甲板にて

 船に戻ると、朝と同じ会議室で報告を行うことになった。

 会議室には俺たち五人と、白河さん、天宮さん、それと初めに出迎えてくれた研究員の相川さんだ。


「何かあったのかしら?」

「初めから説明します。まず上陸した時に刀至が異変を感じました」


 智琉が今日起こったことを順序立てて説明していく。

 初めは期待してない風だった白河さんは途中から別人のような顔つきになっていた。それは研究者の顔だった。


「死の気配と文字の記された巨岩ねぇ? 文字のサンプルっていうのは?」

「これです」


 俺たちは荷物から文字を書き写した紙を取り出し白河さんに手渡す。


「これは……!」


 白河さんが驚愕して顔色を変える。


「何の文字かわかるんですか?」

「……これは神代文字よ」

「神代ってたしか神が実在した時代……でしたっけ?」


 打ち上げの際に超越者の最強を聞いた時に上がった少しだけ話題に上がった内容だ。

 たしか、鮮血真祖と片翼天使が神代の生き残りだとか。


「そうよ。でもこんなもの……今までなかった」

「御霊島は隅々まで調査済みなんですよね?」

「そうよ。魔術で測量しながら調査したからそれは間違いないわ。こんなものはなかった」


 眉を顰めながら白河さんはそう断言した。


「……原因は……突然出てきた原因はなに? 写真に映らないってことはそもそも認識できていなかった?」


 白河さんは手を顎に当てて思案に耽る。やがて考えがまとまったのかいきなり立ち上がった。


「さっぱりわからないわ!」


 そう言った白河さんの浮かべていた表情は清々しいものだった。新たな研究対象に興味津々と言った様子だ。根っからの研究者なのだろう。


「だから明日は私も調査に加わるわ。相川! アラトニス様に延長申請を!」

「かしこまりました」


 相川さんが頭を下げて退出する。これで調査の延長は確定してしまった。


「今日はご苦労様。あとは明日に備えて体を休めて。また明日もよろしくね」


 そうして御霊島調査一日目が終了した。




 その後はごく普通に過ごしてベットに入った。

 しかし深夜にふと目が醒めてしまった。時計を見ると午前一時。


「……寝てから一時間か」


 明日の予定は七時から御霊島の調査を開始することになっている。

 日課もあるためいつも通り五時に起きる予定だ。

 半神ゆえに寝不足になることはないが、明日に備えてなるべく精神を休めておきたい。

 死の気配のせいで今日はずっと気を張っていた。体は元気疲れていないが精神がやられている。

 そう思い目を閉じるが……。


 ……寝れない。


 やけに目が冴えている。こんな時は無理に寝ようとしてもまず眠れないので身体を起こした。


 ……夜風でも浴びるか。


 俺は外套を羽織ると部屋の外へ出た。




 甲板に出ると先客がいた。白い少女が柵に寄りかかり月を見上げている。

 雪のような白い長髪が月光を反射して煌めいていた。

 その姿はまるで月女神のようだ。


 白い少女、もとい真白は俺に気付いたのか振り返った。


「刀至くん?」

「真白も眠れないのか?」


 俺は歩を進め真白の隣まで歩み寄る。そうして同じように柵に寄りかかった。


という事は刀至くんも眠れないのですか?」

「ああ。目が冴えちゃってな」

「そうなんですね」


 それから会話は無くなったが、別に居心地が悪いわけではない。むしろ波の音を聞きながら月を見上げているのはなかなかに風情があり、居心地がいい。

 真白も同じふうに思っているのか、部屋に帰るようなことはなかった。


「……くちゅん」


 しばらくそうしていると真白が可愛らしいくしゃみをした。

 俺は外套を真白に掛ける。半神なのでそもそも外套など必要ない。念の為持ってきただけだ。


「……ありがとうございます」

「気にするな」


 それだけ言うと俺は月を見上げる。今日は満月で雲もない。この景色を見ただけで調査任務に来て良かったと思える。授業に出れなくなるのを考えなければ最高だ。

 それからどれだけ経っただろうか。真白が小さく言葉を溢した。


「死の気配とはなんなのでしょう」

「それは俺が聞きたいな。まあでもいいことなわけないけどな」

「そうですよね……」


 それからまた沈黙が続いた。

 しかし真白はその場から動こうとはしなかった。

 俺もこうしているのが居心地が良かった。


「胸騒ぎがするんです」

「胸騒ぎ?」

「何か悪い事が起きそうで……」


 その時、間が悪いことに一際強い海風が吹いた。


「きゃっ」


 真白が可愛らしい声を上げて体制を崩す。


「おっと」


 咄嗟に身体が動いた。真白が倒れないように抱きかかえる様にして支える。

 身長差があるため、真白が俺の胸に収まる形になった。


「大丈夫か?」

「はい。だいじょ……うぶ……です」


 真白が俺の方を向くと至近距離から見つめ合う形になってしまった。みるみるうちに真白の顔が熟したリンゴのように赤く染まり勢いよく距離を取った。


「悪い」

「いえ、わたしこそごめんなさ……」


 真白が不自然に言葉を止めた。見ると視線は俺を見ていなかった。正確には見ていたのだが見ていたのは俺の左胸。真白を支えた拍子に和装が少しだけはだけてソレが見えてしまっていた。

 俺は慌てて襟を正す。


「それは何ですか?」

「……」


 俺はバツが悪く視線を逸らす。しかしそれで真白の追求が止むことはなかった。


「見せてください」


 そうして俺の元まで歩み寄ると襟をはだけさせた。


「これは……」

「あーっと……」


 そこにあったのは左胸から左腕にかけてを覆う様に刻まれている巨大な魔術刻印だ。


 俺は修行中、師匠に傷をつけた事がない。一度としてつける事ができなかった。

 しかしそれは正しいが正確ではない。

 初めて死にかけた時に神の力が暴走しかけた事がある。その時、師匠に一太刀を浴びせたと聞いている。

 聞いていると言うのはそのときの記憶がないのだ。目が覚めたら布団にいて、気付いたらこの魔術刻印が施されていた。

 神の力を抑えるためにはこうするしかなかったと師匠からは聞いた。あのときの師匠は酷く疲れていた様に思える。

 師匠のあんな様子を見たのはあの時が最初で最後だ。


「……封印ですか?」


 真白には一目見ただけでこれがどういうものかわかるらしい。


「まあ……そうだな」


 これしか言えない自分が不甲斐なかった。『家族』にはなるべく嘘をつきたくない。しかしこれ以上は言えない。


「それに……こんな……」


 真白が俺の胸板に手を触れた。

 そこにあるのは無数の古傷だ。師匠の回復魔術は致命傷の時以外には使わなかった。よって致命傷ではない傷跡は残ってしまった。

 真白は瞳に涙をためながら顔を歪め、俯く。


「……私からは聞きません。なので刀至くんが言ってもいいと思えたら教えてください」

「……悪い。助かる」


 それだけ言うと真白は足早に部屋へと戻ってしまった。

 俺は月を見上げながら自嘲のため息を吐いた。


 ……まったく自分が嫌になる。

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