学園

 修司さんとの話が終わった時には時刻は八時になっていた。学園には八時半集合の為、時間に余裕はない。

 幸い学園までは五分で行けるとの事だった。星宮さんが案内をしてくれるそうなので十分後に正門の前で待ち合わせをしている。

 なので自室となる部屋に案内された後、すぐさま制服に着替える事にした。


「たしかクローゼットの中に用意してくれてるんだっけ?」


 修司さんに言われた通りクローゼットを開けると濡羽色の制服がハンガーにかけられていた。

 たったの数時間前に連絡を受けたと言うのにすぐに用意してくれたのだから星宮家には感謝しかない。

 早速制服を取り出すと着替えを始めた。


「それにしても久しぶりだな」


 グレーのシャツに袖を通しながらつぶやく。修行が始まってからずっと和装しか着ていなかった為、制服のようにきっちりとした服を着るのはこれまた約二年半ぶり、もしくはそれ以上だった。

 和装に慣れていた事もあり、少し窮屈に感じるがこれから毎日着ることになるのだ。そうも言っていられない。


「まあそのうち慣れるか」


 手早くズボンを履きジャケットを羽織りネクタイを締めれば着替え完了だ。最後に姿見の前でおかしなところはないかと確認する。


「よし! 大丈夫そうだな!」


 サイズも問題なくて一安心だ。今日は始業式の為、特に荷物もない。修司さんによると武器さえ忘れなければいいらしい。

 始業式に武器がいるとは本当に魔術学園なんだなと今更ながらに実感が湧いてくる。バックから二振り愛刀を取り出し先程修司さんから貰った竹刀袋に入れる。それを肩からかければ準備は完了だ。

 ちなみに弥栄学園の生徒は銃刀法が適応されない。

 たとえ警察に声を掛けられても生徒手帳を見せれば見逃されるのだとか。

 

 一応『白帝』と『虚皇』はいつでも取り出せるが、師匠から学生相手には使用禁止と言われているので出番はないだろう。


「はたから見たら剣道少年だな」


 部屋を出る際にチラと鏡を見て苦笑を浮かべながら、星宮さんが待つ正門へと向かった。




「お待たせしました!」


 正門に着くと既に制服に身を包んだ星宮さんがいた。

 濡羽色の制服に白くて長い髪がよく映えていてとても似合っていた。

 だから思ったことをそのまま口にした。


「とても似合っていますね」

「……ありがとうございます」


 星宮さんは大して反応も見せずにそれだけ言うとスタスタと歩き出してしまった。

 俺も慌てて後を追う。


 ……やっぱ歓迎されてないよなぁ。


 星宮さんと修司さんのやりとりを見て率直に思ったことだ。

 星宮さんは俺が養子になるのに反対していた。修司さんに言いくるめられる形で強引に納得させられた感じだ。


 ……俺なにかしたかな?


 全くもって身に覚えがない。確かに初対面の印象は悪かったと思う。

 星宮さんも警戒していた。あそこで悪い印象を与えてしまった可能性は十分にある。

 しかしあそこまで反対するものだろうか。

 確かに見知らぬ男が突然養子になり、一つ屋根の下で暮らすことになったら年頃の少女である星宮さんは不安に思うだろう。

 だが彼女は魔術師だ。一般人とは違い、力を持っている。

 だからこの理由は推測としては少し弱い気がする。きっと理由は別にあるのだろう。


 そんなことを考えながら歩いているとすぐ学園に着いた。

 

 弥栄学園。表向き超の付くほどのエリート校。しかし裏側は魔術師育成機関。

 日本最大の魔術師結社『八咫烏』が運営母体となる学園だ。

 

 同じ濡羽色の制服を着た大勢の人が校門へと向かっている。これが全て魔術師なのだ。数年前まで御伽噺の住人だと思っていた人々がこんなに大勢いるなんてとても信じられない。

 自分の知っていた世界がいかに表面的な物だったのか思い知らされた気分だ。


 ……それにしても大きいな。


 学園は巨大だった。敷地面積など見当もつかない。星宮家の武家屋敷も大きかったが、弥栄学園はそれ以上だ。

 校舎は七階建てでコの字型をしている。校門からみて左右、そして奥に校舎がある。

 校舎のそのまた奥には高層ビルが三棟立ち並んでいた。何十階建てなのかはここからでは検討もつかない。

 そんな学園に圧倒されている俺を置いて星宮さんはスタスタと校門を潜ってしまった。

 慌てて追いかける。そして校門を潜った瞬間、違和感がした。

 違和感と言っても決して悪いものではない。それにこの感覚は隠れ家でも経験している。


「結界か?」


 俺の言葉に星宮さんが初めて反応を示した。


「わかるのですか?」

「住んでいたところにも似たようなものがあったので。それにしても巨大ですね。学園の敷地全てを覆っている。この規模の結界は初めて見ました」


 富士樹海の隠れ家にも結界が張ってあった。

 結界と言っても隠れ家全体を覆えるほどの小規模なものだ。師匠のお手製らしく修行していた二年半の期間、一度も破られていない。

 その為、生活区域は安全が保障されていた。師匠という危険はあったが。


「この学園全体を感知できるのですか?」


 星宮さんは振り返ると疑うような視線を向けてくる。

 

「感知?」

「……え?」

「え?」


 俺の言葉が意外だったのか、星宮さんは狐につままれたような表情を浮かべた。

 しかし俺も星宮さんの言う「感知」が何を示しているのかがわからなかった。


「感知ですよ? 魔力感知。それで結界の大きさがわかったのでは?」

「魔力感知……ですか?」


 魔力の感知。言葉でならわかる。どういう意味かも理解できる。しかし魔力を感知できること自体を今知った。


 そもそも魔力とは魔術師なら誰もが持っているエネルギーらしい。一応、非魔術師も魔力が全く無いわけではないが魔術が使える程は持っていない。

 魔術師は魔力を用いて魔術を行使する。俺も魔力はもっている。それも【神降ろし】の影響で常人では考えられないほどの魔力量を誇る。

 しかしそれを十全に扱えない。この魔力はその膨大さ故に全くコントロールができない。

 魔術の根幹である魔術式を記述することすらできず、完成している魔術式に魔力を流し込もうものならば式が崩壊する。

 故に俺は魔術に関していえば能無しなのだ。


「貴方は魔術師じゃないのですか?」

「俺は剣士ですよ」

「………………え?」


 星宮さんが足を止め訝しむように目を細めた。しかし俺は至って真面目だ。なんと言ったものか。同じように足を止めて頬を掻く。


「待ってください。この学園がどんなところかはご存知ですよね?」

「魔術師を育成する機関って聞いてます」

「魔術剣士って事ですか?」

「いえ、俺は魔術が使えないのでただの剣士です」


 星宮さんの頭上に無数のハテナが浮かんだ。

 目の前の人間がなにを言っているのかわからないと言った顔に書いてある。だが事実しか言っていない。


「魔術師じゃないのに入学できたんですか?」

「……もしかして普通はできないんですか?」

「当然です! ここは魔術師育成機関ですよ!?」


 流石に我慢できなかったのか星宮さんの声が少し声が大きくなった。星宮さんに周囲の視線が集まり、恥ずかしそうに「すみません」と頭を下げた。

 すると再び歩き出してしまったのでついていく。

 

「……確かに言われてみればそうですね。もしかしてちゃんと手続きできてないとか?」


 一気に不安になってきた。嫌な汗が頬を伝う。

 修司さんが手続きを行ったのなら心配する事はない。今朝会ったばかりだが、信用できる人だと思う。

 しかし師匠が手続きを行なったのなら全く信用できない。手続きがきちんと行われていない可能性が十分にある。


「いえ、弥栄学園でそのようなことはないと思いますけど……。まあ行ってみればわかりますか」


 星宮さんの言う通り行けばわかる。逆に言うと行かなければわからない。伝わってなかったら改めて修司さんに相談しようと意識を切り替える。


「ともあれ、ではなぜこの結界を感知できたんですか?」


 話が戻った。とは言っても俺自身、よくわかっていない。よくわかっていないことは言葉にし難い。

 こう言ったら呆れられるだろうなと感じたが、こればかりは仕方ない。

 

「感知も何も気配でわかりません?」

「……わかりません」


 案の定、星宮さんが呆れたように息を吐いた。

 

 ……感覚的なものだしなぁ。他人がわかるわけないか。


 魔力感知ならぬ気配感知。これは修行中に身に付いた物だ。というより気付いたらできるようになっていた。説明しようとしても感覚でしかないため難しい。

 そもそも富士にいる魔物は控えめに言ってもバケモノだ。このぐらいできなければ生きてはいけない。だから富士にいるバケモノを相手取るにはこれが常識だと思っていた。だがどうやらそうではないらしい。

 

 そんなことを考えていたら予鈴を報せるチャイムが鳴った。どうやら長話をしてしまったらしい。急がないと遅刻してしまう。


「急がないと遅刻してしまいますね」


 星宮さんも同じことを思ったのかそう言った。

 

「そうですね。急ぎましょう」


 そうして二人は下駄箱へと向かった。

 



 俺は転入生なのでまずは職員室へ赴くようにと修司さんから言われている。

 星宮さんは自分の教室に行くとのことだったので職員室の場所を聞いてから分かれた。

 職員室は一階の奥まった場所にあるようだ。広大な校舎のため迷うかと思ったが、一本道だったため迷うことなく着いた。

 

 ……しっかり転入生の話は伝わってるのか?


 すこし不安に思いながら職員室の扉をノックする。


「すみません。転入生のいわ……星宮刀至です」


 岩戸と言いかけたが慌てて訂正した。これからは星宮刀至なのだと改めて肝に銘じておく。

 バレると師匠や修司さんに迷惑が掛かる。それは本意ではない。


「星宮家当主から職員室へ赴くようにと言われて来たのですが……」

 

 一瞬沈黙があったが、中から誰かがこちらへ来る気配がしたので扉を開ける事はせずに待った。

 少しすると一人の男性教師が扉を開けて現れた。

 鬣のような金髪に口髭、野性味を帯びた顔はまるでライオンのようだ。制服と同じ、濡羽色の軍服を着ているが鍛え上げられた筋肉ではち切れそうだ。

 そんな男はニカっと笑うと握手を求めてきた。


「君が転入生か! 俺は一級魔術師の工藤翔くどうかけるだ! よろしくな!」


 魔術師には階級がある。

 下から、

 五級魔術師。

 四級魔術師。

 三級魔術師。

 二級魔術師。

 準一級魔術師。

 一級魔術師。

 そして、最上位の零級魔術師。

 師匠によれば零級魔術師は魔術結社『八咫烏』内で最強の十人に与えられる特別な階級らしく『十鴉影将とあえいしょう』と呼ばれる。全ての魔術師の目標であり憧れの存在なんだとか。

 弥栄学園、その高等部に進学した段階で生徒たちは皆、五級魔術師になる。

 そこから任務をこなして階級を上げていくのだが一級魔術師は数えるほどしかいないと聞いた。

 目の前の魔術師が実力者であることは疑いようがない。


「星宮刀至です。よろしくお願いします」


 俺は工藤先生の手を取り握手を交わした。

 大きな手だ。この手は剣を握った者の手ではない。おそらく拳を武器とした武闘派の魔術師なのだろう。


「おう! 星宮は高等部一年の一組だ」


 どうやら手続きがされていないことはなかったようで先程抱いた不安は杞憂だったらしい。

 本当によかった。師匠の事だから学園に連絡していない可能性も考えていたのだ。

 もしかしたら修司さんがやってくれたのかもしれないが、それは神のみぞ知る。正直聞きたくもない。


「星宮はこの学園でのクラスの意味を知っているか?」

「いえ。知りません」


 何度もいうが師匠からはなにも説明を受けていない。俺にあるのは魔術師についての最低限の知識だけだ。

 普通の学校ならばクラスはランダムで決められる。そこに意味はない。

 例外的に特進クラスのある学校もあるらしいが、弥栄学園でもそういった意味合いのクラス分けがあるのだろうか。


「なら先に教えておこう。この学園では一クラス三十人だ。そしてクラスメイトはテスト毎に変わる」

「珍しいですね。普通の学校なら一年毎ですよね?」

「そうだな。だが弥栄学園は普通じゃない。この学園は実力が全てだ。定期テストの結果で上から三十人ごとにクラス分けが行われる」

「ということは一組の人間が上位三十名ってことですか。でもなんで俺が一組なんですか? テストとか受けてないですけど……」


 学園に行けと言われて来ただけなのでいきなり高等部一年の中の上位三十名に入れられる事に違和感を感じる。


「さあな。それは俺も知らないが理事長からのお達しだ。星宮っていうのが関係してるんじゃないか?」


 つまりコネか。おそらく工藤先生の言った通り星宮家が何かしら働きかけたのだろう。

 あんな立派な武家屋敷に住んでいるのだから星宮家はそれなりの地位だと思っていたが、最上位クラスに魔術師でもない人間をねじ込めるとは予想以上に高い地位の家らしい。

 だから聞いてみた。


「……星宮家ってそんなに凄いんですか?」

「は?」


 工藤先生が呆けた声を出した。何を言われたのか信じられないと言った様子だ。


「今なんて言った?」

「星宮家ってそんなに凄いんですか?」

「……聞き間違いじゃなかったか。しかしお前、本気か? 星宮家といえば『八咫烏』の御三家じゃねーか。日本魔術界の重鎮だぞ」

「……」


 あきれたように発せられた工藤先生の言葉に驚いた。予想以上に大物だった。というよりそもそも御三家とか仰々しいものが魔術師の世界では当たり前な事にも驚いた。


「まあ元は非魔術師だったのなら仕方ないか……。だがこれからは弥栄学園の生徒だ。そこら辺も勉強して、より励むように」

「はい。わかりました」

「さっそく今日の予定だが、これから始業式がある。星宮にはそれに参加してもらう。そのあとはホームルームだ。そこでお前の事を紹介する」

「了解しました」


 するとタイミングよくチャイムが鳴った。


「丁度いいな。行くぞ」


 先に廊下に出た工藤先生に続いて俺も廊下に出た。

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