最強種:偽
魔物の中には最強種と呼ばれるものがいる。
龍種。
鱗は並の攻撃では傷一つすら付かず、
魔物であるにも関わらず幾千もの魔術を操る。人語を解する個体もいるのだとか。
巨人種。
山と見紛うほどの巨躯を持ち、拳の一振りが災害を引き起こす。
一番厄介なのがこれまた知能だ。しかしこちらは高いというわけではない。龍とは違い低いのだ。故に意思疎通もできず、損得勘定など度外視で暴れる。しかも倒す以外に止める手段がない。文字通りの厄災と化すのだ。
考えても見てほしい。山そのものが暴れたら人類なんて矮小な存在は生きてはいられない。
鬼人種。
一説には巨人種の亜種だと言う者もいる。
しかしどの個体も巨人種のように巨大な体躯を持たない。せいぜいが人類と同程度だ。
しかしながらそれでも巨人種に匹敵する圧倒的な肉体強度、身体能力を持つ。見た目は人と変わらず。一点だけ違いがあるとすればそれは鬼人と呼ばれる所以となった額の角だ。個体差はあるが一本か二本の角が生えている。一般的に角が多いほど強いとされる。
鬼人種の特徴として、まず魔力を持たない。しかしそれが弱いと言うわけではない。なぜなら魔力を代償に巨人種を凌駕する膂力を得ているからだ。
小さな身体から放たれる拳は山を砕くと言う。
知能も高い。龍のように魔術を扱う事はないが人と同じように考え言葉を発する。
そのどれもが最強であるが故に零級の魔境にしか存在しない。いや、正確には最強種が一体でも確認されたのならその魔境は零級指定を受けると言った方が正確だ。
だからこの目の前の魔物はこのような低級の魔境にいていい存在ではない。
「おいお前ら、俺が囮になる今直ぐ逃げ……」
天宮監督官の言葉が途中で止まった。
龍がおもむろに首を上げこちらを見た。その瞳の奥には確かな知性の輝きがある。
しかし俺は違和感に囚われていた。
……こんなものか?
圧がない。あの全身が凍りつき、喉元に刃を突きつけられているような死の気配がしない。
師匠から聞いた話だと平安時代、京都に出現した最強種、鬼人種「百鬼ノ夜行」は文字どおり都を壊滅させたと言う。実際に見た事はないが、師匠が警戒するほどだ。それだけで強さが窺えるだろう。
それに比べて目の前のこいつはどうだ。
確かに強力な魔物だ。それは間違いない。シミュレーションで戦ったアラクネよりも強そうだ。しかしそれだけなのだ。全くもって脅威を感じない。
だから俺は前に出た。
「おい! 戻れ!」
天宮監督官が言うがあえて無視した。罰なら後でいくらでも受ける。
俺は愛刀の一振りを抜いた。
「大丈夫なのですか?」
星宮さんが震える声で聞いてきたが、俺はそれを行動で示す。
龍が状態を起こし翼を広げた。
「バカか?」
そんな狙ってくださいみたいな体勢を取ってくれるとは。
俺は無造作に一刀を振るった。
龍は回避行動をとる。だが。
「遅い」
龍の右翼と腕が吹き飛んだ。
……やっぱりな
本物であれば何の変哲もない刀など避けるに値しない。噂に聞く龍鱗がこんなに柔らかいわけが無いからだ。
故に回避行動を取った瞬間、自分が偽物であると認めたようなものだ。
「龍がこんなに弱いわけがない。これは偽物だ」
龍は怒りの咆哮を上げ口元に炎がチラつく。
いくら偽物と言え曲がりなりにも
難しい事は何もない。間合いの外から刀を一振り。それだけで龍の首が落ちた。
口からチラついた炎が消える。しかし龍は倒れず、首のない状態で立っていた。
ドロリと落ちた首が黒い液体へと変化する。気付けば切断した翼と腕も消えている。
その液体が身体へと移動し、吸収された。そして切り落とした部位が再生していく。
……厄介だな。
再生する魔物。刀しか使えない俺とは相性がわるい。決して倒せないわけではないがそれ相応に時間が掛かる。
それにこの実地任務での俺の役割はあくまでサポート。この偽竜ともいうべき魔物を倒してしまったらチームメンバーの糧にならない。
だから俺は刀を鞘に収めた。無防備にも偽竜に背を向け三人を見る。
「智琉、颯斗、天音さん。倒せるか?」
俺の言葉に三人が息を飲んだ。その時、龍の再生が完了したのか甲高い声をあげて突っ込んできた。
「うるさい」
俺は振り向きざまに蹴り飛ばした。龍はそのまま木々を薙ぎ倒しながら吹き飛んでいく。
これで彼方へと吹き飛んでいった龍は「絶対に倒せない最強種」から「最強種を模倣した魔物」に格下げされた。
「むちゃくちゃだな」
颯斗が呆れたように呟く。
「でもサンキューな。オレたちで倒すよ」
三人は決意を固めたのか頷いた。
気の持ちようは大切だ。絶望の中に一筋の希望があればまだ戦えるのだから。
実力差的にはまだまだ龍、もとい偽竜のが格上だ。しかし人間は死闘を経て成長する。この程度の壁、越えてもらわなくては。
「天宮監督官もそれでいいですか?」
「……俺とした事が、見た目に騙されるとはな。それでいい。俺はサポートに回る」
天宮監督官が煙草を取り出し火を付けた。
こんな時に煙草かと思ったが直ぐに気付いた。これはこんなとき
こんな魔術があるのかと感心した。
……さすが一級
一筋縄ではいかないようだ。
「星宮さんは周りの露払いをお願いしてもいいですか?」
言った瞬間、地面に落ちた影に無数の赤い点が浮かび上がった。影に狼だ。先ほどより遥かに数が多い。
しかし星宮さんは物怖じせずに頷いた。
「任せてください」
星宮さんが剣を構える。
「俺は周囲の警戒をします。嫌な予感がする」
俺は自分の勘を信じている。実際にそれで何度も命拾いをした。嫌な予感というものはほぼほぼ当たるのだ。師匠によれば半神の影響らしい。
ともあれ俺も愛刀を抜く。今度は二振りとも。
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