実地任務
五月上旬のある日、学生達には実地任務が与えられた。俺の所属するチームの任務地は東京都郊外にある遊園地。その廃墟だ。
名称は大森林パーク。
オープン当時は賑わっていたが、しばらくすると事故が起き始めた。初めは小さな怪我程度だったが時が経つにつれて件数が増え重傷化していった。そして最後には死亡事故が起きた。
当時の新聞やテレビでは、「山の神を怒り」や「呪い」だと騒がれていたのだとか。
そんな遊園地に来たい人などおらず、すぐに廃園になった。やがて放置されて時間が経ち、いつしか魔物が跋扈する魔境となった。
大森林パークの魔境等級は四。大して強い魔物もおらず実地任務には最適だと言える。しかし二級の魔物を倒せる智琉たちには少しばかり物足りない魔境なのは事実だ。
学園から公共機関を乗り継ぎ、およそ二時間。
最寄り駅から歩くこと約三十分の山中に大森林パークはあった。
見渡す限りの大自然。木々の背は高く、空気は澄んでいる。その中に突如出現した人工物。おそらく入場ゲートであったはずのその場所は蔦が這い回り所々歪んでいる。
上部に設置された錆びた看板には「大森林パーク」とポップな書体で描かれているのが時代を感じさせる。
「あれ……星宮さん?」
後ろからついてきていた天音さんが小声で呟いた。
見ると入場ゲートの脇に白髪の少女が佇んでいた。
「ホントだ。みんななんか聞いてるか?」
颯斗の問いに智琉以外が首を振った。智琉だけが何やら訳知り顔だ。
「おー時間ぴったり。全員いるな〜」
背後に突如として人の気配が現れた。殺気がないので敵ではないと思ったが念のため刀に手を掛け、振り返る。
……この男強いな。
突如として現れた男を観察する。八咫烏の軍服を着ている事からやはり敵ではないのだろう。しかしそれは気を抜いてもいい理由にはならない。敵ではないからといって味方とは限らないのだから。
容姿は黒髪黒目と一般的な日本人のものだ。しかし見た目をあまり気にしないのか長めの髪はボサボサで気怠そうな目をしている。
しかし動きには全く隙がない。仮に今、攻撃しても易々と受け止められるだろう。
俺を除いた四人が男に向かって敬礼をした。
星宮さんもしたのが意外だなと思っていたら智琉に小声で名前を呼ばれた。どうやらやらないとまずいらしい。仕方なく敬礼をしようとしたら男は手でそれを制した。
「楽にして構わない。堅っ苦しいのは苦手なんだ」
「わかりました」
智琉が代表して答え、皆敬礼を解いた。
「俺は
八咫烏の軍服には肩に階級章が付いている。
蓮の言った通り、彼の階級章には「一」の文字が刻印されている。
ちなみに学生たちの制服には五級魔術師である証として「五」が刻印されている。
「今日は監督官としてここへ来ている。怪我すんなよー。はい以上」
天宮監督官が内ポケットから煙草を取りだすと火をつけた。
「それじゃ俺は待ってるからあとよろしく」
話は終わりだとばかりに置いてあったベンチに腰掛けると煙草を吸い始めた。煙が空高くへと昇っていく。煙草は少し匂いがきつかった。
監督官がそれでいいのかとも思ったが定められた仕事もできない人間が一級魔術師になれるとは思えなかったので素直に従う事にした。
「どうする智琉」
「その前に、星宮さん。今日は同じチームって事で大丈夫?」
「はい。決められた事に文句は言いません。しかし私は最低限しか手を出しませんので」
それだけ言うと星宮さんはそそくさと入場ゲートに向かっていく。
流石に智琉も苦笑いを浮かべている。
「それで智琉。なんで星宮さんがここにいるのか知ってるのか?」
一人だけ訳知り顔をしたわけだから何か知っているとは思ったがやはり心当たりがあるらしく頷いた。
「予想はしてたよ。クラスの人数は三十人。チームは五人って決められているからね。僕らが四人のままなら確実に一人余る。星宮さんが他の人とチームを組むとは思えないから初めの実地任務は暫定的に不足しているチームに行くはずなんだ」
「……だからあの時、素直に引き下がったと」
「そうなるね」
星宮さんを勧誘した際にやけにあっさりと引くなと思ったらこう言う意図があったらしい。
智琉はイタズラっ子が悪戯に成功したような無邪気な笑みを見せた。
ちゃっかりしてるというかなんというか。見た目通り頭がいいらしい。
「ちなみにここに来たのが星宮さんじゃなかったらどうしてたんだ?」
「そのときはそのときだよ」
智琉としては確度の高い推測だったわけだ。
「さあ喋ってるとはぐれちゃうから行こうか」
「だな」
「オウ」
星宮さんを追うように行動を開始した。
そして真白が入場ゲートを潜った瞬間、姿が消えた。
「星宮さん!?」
いきなり起きた異常現象に狼狽えたが他の四人は誰として平然としていた。
「そうか。刀至ははじめてなのか」
「はじめて?」
「魔境の内部は異界とでも言うべき空間が広がっているんだ。だから内部の大きさも見た目以上に広い。ここはあのゲートから先が魔境みたいだから入ると消えたように見えるんだ」
「そうなのか」
「早く行こうぜ。あんまり一人にさせると万が一もあるからな」
「そうだね。行こうか」
後に続くように魔境へと侵入した。
入るとそこには大自然に侵食された遊園地があった。
かつては賑わっていのだろうが今や見る影もない。
アトラクション等の人工物は異常成長した木々に飲み込まれ、施設には蔦が這い回っている。
上を見上げても大樹が陽を隠しており、一帯が薄暗く陰鬱な空気が漂っている。
やはり魔境の中と外とでは環境が全く違う。
富士ではあまり環境に変化はなかったが、空気の重さは段違いだった。
「とりあえず魔物はいねぇみたいだな」
「そうだね。じゃあひとまず僕たち三人で前に進むから星宮さんと刀至は後ろからサポートをお願いできる?」
「わかった」
星宮さんも否はないのか頷いた。
油断はせずに一行は進む。
先頭は颯斗が務め、その後ろに智琉と天音さんが続く形だ。
その少し離れた所にサポートに徹すると決めていた俺とあまり関わらないと宣言した星宮さんが続いている。
今回、命じられた任務は魔物の間引きだ。
初の実地任務だけあってそれほど難しくはない。むしろ簡単と言っていい難易度だ。
条件は種族指定なしの数は三十体。おそらくそれ程時間もかからずに終わるだろう。
討伐記録は配布された端末を用いて行う。
魔物は生命活動を終えると瘴気を撒き散らして消失する。その際の瘴気を解析して魔物の種類を判別するのだとか。
そうして進む事約一時間。現在地点はおよそ中間地点だ。そこで颯斗が声を上げた。
「おかしくないか?」
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