第18話 1−18


 あたしはエアーロック兼玄関で宇宙服を急いで着込むと、入口を出た。

「おはよっ」

 出るなりサーティが満面の笑みで私を出迎えてくれた。そして、ちょっと不思議そうな顔をして、

「宇宙服着てるんだ、ヤサカさん。脱がないの?」

 と問いかけてきた。

 想定内よ。その質問。

「まだ感染症とかの危険もありますし……。サーティさんはなんで着ないんですか?」

 あたしは質問を質問で返す。どこかの誰かが聞いたら怒りそうだ。

 サーティは少し自慢げな顔で、

「昨日の夜医療ACに試作してもらった、ここ特製の混合ワクチンを打ってもらったのよっ。対策はバッチリ! 早くヤサカさんも打ってもらったら?」

 そう返してきた。

 そんなに自慢しなくてもいいのに。

 というか本題は?

「はいはい。後で打ってもらいますよ。本題はそれじゃないでしょ」

「そーでしたっ!」サーティは舌を出した。そして、本題を切り出す。

 彼女は振り返りながら言った。

「ほら、フライングプラットフォームを用意したわ。これに乗って、朝日を見に行きましょ。もうすぐ日の出よ」

 視線の先には、昨日(と言っても地球時間で一日以上前だ)ノア三一四から外に出る時に乗っていたフライングプラットフォームが止まっていた。

 サーティはウキウキした顔でプラットフォームの方へと歩いていく。

 彼女はプラットフォームに足をかけてから立ち止まって振り向き、

「ほらほらっ、乗らないの? 日が出ちゃうわよっ」

 そうせかしてくる。

 もうっ。もう今行こうかと思ったのにっ。

「急かさないでよ……」

 あたしは応えながら急いで歩き出し、プラットフォームの方へと向かった。

 程なくプラットフォームに乗り込むと、小さな駆動音を立てながら空へと浮かび始めた。

 視界がぐんぐん高くなる。

 暗闇の中、あっという間にプラットフォームは空へと舞い上がり、しばらく飛ぶとピタッと空中で止まった。

 風はなかった。

 空は暗いままだったけれども。

 夜空に、数個の明るい点があった。

 そのうち、二つの大きい赤い点が夜空を支配するように輝いていた。

「あれは……」

「グライシア-AとB。グライシア星系の二つの主恒星よ。お互いがお互いを巡るように公転しているわ。グライシア-A、Bの恒星系にも惑星があって、そのハピタブルゾーンにも惑星があることが確認されているわ」

「そこに誰かいるんですかね?」

「たしか探査の結果では居ないことが確認されているわ。でもあの昆虫野郎みたいのがいてもおかしくはないわねー」

「ごめんですよ。ああいうのがまたいたら」

「そうねー」

 夜空にはいくつかの明るく輝く点が浮かんでいた。いびつな形の白く大きな輝き、青く輝く点、遠くで白く輝く光。

 あたしは宇宙服のHIDに情報を表示させながらつぶやく。

「あれはグライシア−Ccの月、あれはグライシア−Cd、あっちはグライシア-Ch」

 星座の形が太陽系とは異なる星の、異なる惑星。

 本当に、本当に綺麗だ。

 あたしは押し出すように言葉を言う。

「星が綺麗ですね……」

「星だけじゃないわ。ほら」

 そんなあたしに、サーティが言う。

 彼女が指差した先の、東の空。空と陸の境界が、茜色に染まり始めていた。

 同時に空の大部分を覆う闇のヴェールも溶け始め、次第に蒼の色へと変わっていっている。

 この星の夜明けが近づいてきているのだ。

 その光景も、とてもとても綺麗だった。

「もうすぐ日が昇るわ。人類が初めて見る、グライシア-Ccの夜明けよ」

「ええ……」

 あたしは素っ気なく応えたけれども、心のなかでは、美しいな、と思っていた。

 あたし達はしばらく何も喋らず、ただただ、フライングプラットフォーム上で朝日が登るのをじっと眺めていた。

 空の境界が真っ赤に染まり、その色合いを濃く、広くしてゆく。

 そして、その時がきた。

 東の空の端から赤々とした光がきらめき始め、その光は大きさを増していく。

 グライシア-Cの朝日が昇っているのだ。

 ゆっくりと昇っていく太陽を、あたし達はただ無言で眺めていた。

 その恒星は、地球で見る太陽よりも赤く大きい朝日だった。

 陽光が広がり、大地を照らしていく。

「ねえ、下を見て!」

 嬉しそうにサーティが下を見ながら指差した。

 言われるがままあたりを見ると、フライングプラットフォームの周辺には、小さいながらも自動都市と自動工場群が出来上がっていた。

 この星の太陽の光を浴びた生まれたての建物や工場達は、静かに佇み、これから始まる一日に備えていた。

 その荘厳さに、あたしは思わず、

「うわあ……」

 そう、声を上げていた。

 あたしは息を呑み、しばらくしてから、もう一度声を上げる。

「これがあたしの。あたし達の、街」

 それがあたしの素直な感想だった。

 あたし達がこれから生きる街。あたし達ののための街が、ここにあるのだ。

「そうよ。これがアタシ達の街。これからアタシ達が、この星で生きていく街よ」

「うん……」

「今は小さな街だけど、ACやゴーレム達が工事をしていけば、街も工場などもどんどん広がっていくわ。AC達に頼めばアタシ達の好みに合う街にもしてもらえると思うわ。今度頼んでみましょう」

「ええ」

 あたしはうなずいてから、ふと気がつく。

 現実の街でできるなら、情報世界でも。

「ねえ、情報世界でも頼めるのかしら、それ……」

「え?」サーティは少し驚いた表情を見せて、それから笑みを見せた。「勿論よ。アンさんに頼めば、情報世界での都市づくりにも手伝わせてもらえるんじゃないかしら?」

 安心したわ。大丈夫なのね。多分。

「良かった……」

 あたしはバイザー越しに見える、赤く染まった世界の様子を見ながらフライングプラットフォームの手すりによりかかりながら、安堵のため息を付いた。

 今日からここが、あたしの街になる。うれしい。

 そう思うと、あたしは喋りたいことが出てきた。そのことを、堰を切ったように話してみる。

「私、本当に家を出たかった。だからこうして太陽系を出た。でも、一人で生きて行けるか、不安だった。でも、こうして自分達のための街があると、なんだか安心する。ここにずっといたい、な」

 一気に自分語りを語ると、その場は沈黙に包まれた。

 あれ、あたし、おかしなことを言っちゃったかな……?

 しばらくしてから。

 サーティが笑みを見せ、こんなことを言ってきた。

「ならアタシも、一緒に居続けよっかな」

 え……。

 冷え冷えの空気かと思われてからの意外な言葉に、あたしの心臓は一つ高鳴った。

 気つけば、サーティはこちらに寄ってきていた。か、顔が近い……。

 と同時に、右手を包み込むような感触があった。

 いつの間にか、彼女はあたしの手を握っていた。

 そして、笑みを顔にたたえて、こう問いかけてきた。

「アタシはずっと貴女のそばにいるよ。だから、アタシは貴女の特別になってもいいかな? いいでしょ、ねっ?」

 突然そんなことを言われて、あたしは冗談かと戸惑った。

 でも、彼女はどうも本気のようで……。

 あたしは、少し待った末、はいともいいえとも答えず、

「そ、それはともかく、これから宜しくお願いいたします。サーティさん」

 礼儀だけ応えた。

 応えながら、握られた手を振り払うように離す。

 サーティはあたしの答えに、ふぅーん、なるほどね、というような顔をしてから、

「じゃあ、下に降りて朝食食べよっか。二人で、ねっ」

 少し意地の悪い顔で言うと同時に、強く下へと動く衝撃が一つあって、フライングプラットフォームが突然動き始めた。

「わっ」

 ちょっと激しい揺れに、思わずあたしは声を上げてしまう。手すりに強く捕まる。

 やっぱりこの人、苦手かもしれない……。

 揺れが収まり、手すりから手を離しながら内心ぼやく。


 ちょっと危ない星で、母親みたいなOACと、変わった女の子と、おかしな惑星サバイバル開拓生活。

 これからどういう生活になるのだろう。ちょっとどころじゃなく、辛くなるかもしれない。

 でも、ここに居続けたい。あのクソ親たちから逃れられるなら、どんなことをしてもいい。

 そのためには、うん、ここでまず生きていかなきゃ。

 頑張ろう。


 あたしはフライングプラットフォームの上で、移り変わりゆく景色を見ながらそう誓うと、両手を強く握りしめるのであった。


 この景色をあたしは、どんな風に変えていくのだろうか。


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