幕間 黄金の夢
私は部屋に戻るなりベットに飛び込んだ。枕に顔を押し付け深いため息を漏らす。
その拍子に刀至くんが掛けてくれた外套が床に落ちた。
……あ。持ってきちゃった。
急いで拾い、ついた汚れを叩いて落とす。
……返さなきゃ……でも。
今、会いに行くのはすこし、いやかなり気まずい。
たぶん刀至くんも私と会うのは気まずいと思う。
会っても何を言ったらいいのかわからない。
……明日謝ろう。そしてちゃんと返そう。
私はその外套をハンガーにかけると再びベットに寝転がった。毛布を頭から被る。
……あんなに傷付いてまでどうして強さを求めるんだろう。
ずっと疑問に思っていた。
あんなに強い人がなぜ今更、学園なんかに来たのだろうと。
アラトニス様に放った斬撃は今でも忘れていない。
正直、目を奪われた。あれほど美しい斬撃を私はみた事がなかった。
どれだけの研鑽を積み重ねればあそこまでの高みへと至れるのか。
その答えがあの古傷だ。潜り抜けてきた修羅場が私たち学生とは比べ物にならない。
それでもなお力を求めている。
思えば始業式から数ヶ月、刀至くんは強さだけを求めていた様に思う。
他のみんなが気付いているかわからないけれど、刀至くんは自分には無いものを吸収している。
例えば魔術。世の中にどの様な魔術があるのか、その対処法を考えているときの刀至くんは鬼気迫るものがある。
強くなることに貪欲なのだ。決して妥協はしていない。必要なことは全て実践し理解し覚えている。
日課の時に発動前の魔術式を斬ったときはみんなで驚いたものだ。
勉強もそうだ。初めは小学生レベルだと聞いていたが、飲み込みがものすごく早い。今では授業内容もしっかりと理解している様に思う。
本当はどうして? と聞きたかった。
胸にきゅっと手を当てる。
……私は刀至くんに救われた。
彼は何もしていないと言うだろうけど確かに救われている。
だから力になりたかった。支えになりたかった。
でも聞けるわけがない。
自分のことを棚に上げておいて聞いていいわけがない。
私も隠している事がある。刀至くんなら多分大丈夫だと思うけれど打ち明ける勇気が湧いてこない。
……怖い。
これを言ったときにどんな反応をするのかが、ただひたすら怖い。
……でも……いつか。
――言えたらいいな。
そんなことを思いながら私の意識は深い眠りに落ちていった。
その夜、私は夢を見た。
夢の中でこれは夢なんだとうっすらと認識できた。
いわゆる明晰夢というものだろう。
黄金の稲穂が揺れる。辺り一面が黄金の絨毯。そんな息を呑むほど美しい風景の中で――。
――私は泣いていた。
誰にも見つかりたくない。
誰も見つけてほしくない。
こんな出来損ないの私を。
そんなことを私は思った。
しかし私の願いは通じず、黄金の波をかき分けて一人の男の子が現れた。
「ん?」
黒い髪、黒い瞳。麻で作られた服を纏った青年だ。田舎者でもこんな格好はしないなんとも時代錯誤な服装だった。しかしその顔は紛れもなく。
「刀至くん?」
その声は
「だれ!?」
私は涙を拭うとキッと青年を睨みつけた。そんな私に気分を害した様子もなく、青年は優しげな笑みを浮かべた。
少し大人びてはいるが目の前の青年は紛れもなく刀至くんだった。
「俺は刀至。ただの刀至だ。キミは?」
刀至くんは私を怖がらせないようにゆっくりと目線を合わせると、にこやかに問いかけてくる。
そんな優しい顔を見ても、私の涙は止まらない。
刀至くんは困ったように眉をへの字に曲げると隣に座り込んだ。
私は鬱陶しいとばかりに距離をとる。
刀至くんは苦笑したが、そのままそこに居続けた。居続けてくれた。
何を話すでもなく、私が落ち着くまでいてくれた。
やがて日が落ちて辺りを闇が覆ってきた。
そこで刀至くんは立ち上がる。
「そろそろここも危ない。前線ではなくても
刀至くんは私に手を差し伸べる。
その時には涙は止まっていた。鬱陶しいという気持ちすでに消えている。
刀至くんの言うことはもっともで前線に近いここが危険なこともわかっていた。
私は一瞬だけ逡巡してしまったが手を取った。
刀至くんが柔らかに微笑む。
「じゃあ行こうか」
私は引かれるようにして立ち上がった。
そうして気付いたら
「何……いまの……刀至くん?」
胸が締め付けられる様に苦しい。意図せずに涙が溢れ出す。
今のがただの夢ではない。だが
混乱しながらも何が起きたのかを考えているうちに記憶が薄れていく。
……まずい!
直感的にそう感じ取った私は魔力で文字を編んだ。
夢、刀至くん、黄金の稲穂。
記述できたのはそれだけ。もっと書きたかったがこれだけを書き終わる頃には夢の記憶は綺麗に消えていた。
覚えているのは何か重要な夢を見ていた感覚と胸を締め付ける苦しさだけ。
目の前に浮かんでいる文字は大事なキーワードだ。決して忘れてはならないと胸に留め置く。
念のため枕元に置いてあったペンを取り、紙に書き写す。
窓の外を見ると、既に東の空が明るくなってきた。
流石にもう一度寝れる気はしなかった。
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