暗殺鳥

「私もおかしいと思う」


 颯斗の言葉に天音さんも異変を口にした。それはもちろん俺も感じた事だ。智琉も感じているのか口を噤んで何か考えているようだ。


「刀至はどう思う?」


 考えがまとまったのか智琉が聞いてきたので率直に思ったことを口にする。


「おかしいと思う。気配が無さすぎる」


 魔境に侵入してから今の今まで一度も魔物と遭遇していない。近付いてくれば気配でわかるが、その気配が全く感じられない。

 

「ちなみに星宮さんは?」

「あり得ません。わかっているとは思いますが依頼が来た時点で魔物が溜まってきている段階です。入ってすぐ遭遇しなかったのが不自然なぐらいです」


 異変が起きている魔境では何が起きるかわからない。

 等級に合わない強力な魔物が出現したり、魔境自体が変質している場合もある。

 

「智琉。どうする?」


 颯斗が暫定的なリーダーである智琉に聞いた。智琉の判断は早かった。

 

「撤退だ。監督官の判断を仰ぐ」

「オッケー! 刀至! 殿を任せていいか?」

「了解。後ろは任せろ」


 異常事態となった以上、サポートに徹するのは止めだ。魔境での異常事態は命に関わるのだから。

  

「サンキュー」


 素早く撤退を決め、隊列を変更しようとしたその時。

 唐突に星宮さんが天音さんの元へ走り出した。身体全体に魔力を迸らせ全速力で距離を詰めようとしている。

 いつのまにか純白に輝く美しい西洋剣を握っていた。

 その時の星宮さんは悲痛に顔を歪めていた。

 向かう先は天音さんの元だ。天音さんは気付いていない。

 俺もも何が何だかわからなかった。しかし何か異常事態が起きたことはわかった。

 意識を集中させる。次の瞬間、原因を見つけた。魔境の上空。それもかなりの高度に魔物が二体。

 木々に阻まれて姿は見えない。しかしその気配はどちらも天音さんに向けて急降下してきている。それも物凄い速さで。あと一秒にも満たない時間で襲撃が行われるだろう。

 星宮さんが天音さんに手を伸ばす。しかし魔物の方が圧倒的に早い。星宮さんの速度では確実に間に合わない。


 ……よく見つけたな


 俺でも気付けなかった魔物を正確に把握している。それはバケモノじみた半神の知覚能力を超えているということだ。そこに違和感を覚えた。

 どこかチグハグなのだ。星宮さんは強い。弥栄学園で一番強いのは星宮さんだ。だが一級魔術師である天宮監督官には遠く及ばない。しかし今見せている知覚能力は星宮さんの実力を超えている気がする。

 ともあれこのまま黙って見ている選択肢はない。俺は半神の身体能力を十全に駆使して走った。一瞬で星宮さんを追い抜かし飛ぶ。

 その時、魔物が木々を貫いて現れた。

 そいつは漆黒の鳥だった。身体は巨大で俺や智琉の身長よりも少し大きい。滑空体制をとっているためその姿はまるで漆黒の槍だ。

 それを力任せに蹴り飛ばした。骨が砕ける音がして漆黒の鳥が吹き飛んでいく。

 次いで二体目が飛来してきた所を刀の峰で殴りつけた。

 こちらも骨が砕け吹き飛ぶ。


「え?」


 星宮さんが呆けた声を漏らした。しかし今は気にしている場合ではない。


「引くぞ! 上と背後の警戒は任せろ!」



 

 その後、漆黒の鳥は降ってこなかった。

 いないわけではない。意識を集中させると丁度俺たちの真上に張り付き旋回しているのが気配でわかる。

 隣の星宮さんを見ると先程から心ここに在らずと言った様子だ。


「……星宮さん?」


 心配になって声をかけてみるが反応がない。この様子では万が一があり得る。星宮さんの強さがあれば問題ないのかもしれないが異常事態の真っ只中だ。何があるかわからない。


「星宮さん!」


 少し大きな声を出すとビクッと震えてからこちらを見た。


「……すみません。なんですか?」

「いえ、特に用はないんですが様子が変なので。何かありました?」

「ッ! ……大丈夫です! すみません」


 星宮さんは小さく頭を下げると目を閉じて深呼吸をした。再び目を開けた時にはいつもの星宮さんに戻っていた。

 

「……まだいますか?」

「います。今は五体がこちらを伺っています」

「あれは天隼てんじゅんという二級の魔物です。別名、暗殺鳥といいます。その名の通り気付いていない人間に先程のように滑空して襲撃を行います」

「気付いていない人間限定なんですか?」

「はい。臆病なのか気配に敏感なのかは分かりませんが初見殺しだけの魔物です。地面にいれば中等部の生徒でも倒せます。だから上の警戒はお願いします。後ろの警戒は任せてください」

「わかりました。お願いします」


 星宮さんの気配が変わり戦闘体制に切り替わったのがわかった。

 俺も上への警戒を強める。しかしそれは他の警戒を怠るという意味ではない。霊峰では全て自分で行なっていた。自分の身は自分でしか守れない。言ってしまえばそこまで他人を信用していない。

 その事に気付いてしまい。自嘲の笑みを浮かべた。

 

 そして暗殺鳥の襲撃以降魔物とは遭遇せず撤退できた。慎重に進んでいた為、行きよりも時間が掛かってしまった。

 入場ゲートから外へ出ると蓮は同じベンチでまだタバコを吸っていた。

 しかし俺たちに気付くと立ち上がった。


「結構時間かかったな。終わったか?」

「いえ、異常事態です」


 智琉の報告に天宮監督官は露骨に顔を顰めた。顔に「めんどくせぇ」と書いてある。

 しかし俺の出した端末を見ると表情を一変させた。


「中の様子を教えてくれ」


 天宮監督官の様子は真剣そのもの。先程までの気怠げな気配など微塵もない。そこにいたのは紛れもない一級魔術師だった。

 智琉が詳細に説明を行った。


「魔物がいない。いるのは高ランクの魔物だけ。確かに異常事態だな。それにしてもよくあのクソ鳥を倒せたな。あれは準一級でも負傷するぞ」

「いえ僕たちではなく刀至が」

「お前が星宮刀至か」


 天宮監督官と視線が交差する。


「……たしかにお前なら可能か。よし。少し待て」


 天宮監督官は端末を取り出すと何やら打ち込み、すぐにしまった。おそらく八咫烏に報告を入れたのだろう。


「通常、異常事態が発生した時の対応はより強い戦力を持って魔境の調査、及び魔物の殲滅を行う。普通なら実地任務はこれで中止だがお前らは普通じゃねぇ。よって続行だ。これから俺を加えた六人で魔境の調査を行う。これは任務だと思え。基本的な戦闘はそこの三人。神城智琉とえーっと」


 天宮監督官は智琉と颯斗と天音さんを指差した。

 監督官には生徒の情報は渡っているはずだが天宮監督官は見ていないらしい。智琉を知っていたのは神城家が名門だからだろうか。

 

「東城颯斗です」

「あ、天音小夜です」

「そう。その三人で基本的な戦闘は行え。そして俺と星宮二人はそのサポートだ。じゃあ行くぞ」


 そうして天宮監督官を加えた六人で再び魔境に侵入した。

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