死の気配
「じゃあとりあえずは島の外周を回ってみるでいい?」
俺たちは智琉の言葉通り、まずは島の外周を調査することにした。
しかし、調査を開始する前に言っておかなければならないことがある。
「みんな聞いてれ」
全員、先ほどの尋常ではない様子を見ているので真剣な顔つきで言葉を待っている。
「この魔境……御霊島には死の気配が満ちている」
「死の気配……ですか?」
真白が首を傾げる。他のみんなもいまいちピンときていないような反応だ。
「なんて言えばいいのかな。……俺は修行の時に何度も師匠に殺されかけている」
死の気配というものはなんとも形容し難い。何度も死線を潜ったものにしかわからない感覚だ。
黄金世代と呼ばれていようともまだ学生だわからないのも無理はない。
どうやって言語化しようかと迷ったが、手っ取り早いのが実体験を話すことだと気付いた。
「それほど師匠との修行が過酷だったんだけど、文字通り師匠は殺す気で来る殺気が凄まじいんだよ。明確に命の危機を感じるほどにな。正確にはそれとは別種の何かなんだろうけど俺は今、似たようなものを感じている」
「何度聞いても思うけど、刀至の師匠はすごいね」
智琉はいつものように苦笑を浮かべた。師匠の話をすると智琉はいつもこの表情を浮かべる。
「だから、この魔境には絶対に何かある。もしそれが出てきたら白竜なんかとは比べ物にならない危険になる」
「刀至くん。それほどなのですか?」
真白が俺の目を見て聞いてくる。紅玉の瞳は真剣そのものだ。
「それほどだ。……白帝、虚皇」
俺は腰に差した二刀を鞘ごと引き抜き地面に突き刺し、魔剣の名を呼ぶ。手には鞘に入った黒銀の二刀が現れた。
この死の気配を放つ何かが出てきた場合は普通の刀では太刀打ちできない。白帝と虚皇ですら通用するかわからない。
……もしもの時は……。
左胸に手を当てる。正確にはその肌に刻まれている
「俺もサポートとかは考えない。本気で行く」
白帝と虚皇を腰に差す。その様子を見て全員の表情が引き締まった。
「わかった。刀至がそこまで言うなら相当なんだな。僕もできる限り警戒する」
「ああ。そうしてくれ。……んでもしもの時は……」
俺は一度言葉を切ると、有無を言わせぬ口調でその言葉を口にした。
「必ず逃げてくれ」
みんなが息を呑んだのがわかった。俺が放つ雰囲気に圧倒されたのだろう。当然だ。そうしたのだから。
俺はもう二度と『家族』や仲間を失いたくはない。
「……わかった」
智琉は何か言いたげにしていたが最終的には頷いてくれた。
智琉の言葉通り、まずは外周を調査することにした。
海岸沿いを海風に晒されながら歩く。いくら移動しようと死の気配は全くもって薄れなかった。濃くならなかっただけマシだと言えるだろう。
周りに広がるのは木や雑草のみ。
報告にあった通り、どれだけ歩こうと魔物は出ない。もちろん生物もいない。
死の気配さえなければ平和なものだ。
なんの変哲もない風景が続き、半日ほどで外周の調査を終えた。
俺が異常を感じている以外には一切何もない。言ってしまえばただの無人島だ。
「じゃあ軽く食事にしようか」
時刻はお昼過ぎ。昼食にはいい時間だ。
「でもこれじゃあな」
颯斗が文句を言いながら取り出したのは完全栄養食と呼ばれる長方体の食べ物だ。
これは半日以上掛かると想定される魔境調査の時に支給される栄養満点の万能食べ物だ。
しかしただ一つの欠点がある。
「まずいなこりゃ」
颯斗が全員の心中を代弁した。控えめに言ってもその通りだ。
それは食べ物という観点からみれば最大の欠点だ。
パサパサしているから口の中の水分を持ってかれるし、味もあんまりよろしくない。
しかし腹持ちだけはいい。
「何が起こるかわからない魔境ならこうなるのもわかるけどね。文句が出るのはわかる」
「あんなすげぇ戦艦とか作れる技術があるならもう少し食べ物にも回してほしいよな」
颯斗はそんなことを言いながらパクパクと食べ続け、完全食はすぐに胃の中へと消えた。最後に水を飲み込むと食事は終了だ。
女性陣もすぐに食べ終わり、調査が再開される。
「じゃあ次は島の中心に向かっていくでいい?」
智琉の言葉に全員で頷く。
「刀至くん。キツくなったら言ってくださいね?」
「ああ。ありがとう。真白」
心配してくれた真白にお礼を言うと可憐な笑顔を浮かべた。
「じゃあいくか!」
前衛の颯斗が先へ進もうとしたので俺は声を掛けて止める。
「颯斗。俺が先頭を行く」
「わかった。任せるぜ」
颯斗は何を言わずに先頭を譲ってくれた。
これから向かうのは島の中央部。魔境なら最奥部に当たる部分だ。外周より危険は跳ね上がる。
俺は深呼吸をするとみんなに声をかけた。
「いくぞ!」
森の中をぐんぐんと進む。進んでも進んでも視界に入るのは木と雑草。だんだん辟易としてきた頃、俺はおかしなことに気付いて足を止めた。
「刀至くん?」
後ろを歩いていた真白が不思議そうに見上げてくる。
「死の気配が薄くなったり濃くなったりしているんだ。みんな、何か感じたか?」
見ると全員が疑問顔を浮かべている。
……まあわかりきっていたことか。
「刀至くん。その気配は初めより濃くなったりはしていますか?」
「いや、濃くはなってないな」
「濃くなってはいない……ですか」
真白は少し思案した後に口を開いた。
「ではその薄い場所に向かうと言うのはどうでしょう。何かあるかもしれません」
「たしかに……そうだな。智琉。どうする?」
一応リーダーである智琉に確認を取るとすぐに頷いた。
そうして気配の薄い方へ向かって行き、気配が濃くなってきたら別の方向へ行きと繰り返して行くうちにほとんど死の気配がしない場所を見つけた。
するとそこには――。
「……なんだ……これ?」
奇怪な文字がびっしりと刻み込まれた異様な巨岩があった。
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