始業式

 始業式は大規模なものだった。

 小中高一貫学校である弥栄学園の全校生徒がホールに集まった。

 生徒たちは列を作って並んでいたが、俺は転入生という事で教職員の列に加わっていた。

 制服を着ているのにも関わらず教職員の列にいるのが珍しいのか、ちらちらと視線を感じる。


 ……しかし多いな。


 校舎を見て予想はしていたが、生徒の数が多い。

 一学年、三クラスの九十名。それが小中高ともなれば単純計算で千八十名。教職員を含めればもっといるだろう。

 それが学年別で並んでいる。

 見たところ前から高等部、中等部、小等部となり、右側に高学年がいる。教職員の位置はそのさらに隣だ。


 ……ていうか魔術師になる人間ってこんなに多いのか。


 魔術師は世間から秘匿された、いわば裏側の人間だ。

 そんな魔術師、魔術師の卵が目の前にたくさんいることが元一般人の刀至にとって不思議な感覚だった。


『これより始業式を開始いたします』


 アナウンスとともに始業式が始まった。

 始業式は特に変わったところはない。普通の学校のように生徒会長が話し、校長が話し、連絡事項が伝えられた。

 特に長引くことはなく二十分ほどで終わった。

 しかし最後の最後で異変が起こった。


『これにて始業式は終了しま……』


 アナウンスの途中で壇上に黒い靄のような物が出現した。それはやがて人の形を作った。

 漆黒の長髪に漆黒の目をした女性だ。

 濡羽色のローブを纏い、身の丈を超える杖を携えている。いかにも魔術師然とした人物だった。


 その人物が出現するなり教職員が一斉に跪いた。学生たちは訳も分からず困惑している。

 耳を澄ますと「だれだ?」という声が大半。壇上の人物が誰だかわかっていない様子だ。


「面をあげよ」


 凛と透き通るような声が響いた。教職員達が顔を上げ直立の体制を取る。


「生徒諸君は初めまして。私は八咫烏始祖代理のアラトニス=シャドウだ。この学園の理事長でもある。」


 よく通る声でアラトニスは名乗った。

 八咫烏の始祖代理の地位がどれほどのものかはわからなかったが、始祖という仰々しい単語が入っていることから低くないことは容易に想像がつく。


「私からも挨拶と行こうか。昨今、魔術師の質は落ちている。これは由々しき事態だ。魔術師が弱くなれば魔境の対処に追い付かず国が滅ぶ。君たちは国の守護者、その卵なのだ。ではなぜ質が落ちるのか。わかるものはいるかね?」


 アラトニスは問うた。

 しかしその異様な雰囲気に圧倒されたのか答えるものはいない。

 刀至はというと警戒心を高めていた。質問に答えるよりも意識を逸らすなと頭の中で警鐘が鳴り響いていたからだ。


「いないか。これは期待外れだな。しかし面白いのも何人かいるな」


 アラトニスが冷めた瞳で眼下を睥睨する。無機質な表情と相まって冷徹な印象を受けた。

 生徒の列を見回した後、アラトニスは教職員の列に目を向けた。

 そして目があった。

 吸い込まれそうなほど暗い、闇のような瞳だ。

 とても嫌な予感を覚えた。その予感を裏付けるかのようにアラトニスが不敵に笑った。

 しかしアラトニスはすぐに視線を外すと言葉を続ける。


「答えは危機感の欠如だ。強敵と相対することがなければ人は弱くなる。死の危機が人を成長させるのだ」


 どうやらアラトニスは師匠と同じような考えを持っているらしい。


「……よって私がキミたちの危機となろう」


 教職員の数人が身構えたのがわかった。工藤先生もそのうちの一人だ。

 よくよく見ると強そうな気配を持った数人の教師は全員身構えていた。

 俺も気を引き締める。


「――では始めよう」


 瞬間、アラトニスから殺気が迸った。

 師匠の殺気と遜色の無いほど圧倒的な死の気配が体育館を満たす。


 意識を失い倒れるものが多数。蹲るものが若干数。そして立っていられたのはわずか数名。

 俺はというと――。


 殺気が放たれた瞬間、気付いたら身体が動いていた。

 それは修行中に経験した度重なる死の予感からの反射。死の気配を感じたら無意識でも身体が動くように。そう修行してきた。頭で考えていたら遅い。富士の魔物は、正真正銘のバケモノどもは思考を待ってくれやしない。


 ――殺られる前に殺る。


「『白帝』! 『虚皇』!」


 出し惜しみはしない。使用を禁じられた銀と黒の魔剣が姿を表す。

 身体を沈め、足に力を溜める。並行して白帝に身体中の魔力を注ぎ込む。

 一般的な魔術式では刀至が持つ膨大な魔力を受け止めきれない。しかし、この魔剣たちは別だ。

 普通の魔術式ならばとっくに破綻している量の魔力を喰らっても未だ限界が見えない。

 それよりも「もっとよこせ」とばかりに刀至に魔力を喰らい尽くす勢いだ。


 半神の身体能力を駆使して、彼我の距離を一呼吸のうちに詰める。

 その姿はまるで黒銀の流星。


「シッ!」


 裂帛の気迫を込めて白帝の斬撃を放つ。後のことなんて考えていない全力の斬撃がアラトニスを襲う。

 銀光がアラトニスに迫る。しかし、アラトニスは刀至の一挙手一投足を見ていた。

 ほぼ一瞬で放たれた斬撃にアラトニスは右手を掲げる事で応えた。

 直後、轟音と共に衝撃が体育館を揺らした。


「――チッ!」


 口から思わず舌打ちが漏れた。アラトニスが掲げた右手にはいつのまにか黒い靄が出現していて斬撃を受け止めていた。


……バケモノか!


 富士の魔物でも一撃で絶命させるほどの斬撃だった。魔剣の性能も相まって、今までで最高の攻撃だったと自負している。

 しかしアラトニスは片手だけで防いだ。


……なら!

 

 すかさず虚皇に魔力を込め、ニノ太刀を振ろうと構える。

 だが動作に移る直前でアラトニスの左腕が襟を掴み強引に引き寄せた。


「なるほど。これは凄まじいな。さすがは半神と言ったところか」


 アラトニスは周りに聞こえないよう小声でいった。

 

「――ッ! ……なぜ知っている!」

「見ればわかる。それより……」


 アラトニスが視線を俺の背後へ向ける。


「彼らが強者だ。よく覚えておけ」


 アラトニスは襟を離すと殺気を霧散させた。警戒をしつつ生徒の列に視線を向ける。

 小等部、中等部は全滅だ。

 高等部でも立っているのは三人。蹲りながらも意識のある者は五人。他は全員気絶している。

 立っているのは者の中には星宮さんも含まれていた。

 しかし立っていると言っても全く同じ状態なわけではない。

 星宮さんは余裕があるように見える。だが、すぐ近くに立っている眼鏡をかけた男子生徒は額に玉のような汗を浮かべている。おそらく立っているだけでやっとの状態だ。

 もう一人、位置が離れていることからおそらく上級生の女子生徒。こちらは男子生徒よりは余裕があるが、星宮さんよりはない。ちょうど二人の間と言ったところだろうか。


「これを見せるために?」

「魔術師の仕事はチームで行うのが基本だからな。お前ほどの逸材を凡人と組ませるのは勿体ない」

「……なぜそこまでしてくれるんです?」


 アラトニスの言った理由は納得できる。俺が学生レベルの魔術師と同じチームになっても百害あって一利なしだ。学生は俺についていけず俺は学生から得るものがない。

 しかし何故ここまでしてくれるのかがよくわからなかった。

 

「頼まれごとだよ。お前の師匠からな」

「師匠から?」


 実の所、俺は師匠の素性をよくわかっていない。

 ただの強いおっさんぐらいの認識しかない。その強さが異次元なのだが。

 ともあれそんな師匠が始祖代理に頼み事をできる身分だとは思っていなかった。

 日本魔術界の御三家、星宮と繋がりがあり始祖代理だというアラトニスと繋がりがある。

 ただのおっさんならおかしい事だらけだが師匠の強さなら納得もできてしまう。


 ……まったく何者なんだよ……。


「では私の用件は済んだ事だし行くとするか。っとその前にお前は元の場所に戻れ」


 アラトニスが俺に手をかざすと視界が闇に包まれた。次の瞬間、視界が晴れた。


「なっ!」


 アラトニスが壇上にいる。それは変わらない。だが壇上にいたはずの俺がアラトニスを見上げていた。それに詰めたはずの距離も戻っている。


 ……転移魔術か? 魔術式なんて見えなかったぞ!


 改めてアラトニスの実力に戦慄していると、壇上で彼女は口を開いた。


「緋月火憐、星宮真白、神城智琉。お前達には期待しているぞ。精進を怠るな」

「「「はい!」」」


 名前を呼ばれた三人が声を揃えて返事をした。

 それを聞いたアラトニスは一つ頷くと現れた時と同じよう黒い靄となって消えた。


 そうして波乱の始業式は幕を下ろした。


 ……それにしても。


「これどうするんだ?」


 死屍累々となった体育館を見ながらつぶやいた。

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