影狼
上空を常に警戒しながら進む。星宮さんの話では天隼、もとい暗殺鳥は警戒されている場合は絶対に攻撃してこない。念のため天宮監督官にも聞いてみたがその認識で間違いないそうだ。
一度、試しに一瞬だけ意識を逸らしてみたら直ぐに降下してきた。すぐに意識を向けると再び上昇し旋回し出した。本当に油断ならない魔物だ。
その後、進む事約一時間半。前回の地点まで進んできた。前回よりも時間が掛かったのは皆が警戒しており、進む速度が遅かったからだ。しかし上空の暗殺鳥以外の魔物とはいまだに遭遇していない。
「確かにこれはおかしいな。前三人、気引き締めて進め」
「「「はい!」」」
前を進む三人が凛とした顔つきで頷いた。
そのまま進むこと数分、瘴気濃度が一気に増した。空気が重く、澱んでいるのを感じる。
「これはキチィな」
青い顔をした颯斗が額に浮いた汗を拭う。
瘴気は人体に有害な物質だ。魔術師は体内を巡る魔力で中和できる為、魔境の中でも安全に探索ができる。
しかし瘴気の量が体内にある魔力では中和しきれなくなると瘴気中毒になる。初期症状としては吐気や頭痛に襲われる。症状が進めば幻覚や意識の混濁が起こりやがて死に至る。
非魔術師が廃墟などで気分が悪くなるのは霊的な存在の仕業というより瘴気の仕業なのだとか。
「ごめん。智琉くん。私もちょっと厳しいから使うね」
「僕もそうしてくれると助かるかな」
天音さんが杖を取り出し魔術式を記述する。
――光属性支援魔術:浄光
天音さんの持つ杖がパッと光り輝いた。範囲内にいた全員を包み込み、弾けて消えた。
その瞬間、澱んだ空気による不快感が消えた。代わりに澄んだ空気が肺を満たした。
「わりぃ小夜。助かる」
「ありがとう」
「ううん。私も辛かったから」
そうして一行は瘴気対策を行い再び進み出した。
そのわずか数秒後、俺は魔物の気配を感知した。天宮監督官に視線を向けると彼も気付いているようだが、口に人差し指を当てて黙っているようにジェスチャーで伝えてきた。
……あくまで実地任務ってことか。
天宮監督官にとっては異常ではあるが脅威というほどではない。そんなところだろうか。だから今だに前衛を三人に任せている。流石に一級魔術師が脅威と感じたら前に出るだろう。
こうしている今も魔物の数は増え続けている。しかし魔物たちは遠巻きにこちらを伺うだけで動こうとはしない。それだけで魔物の狙いはわかる。周りを包囲し、物量で一気に攻めてくる魂胆だろう。
どうやらそこそこの知能を持つ魔物らしい。
「囲まれていますね」
星宮さんも気付いたのか小声で呟いた。
そこで感じたのがやはり違和感だ。
……やっぱおかしいよな。
あの暗殺鳥を見つけた感知能力があれば囲まれる前にわかるはずだ。それこそ俺より早く見つけられなければおかしい。それなのに今はあれほどの感知能力はない。
……条件付きの魔術か?
そんな魔術があるのかは知らないが、俺の少ない魔術知識ではこれぐらいの想像しかできない。
できないが、何か条件があることは間違いないのだろう。
「気付いたか。あとは前三人がいつ気付くかだが、星宮真白。お前は彼らが遅れたらカバーしてくれ。星宮刀至は待機。お前は過剰戦力だ」
「了解しました」
「はい」
星宮さんに続いて俺も頷く。
そうして進む事わずか一分後、魔物たちに動きがあった。一定の距離を保っていた魔物たちが一斉に移動を開始した。ジリジリと円を狭めるように包囲を縮めていく。
それに一番初めに気付いたのは智琉だった。ほぼ同時に颯斗と天音さんも気付いた。
「魔物だ! 来るぞ!」
「オウ!」
「うん!」
現れたのは狼型の魔物だった。真っ黒な狼だ。ただの黒ではない。一切の光沢のないまるで影が浮き出てきたかのような黒だ。そいつらは赤い眼を血走らせ地面の落ちている
「
天宮監督官が冷静に呟く。やつらを脅威と感じている様子はない。俺もそれには同感だ。決して強い魔物ではない。ただ影から出てくるのは少しめんどくさいと思う程度だ。
「ちなみにこいつらのランクはいくつなんですか?」
「単体だと四級だ。しかしこいつらは群体だからな数が増えるとランクが増す。この数だと三級と言ったところかな」
影狼は包囲を狭めているのだから必然的に背後にある影からも飛び出してきた。
「星宮真白。任せた」
天宮監督官はそちらを見もせずに告げる。
それに星宮さんが頷いた。直ぐに純白の剣を出現させて前の三人に聞こえるように叫ぶ。
「影狼です! 影に注意してください! 私は後ろを迎撃します!」
星宮さんが反転し、影狼たちと対峙する。一斉に飛び出してきたのは五頭の影狼。牙を剥き、今まさに星宮さんを食い千切ろうとしている。
「
純白の剣を天高く掲げて叫ぶ。呼びかけに応じ剣から閃光が迸った。光り輝く剣が地面の影を消し影狼たちが浮かび上がった。
星宮さんが流麗な動作で剣を横薙ぎに振るう。次の瞬間、轟音が鳴り響き雷が放射された。
視界を雷光が埋め尽くす。
影狼たちは咄嗟に避けようとしたが当然の如く雷の方が速い。奴らは瞬く間に飲み込まれて消滅した。
「さすが星宮の後継。やるな」
「ありがとうございます」
一撃で後ろを包囲していた影狼は殲滅された。
星宮さんは剣を消すと視線だけを天宮監督官に向けお礼を言った。
「オレたちも負けてらんねぇな!」
「だね! 小夜! サポートを頼む!」
「うん! 任せて!」
前の三人も刺激されたのか声を上げる。
颯斗の腕を蒼炎が包み込み、智琉は相棒の二丁拳銃を握った。天音さんは杖と魔導書を取り出した。
「オラァ!」
目の前にあった木の影から三頭の影狼が飛び出してきた。中央にいた影狼を颯斗が蒼炎に包まれた拳で殴り飛ばす。同じタイミングで智琉の二丁拳銃が銃声を響かせた。
颯斗に殴られた影狼は蒼炎に包まれ消滅。他二体は智琉の放った弾丸に眉間を貫かれて消滅した。
だがそれで終わりではない。
木々の影から無数の赤い眼が智琉たちを覗いている。
天音さんが右手の杖で魔術式を記述し、左手を魔導書に翳す。
「みんな一瞬だけ目に魔術をかけるね!」
そうして同時に二つの魔術を行使した。
――光属性支援魔術:
――無属性強化魔術:無盲
次の瞬間、全員の目に魔術がかかった。
触れて確認するが違和感はない。見えている景色にも異常はなく通常どおりだ。
同時に魔導書から光る球が五つ出現し周囲に展開。そして弾けた。眩い閃光が空間を満たす。
普通は目も開けられないほどの光量なのだろうが、おそらく目にかけられた魔術が無効化している。
瞬く間に影が消え、影狼が現れた。星宮さんの時と同じ現象だ。
「なるほど。隠れられる影がないと出てくるのか」
「そうだ。だから影狼に
現れた影狼は約五十体。無防備になった奴らは危険を察知しすぐに影に戻ろうした。しかしもう手遅れだ。智琉と颯斗は天音さんの魔術と同時に動いている。
「左右は任せて」
「なら俺はど真ん中行くぜ」
智琉の二丁拳銃に魔術式が浮かび光が収束していく。片や颯斗は魔術式を新たに記述した拳を振りかぶる。
――光属性攻撃魔術:
――炎属性攻撃魔術:炎界破
智琉の二丁拳銃から極太のレーザーが放たれた。
颯斗の拳に先に小さな火の玉が生まれ、それを拳で振り抜くと炎の波が出現した。
光と炎の奔流が影狼を飲み込んだ。レーザーと炎が消えた後には何も残っていなかった。木々でさえも丸っと消失している。
凄まじい威力だ。対多数相手の魔術なのだろう。効果範囲も相当だ。
「星宮刀至。範囲に魔物は?」
「俺が感知できる範囲にはいません」
「俺も同意見だ。ひとまずは戦闘終了だな」
その時異変に気付いた。焼き尽くされた地面が蠢いている。
……なんだ?
念のため刀に手をかけ観察を続ける。
すると焼かれた地面の下から木々が早送りのように成長し元通りになった。
「あれは?」
「魔境には環境を復元する力があります」
俺の言葉を拾った星宮さんが解説してくれた。
……なるほど。富士であれほど環境破壊したのに翌日には元通りだったのはそういうことか。
師匠との死闘では当然周囲も壊滅的な被害を受けることになる。しかしその翌日には環境が元通りになっていたのだ。師匠が何かしらの魔術を使って復元しているのかと思っていたが魔境の能力だったらしい。
「そうなんですね。ありがとうございます」
お礼言うと「いえ」とだけ言い、星宮さんは先へ歩き出した。
……なんか協力的になってる? いや気のせいか?
この一ヶ月、避けられ続けていたのでこれは進歩なのだろうか。しかし前も最低限の受け答えはしてくれたのであまり自信はない。でもわざわざ言葉を拾って返答してくれた事はないような気もする。
「おい星宮刀至。置いてくぞ」
そんなことを考えていたら一人だけ遅れていた。
「今行きます」
そうして俺たちは最奥部へと向けて進行を再開した。
その後も影狼の襲撃を受けたが、怪我一つなく撃退する事に成功している。ちなみに他の魔物には遭遇していない。まだ上空には暗殺鳥が飛んでいるが。
ともあれ何度か撃退してから智琉たちも慣れてきたのか、星宮さんの手を借りないで対処できるようになった。
そうして足を進めること約一時間、またもや瘴気濃度が増した。それも微々たる量ではなく跳ね上がった。
「くぅ」
天音さんが額に汗を浮かべている。心なしか智琉と颯斗も顔色が悪い。
「天音さん。俺にかけている魔術は解いていいから自分に回してくれ」
もともと富士の瘴気濃度でも支障はないのだ。こんな魔境の瘴気では空気が悪いと感じるぐらいで行動に支障はない。
普通はチーム全員に掛けるものなのかと思い黙っていたが異常事態の上、天音さんに支障が出るなら話は別だ。
「でも……」
「大丈夫だ。俺は魔力量だけなら腐るほどあるからな」
「わかりました。すみません」
天音さんは申し訳なさそうに俺にかけた魔術を解除した。しかしやはり俺にとっては空気が悪くなったぐらいにしか感じない。
「私も大丈夫です。自分でやります」
「なら俺のも解いてくれていい」
星宮さんに続き天宮監督官もそう申し出た。星宮さんの方は魔術を使ったが天宮監督官は俺と同じようにそのままだ。一級魔術師ともなれば相応に魔力量も多いのだろう。
「わかりました」
星宮さんの魔術が発動したのを確認すると天音さんは魔術を解除した。
「智琉くん、颯斗くん。二人の魔術を掛け直すね」
「わりぃな」
「ありがとう小夜」
天音さんが言うと新たに魔術式を記述した。すると三人の顔色が目に見えて変わった。どうやらこれで行動に支障はなさそうだ。
「それにしても星宮くんは魔術を使わなくて平気なんですか?」
「ん? ああこのくらいなら平気だ。心配いらないよ」
「そうですか。すごい魔力量なんですね」
「宝の持ち腐れだけどな」
俺はそう言って苦笑した。天音さんも曖昧に笑っていた。
「さてこの先が魔境の最後だ。気を抜くなよ」
そうして進むこと数分。変わり映えのない風景の中を進んでいると急に森が開けた。そこにあったのは変形したジェットコースターのレールだ。歪み、折れ曲がり円形に、鳥の巣のようになっている。
その中心にそいつはいた。
「っ!」
誰かの息を呑む音が聞こえた。
「おいおい嘘だろ」
一級魔術師である天宮監督官でさえも冷や汗を流し、狼狽えている。
俺は見たことのない魔物だった。だがこいつの存在は知っている。それ以前にこのシルエットは非魔術師ですらも知っている空想上の生物だ。
漆黒の体躯には黒曜石のような鱗がびっしりと並んでいる。背からは巨大な翼が生えており、長い尻尾はしなやかながらにその強靭さは一目見てわかる。首は長くとてつもなく太い。頭からは巨大な角が後ろ向きに二本。瞳孔は縦に切り開かれておりとてつもない気配を纏っている。
その魔物の名前は竜。
最強種と名高い魔物だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます