人型の魔物

 白竜との戦闘が終わった瞬間、上空で動きがあった。暗殺鳥が去っていく。それも、慌てた様子でかなりの速度を出して。

 周囲でこちらを伺っていた影狼も去っていく。


「なんだ?」


 不審に思い、警戒を続ける。

 しかしまずは三人だ。魔力を使い果たし満身創痍のはず。

 智琉が上空から降りてきて膝を付いた。

 金色の神が黒へと変わり元の長さに戻っていく。天使の輪も消え、法衣も制服に変わった。

 肩で息をしながらひたいから滴る汗を拭っていた。


「お疲れ様」

「……うん。ありがとう」


 颯斗も戻ってくるとそのままぶっ倒れた。


「だぁー! もうダメだ。歩けねぇ」

「颯斗もお疲れ。天音さんも」

「うん。ありがとう」


 天音さんは座り込みながら笑った。


「天宮監督官。少し休憩を――」


 俺は振り返り上空を見た。


 ……なにか……くる


 唐突にバカみたいに大きな気配が現れた。それはしばらく上空に滞空した後、急降下してきた。

 誰を狙っているわけでもない。ただ降りてきているだけだ。しかしその速度は暗殺鳥の比ではない。

 そして位置がまずい。降りてくるのは丁度颯斗と智琉の間だ。

 敵が殺す気で降りてきているなら疲弊した彼らでは無くすべもなく殺される。


「どうした? 刀至?」


 颯斗が聞いてくるが答えている余裕はない。

 

 一瞬の後そいつが現れた。その瞬間、蹴りを放つ。ダメージを与えることが目的ではない。とにかく距離を離すことが目的だ。

 

 半神の膂力で蹴り飛ばしたのだがあまり手応えがあまりない。しかしそいつは木々を薙ぎ倒しながら止まり、土煙から姿を表した。

 

 全身が黒く血の様な赤い線が何本も走った人型。目もなく耳もなく影が形になった様な姿で背には巨大な翼が生えていた。

 

 その姿を見て俺は警戒心を引き上げた。

 

 人型はまずい。霊峰富士で幾度か戦った。そのどれもが死線だった。奴らは洗練されている。

 

 さすがに最強種よりは劣るがそれでも強敵だ。

 

 魔物は進化を繰り返すと人型になる特徴がある。それは現在人類が星を支配しているようにそれが最善だと判断しているからだと言われている。

 

 それに加えて進化元になった魔物の特性も残していることがおおい。鳥型の魔物が進化すると翼が残ったり犬の魔物は嗅覚が鋭かったりする。

 

 この魔物の進化元は暗殺鳥だろうか。しかしそれなら初撃で襲って来なかったのが違和感がある。もしかしたら偽竜が進化元である可能性もある。


「……白帝」


 刀を鞘に収め白帝の名前を呼んで召喚する。

 虚皇は使わない。この一件、何やら人為的なものを感じる。周囲に気配はないが誰が見ているとも限らない。出来るだけ手札を晒したくはなかった。


「星宮さん、天宮監督官。みんなを頼みます」

 

 そんな俺の姿を見た星宮さんも警戒心を上げていた。油断なく剣を構えている。


「星宮刀至。いけるか?」

「はい。一体であれば問題ありません。でも二体以上なら三人を守れる保証はなくなります」

「わかった。俺と星宮真白は二体目に備える。頼んだぞ」


 天宮監督官はそう言って煙草を咥えると大量の煙を吐き出した。

 星宮さんも真剣な顔つきで剣を構えている。


 俺は人型の魔物に視線を向ける。偽竜とは比べ物にならないほど強い。

 

 霊峰富士の魔物にも勝るとも劣らない強さを奴は持っている。少なくとも樹海にいる魔物よりは上だ。

 

 三人に目で合図を送る。彼らでは勝ち目がない。敵と認定されれば一秒と生き残れないだろう。


 すると意図が伝わった様で一つ頷くと刺激しない様にジリジリと後退していく。

 

 その間、人型は動かない。

 

 じっと俺の事を見つめていた。目はないが見られているのは何となくわかった。

 

 数秒間何もない時間が続いたが、唐突に人型の口に当たる部分が裂けた。

 

 口角を上げ醜悪且つ粘ついた笑みで嗤った。

 

 その瞬間、一瞬で迫ってきた。


 だが見えている。

 

 見えていれば対処は簡単だ。

 

 人型の右腕が伸び、刃物の様に鋭く変形した。だからその腕を切り飛ばした。


 ……再生はない。

 

 次いで左腕も伸び、同じようにして切り掛かってくる。

 

 だがそれも見えている。ならば辿る道は同じだ。腕を切り飛ばし、刀を戻す動作で首も刎ねた。


 普通ならこれで終幕だ。だがこの魔境にきてから異常続きだ。ならば普通であるはずがない。それにやはり違和感もある。


 ……人型がこの程度か?


 そんなわけがない。偽竜ですら再生能力を持っており一筋縄では行かなかった。だから警戒はとかない。


 俺の予想はあたり、首がなくなっても人型は動いた。

 

 偽竜と同じく厄介な魔物だ。討伐するのに時間がかかる。急所を探さなくてはならない。

 

 しかし時間はかけたくない。二体目が来たらまずい。


 俺は手に持つ魔剣、白帝を見た。


 ……使うべきか?


 その時、人型が背の翼を大きく広げると、表面にびっしりと棘が生えた。嫌な予感に舌打ちが漏れる。

 

 偽竜と同じだ。あの翼槍よりは小型だが秘める力はあれ以上だろう。

 

 棘が回転し始める。

 

 避けるわけにはいかない。後ろにはチームメンバーがいるからだ。


……あまり手の内を晒したくはないが仕方ない。


 ふぅと一呼吸つき、俺は白帝に大量の魔力を注ぎ込む。


 魔術式なら既に破綻している量の魔力を流し込まれても白帝の底は見えない。つい笑みが溢れる。


 ……最高だ!


 すると白帝が眩いばかりの銀光を纏う。

 

「避けられないなら全て斬る!」

 

 銀光が密度を増していき刀身が光り輝く。

 そこで人型から棘が射出された。俺は正面から迎え撃った。一歩を踏み出し、刀を振るう。


 棘はいまだ間合いの外にある。普通ならこの斬撃は空振りに終わる。なら。

 

 一太刀。銀光が軌跡を描く。その軌跡は刀を振り終わった後も残ったままだ。


 銀光が俺の意思に従い跳躍した。


 銀光が乱舞する。


 一太刀の斬撃が棘を全て撃ち落とし、人型の魔物を一瞬で粉微塵に切り刻んだ。

 

 白帝が持つ能力は斬撃の残存、そして跳躍だ。シンプルであるが故に強力。

 

 切り刻まれた人型は再生する気配を見せずに消滅した。


 その後も警戒を続けていたが、二体目が現れることはなかった。

 

「なんだったんだ?」

 

ふぅと一息付くと俺は白帝を消した。

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