいいんだけど(勿論そっちもやるけど)、趣味として楽しむならヴァーチャルコンソールのほうが楽しいしね。

「このっ、このっ、このっ。あーやられたーっ!」

 他プレイヤー(ゴーレムちゃん)にやられたあたしはコントローラーを放り投げると、そのまま床に大の字になった。

 しばらくそのままになっていたけど、またやる気がむくむくと湧き上がって、起き上がる。

「よーし今度は負けないぞーっ!」

 腕まくりをしてコントローラーを手にとった時、液晶ディスプレイの隣にホログラフィックスクリーンが現れた。

 現実世界からのお知らせだ。

 画面に現れたのは、あたしのお世話係の一人を務めるゴーレムのアヤネちゃんだった。

 銀髪という以外は日本人の風貌で、エプロンドレスを着込んだアヤネちゃんはいい笑顔で、

「チヒロさんっ、リビングで寝ていると風邪を引くかもしれないので現実身体を寝室のベッドに寝かせておきましたよー」

 そう報告してきた。

「ああ、ありがとう」

 そういえばさっきから身体の背中の部分に柔らかい何かが当たっている気がする。

 運んでくれたのね。あたしの体を。

 寝ていてもこうして仮想世界でゲームができる。テクノロジー万歳だ。

「現在の時刻は?」

「グライシア-Cc時間で午前六時、地球時間でも午前六時ですが、こちらではまだ深夜ですねぃ。でも、チヒロさんはまだこちらの時間に慣れていないので、もうそろそろ肉体の目が覚める頃ですねぃ」

「そうなのかな……」

 不思議に思いながらも、思い当たることはある。コロニーや惑星などでの、地球時間との時差だ。太陽系では地球標準時間が用いられるものの、実際には各コロニーや惑星などの自転時間などとの時差があって、それによる時差ボケを起こすことなんてよくあるのだ。

「まあ、あたしはホモデウスだし、サーバ側で身体制御をしていれば起きにくいし……。ともかく、体を移してくれてありがと」

「どういたしましてっ。しばらくシェルターにおりますので、ご用件がありましたら何なりとお申し付けくださいっ」

「わかったわ。ありがと」

 あたしが頷くとアヤネを映し出していたホログラフィックスクリーンは電子音を立ててかき消えた。

 さーてっ、ゲームの続きをしようかな……。

 そう思った時。

 自分の「体」の胸から腹にかけてと下半身に同時に二つの不快な感覚が湧き上がってきた。

 ……あ、これ。

 そう思う間もなく、周囲の景色があっという間に闇へと移り変わった。

 ち、ちょっとまってよ、これからだというところなのにー!?

 こんなのって、ないよおー!?


 ……こうして、あたしの「夢」は終わった。


                         *


 背中に感じる柔らかい触感に気がついて、あたしは目を覚ました。

 白い天井とLEDの室内灯がぼんやりと目に入り、そのうちはっきりと見えてくる。

 ここは……。シェルターのあたしの自室だ。

 ゲームやってて、地球時間で言う朝になって……。ゲームの続きをやろうとしたら……。

 って、胃と下腹部に溜まっているこの不快感!

 ま・ず・は!

 あたしは勢いよく起き上がり、ベッドから駆け下りると部屋を出てトイレへと向かう。

 トイレへと駆け込み艦内服のズボンと下着を脱ぎ、下腹部に溜まっていたものを出すもの出して一気にスッキリさせる。

 すーぅっきりしたーっ!!

 謎の満足感と幸福感に包まれながらウォシュレットを操作してお湯であちこち洗う。

 温風で乾かしたらズボンなどを上げて立ち上がり、清流とともに自動的に水が流れる。

 トイレの扉を開けて敷居をまたぎ、出てから勢いよく閉じる。

 ふーっ、これで一つの問題は解決したわ……。

 残るは……。

 あたしは腹に手を当てた。と同時に、大きな音を立てて腹が勢いよく草食動物の鳴き声のような音を立てた。

 これね。というか。

 あたし、腹減ってる。

 目を覚ましたのは、私の物理肉体の脳が覚醒をしたから。その原因は、生理現象による睡眠からの脳の覚醒。

 つまり尿意によるものと、空腹によるもの。

 まずは尿意が済んだから、次はご飯って言うことだけど。

 リビングへと向かおうとした時、廊下の向こう側からさっき情報空間で見た日本人顔のゴーレムがひょいと顔を出た。

「あらっ、もうお目覚めですかっ? おはようございますー。朝ごはん、何にしますかっ?」

 彼女──アヤネが満面の笑みであたしに問いかける。

「うん。和食セットがあったらお願い」

 何故か申し訳ないと思いながら返事をする。

 なんとなく、敗北感を感じながら重い足取りでリビングへと向かう。

 この敗北感、ちょっと前にも味わったような……。

 尿意で情報世界から追い出され、空腹感でも目が覚める。

 生理現象に簡単に左右される人間の体って、ホント、不便だなあ。

 こんな体捨て去ることができればいいけど、それじゃ人間じゃなくなっちゃうのよね。

 でも。できる事なら。

 ……。

 そんな事よりご飯食べたらまた寝て、情報空間でゲームの続きをしようっと。

 あたしはため息をつきながら、自分のソファに体を沈めるのだった。


 あたしの意識は、現実の肉体と情報空間、一体、どちらにあるべきなのだろうか。


                         *


 あたしはその後、グライシア-Ccの夜の間、つまり地球時間での一日分、情報空間内でゲームを楽しくプレイしたり、サーバロボットの中にあるお気に入りのビデオや音楽とかをゆったりと見たり聞いたりしながら、空腹や尿意を感じたときなどに起きたり、三食ご飯を食べたりして、それからまた寝て「一日」を過ごした。

 ちょっと試してみたくて、実験的にシェルターの窓のシャッターは下ろしたままで外には出ず、家の中で地球と同じサイクルで過ごしてみた。

 結論から言うと、外を見ず、外に出なきゃ宇宙船やコロニーとかにいるのとあまり変わりはないわね。

 この過ごし方なら、結構イケるかも。まあ、なんかトラブルがなければの話だけど。

 結局、その日というかその夜は原住生物が再び襲撃することもなく、平和な時間を過ごせた。


 そして、グライシア-CCでの次の日、新しい朝を迎え──。

 あたしは、自室のベッドでどこかから聞こえてくるアラーム音に呼び覚まされ、ゆっくりと目を覚ました。

 おかしいな、目覚ましはセットしていないはずなのに。

 と思ったところで、声が聞こえてきた。

「やっほー、ヤサカさん。起きてるーっ?」

 この声は。サーティか。

 あたしは寝ぼけ眼で起き上がる。

 起き上がった先、壁際に大きなホログラフィックスクリーンが浮かんでいて、そこには暗闇の中、ライトに照らされた艦内服姿のサーティの顔が映し出されていた。

 どこにいるんだろう。まさか。

「サーティ……。そと……?」

「正解っ! アタシは今、あなたのシェルターの前にいまーす! どうしてでしょうか?」

「わかんない……」

「正解は、グライシア−Ccの夜明けを見るためでーす! 人類が初めてこの星の夜明けを見る、絶好のチャンスよ!」

「で、なに……」

 あたしの問いに、サーティは唇の端を歪め、両目を細めて、まるで彼氏に言うように言った。

「ねえ、一緒に夜明けを見ない?」

 あたしはサーティの言葉、口調に何故かどきりとした。

 夜明けを見る。ただそれだけなのに。

 絶対に行かなきゃ。そういう気持ちが沸き起こっていた。

 寝ぼけていた頭が急にはっきりとした。現実を、感じた。

 あたしはベッドから降りると、画面に映る金髪の少女に向かって告白するように告げた。

「行くわ。ちょっと待ってて」

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