巨岩

 その巨岩は明らかに人工物だった。

 表面には奇怪な文字がびっしりと刻み込まれている。

 大きさもかなり大きい。上部が木に隠れているほどだ。形も人工的に切り出された物だと一目でわかる複雑な形をしている。

 それに切断面だと思われる表面がとても滑らかだ。現代の機械を使ってもここまで綺麗に加工できるものなのか疑問である。

 

「こんなものがあるのになんて報告になると思うか?」


 俺は隣にいた智琉に聞いた。そんな事はないと半ば確信しながら。智琉も同じように思っていたのか首を振る。

 

「僕なら報告書に書くね。こんな大きな物、今まで調査隊が見つけられなかったなんて考えられない」


 もし見つけられなかったのならこれほど巨大な人工物を何十年も見逃していた事になる。

 それも調査に慣れているであろう魔術師が、だ。そんなことは常識的に考えてありえない。

 智琉が巨岩の表面を手でなぞる。

 

「……それになんだろうこの文字は……。誰か読めたりする?」


 智琉が聞くがみんなは首を振る。

 巨岩に書かれているのは日本語でも英語でも、はたまた魔術式でもない。まるで見たことのない文字だった。

 頭の良い真白や智琉が読めないのならば現代で使われている文字ではなさそうだ。


「だよね。これは一度帰還した方がいいかな?」

「私は帰還に賛成です。時間も時間ですし」


 空を見上げると太陽はだいぶ沈んでいた。

 日没にはまだ余裕はあるが帰りの時間も考えるとそろそろ戻った方がいいだろう。

 夜の森は危険だから。それは何が起こるかわからない魔境なら尚更油断はできない。


「俺も真白に賛成だ。颯斗と小夜は?」

「私も賛成です!」

「俺も賛成だが、ちょっと待ってくれ。写真だけ撮っておいた方がいいだろ?」


 颯斗が端末を取り出し、巨岩へと内蔵のカメラを向ける。

 そしてシャッターを切った。カシャっという電子音が鳴りフラッシュが焚かれる。


「ん?」


 撮影した画像を確認した颯斗が不思議そうに首を傾げた。


「どうした?」

「俺、今撮ったよな?」


 電子音もなったしフラッシュも焚かれていた。あれで撮れていないのなら端末は壊れているだろう。

 

「ああ。音も鳴ってたな」

「ちょっともう一回撮るわ」


 そう言って再度シャッターを切る。先程と同じように電子音がなりフラッシュが焚かれる。


「ん〜?」


 そして同じように首を傾げた。


「ちょっと見せてくれ」

「わかった。ほら」


 端末に表示された画像を覗き込む。そこには森の風景が写し出されていた。

 巨岩などどこにもない。


「なんだこれ?」


 あったはずのものがない。それはさながら心霊写真のようだ。

 俺も端末を取り出し、颯斗と同じように写真を撮る。

 しかし結果は同じだった。


「みんなちょっと見てくれ」


 俺は今し方撮影したデータを全員に送信した。

 

「なんだろうこれ?」

「写真に映らない岩……ですか? そんなことって」


 みんなして自分の端末で撮影するが、巨岩が写った端末は一つもなかった。

 ここまで来ると端末が故障している線は薄そうだ。

 とにかくもたもたしていると日が沈む。あまり時間はない。


「ひとまずこれも報告だな。あまり時間もないし戻ろう」


 俺がそう提案するとみんなが頷く中、小夜が「あのっ」とおそるおそる手を上げた。


「どうした?」

「写真がダメなら書き写すとかはどうですか?」

「…………。確かに」


 言われてみればそうだ。なぜそんな単純なことを思いつかなかったのか。それもみんな。


「現代っ子の弊害かな」


 智琉も苦笑している。俺も同じ思いだ。


「ともあれ……小夜。お願いできる? 時間もないし一部で大丈夫だから」

「うんっ! わかった! 任せて!」


 そうして巨岩を書き写す事が決まり、小夜が紙と鉛筆を取り出した。

 巨岩の近くに座り慎重に書き写そうとする。


「小夜ちゃん。ちょっと紙と鉛筆貸してくれる?」

「え? うん。わかった」


 真白が小夜から紙と鉛筆を受け取る。

 そのまま紙を巨岩に貼り付けるとその上から鉛筆を擦った。

 すると巨岩に刻まれた奇怪な文字が紙に転写される。


「こうした方がはやいですよ」

「わー! さすが真白ちゃん! ありがと!」


 小夜が顔をひまわりのように輝かせてお礼を言った。

 真白はむず痒そうにしていたが満更でもなさそうだ。


 こんなに早く書き写せるのならと全員で手分けして色々な箇所を書き写していった。

 サンプルは多い方がいい。


 ……それにしても仲良くなったな。


 俺は横目で真白と小夜の様子を見る。あれだけ人と関わることを拒絶していたのに今や見る影もない。

 真白は小夜に心を開き、小夜も真白を受け入れている。

 今では親友のように仲がいい。


「よかったな刀至」


 智琉が二人に聞こえないように小声で言ってきた。


「そうだな。本当に良かった」


 俺はそうしみじみと口にした。




 十分後、何十枚ものサンプルが取れた。これだけあれば十分だろう。


「じゃあそろそろ戻ろうか。急がないと日が暮れる」

「だな。いくか」


 智琉の言葉に颯斗が答えた。

 そうして御霊島、一日目の調査は終了した。

 謎を残して。


 ……ていうか、これ延長は確実だよな?


 何か見つかったら延長。何もないだろうと言われていたがそんなことはなかった。

 よって授業に出られない事が確定した。ということはまた勉強の日々だ。


 ……憂鬱だ。


 小さく呟いた声は誰にも聞こえてなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る