星宮家
屋敷に入るなりまずは客間に通された。少女は当主に取り次ぐために席を外している。
俺は案内された部屋の中をぐるりと見渡した。
外観から予想はしていたが当然のように和室だ。どうやら日本の魔術師は和室が好きらしい。とはいっても俺が知る魔術師が師匠とこの家の人ぐらいしかいないので偏見でしかないのだが。
……魔術師がみんな日本風なわけないよな?
ともあれ長いこと和室で生活していたので居心地がいい。
荷物を置き、待つこと数分。少女が客間に戻ってきた。
「お待たせいたしました。こちらへどうぞ」
少女の案内のもと当主がいるという大広間へと移動した。
大広間へと入ると大きな机があり、上座に一人の男が座っていた。黒いスーツをきちりと着こなした真面目そうな顔立ちの男性だ。
歳は四十代だろうか。髪と瞳は黒く、典型的な日本人といった風貌。髪は少し長く眼鏡をかけていることから理知的な印象を受ける。
「お父様。連れて参りました」
「うん。ありがとう」
白い少女の言葉に男は柔和な笑みを浮かべた。
「では私は準備があるのでこれで」
「ああ真白も聞いていってくれるかな? 関係のある話だから」
「……わかりました」
どうやら少女は真白というらしい。容姿にとても合っている名前だ。
彼女は頷くと男の隣に座った。
「キミも座ってくれ」
そう言われて俺は下座に腰を下ろした。
「まずは遠い所から来てくれてありがとう。私の名前は
「ご丁寧にありがとうございます。岩戸刀至です」
「それでこっちは娘だ。ほら真白」
「
失礼ながら星宮親子を見て、似てないなと思った。
修司さんの容姿は平凡なものだ。顔は整っていて理知的な印象を受けるがとびきりかっこいいというわけではない。
しかし星宮さんはと言うと、とびきりの美人だ。そこいらの芸能人やモデルにも引けを取らない容姿をしている。
日本人離れした雪原のような白髪がその印象を加速させている。
簡単にいうと星宮さんの容姿が飛び抜けているのだ。
「似てないと思ったかい?」
心臓がドキッと跳ねた。思い切り図星だった。視線を彷徨わせたがそれはもはや「そうだ」と言っているようなもの。
俺はバツが悪くなり、素直に謝罪を口にした。
「すみません」
「ははは。キミは正直だな。でも謝る事じゃないよ。よく言われるからね。真白は母親似なんだ。美人だろう?」
「ちょっとお父様!」
星宮さんが慌てて声を上げた。恥ずかしいのか頬が赤くなっている。
修司さんが軽快に笑う。
「ともあれ刀至くん。キミの事は先生から聞いているよ」
「先生?」
「そう先生。キミの師匠だ。そして私と先生の関係はこれを見ればわかるかい?」
そう言って掲げて見せた左手の中指には刀至の中指に着いている指輪と同じものがあった。
まさか唯一の兄弟子にこんなに早く会う事になるとは思わなかった。
「どういうことですか?」
疑問の声を上げたのは星宮さんだ。
はたから見ると何もない手を見せつけただけのように見えたはずだ。当然の反応といえる。
「真白には時が来たら教えるよ」
「……わかりました」
自分だけ除け者にされたのが不服だったのか星宮は少し不満そうに頬を膨らませた。
「まあキミのことを聞いた、と言っても聞いたのはついさっきなんだけどね。いきなり連絡してきて驚いたよ」
……聞き捨てならない言葉を聞いた気がする。
「さっき……ですか?」
「うん。三十分ぐらい前かな?」
……それはつまり、出立してから連絡したという事か?
俺が富士樹海の隠れ家を旅立ってからおよそ七時間。その間、いつでも連絡できたはずだ。
夜は迷惑だからと遠慮した可能性もあるが、普通は連絡をしてから送り出すものじゃないのかと思わずにはいられない。
思わず頬が引き攣った。
それに気付いたのか修司さんも苦笑を浮かべた。
「その顔は、また先生が何かやったんだね」
「ええ……まあ。そうです。学園に入れと言われて出立したのが日付が変わって直ぐだったんですよ」
別に隠す事でもないので素直に白状した。
「それは何というか……先生らしいね」
「ですね……」
修司さんが疲れたような笑みを見せた。
兄弟子ともなると師匠のメチャクチャには俺以上に付き合わされているはずだ。通じるものを感じて曖昧に笑ってみせた。
「さて! じゃあ早速だけど本題に入ろうか」
修司さんはそう言うと空気を切り替えるように柏手を打った。
「私は先生に大恩がある。だから頼られた時は可能な限り応えるようにしている。今回のこともそうだ。学園の卒業までキミのことは私が面倒を見る事になった」
「え?」
星宮さんが思わずと言った風に声を漏らした。
慌てて口に手を当てていることから本意ではなかったのだろう。
しかし黙っていることはできなかったようで修司さんに言い募った。
「お父様。どういう事ですか?」
「言葉の通りだよ。刀至くんは星宮家で預かる事になった。簡単に言うと養子だ。真白もよろしくね」
「よろしくねって……でも私は……!」
星宮さんが身を乗り出す勢いで修司さんに迫る。見れば肩が震えていた。
しかし当の修司さんは星宮さんの反応は想定内だったのか諭すように言葉を口にする。
「わかっているよ。だが彼なら大丈夫だ」
「……何も根拠に!」
尚も言い募る星宮さんを修司さんは片手を上げて制した。
「真白。君もわかるだろう? このままじゃいけないって。だから私を信じてくれ」
修司さんの言葉に星宮さんは俯いた。そして絞り出すように言葉を溢した。
「…………養子ということは星宮家に入るという事ですか?」
「その通りだね」
「それは……他の家が黙っていないのでは?」
星宮さんの様子は何か理由を探しているようにも見えた。どうやら歓迎されていないらしい。
「まあそうだね。でもこれは譲れない。私と先生の間にはそれだけ大きな恩があるんだ」
「…………わかり……ました」
渋々といった様子で星宮さんは引き下がった。
その様子に修司さんはホッとしたように息をついた。
しかし肝心な問題が残っている。
「待ってください! 養子ですか?」
当事者であるはずの俺が置いてけぼりだった。養子なんて話はまるで聞いていない。
「聞いていないんだね……。まずは食い違いがあるといけないから刀至くんの聞いた事を教えてくれないかい?」
「ええ。と言っても学園に入れと言われて地図を渡されただけですが」
「うーん。やっぱりと言うべきか先生は何ひとつ説明していないんだね。まああの人がちゃんと説明なんてするはずないか……」
修司さんは天を仰ぎ目頭をおさえた。
「よし。なら私から説明しよう。まずさっきも言った通り刀至くんは星宮家の養子になる。急だったからいま手続きは進めているところだけど、今日から君は星宮刀至になる訳だ。これは岩戸刀至の身の上だと不都合があるからだ。理由はわかるね?」
これは岩戸刀至という人間が戸籍上もう生きていないからだ。どうやらそこら辺も師匠から聞いているらしい。
あえてボカして言ったのは星宮さんがいる為、配慮してくれたのだろう。
師匠が手は打ってあると言っていたのはこの事だろう。正確には手を打っていた訳ではなく丸投げだった訳だが。ともあれ死んでいる人間が学園に通えるはずもないので養子という手段には納得した。
「はい」
「だから星宮刀至として学園に通う」
「それはわかりました。ですが、私はどこから来たことになっているんですか?」
「当然の疑問だね。君は星宮家が運営している施設から引き取ったことになっている。これでも星宮家は名家でね。少し強引な手も使えるんだ」
「すみません。お手数おかけしました」
修司さんは簡単に言っているが、実在しない人間を養子に迎えるのだ。容易にできることではない。おそらくかなりの手間が掛かっている。
俺は感謝の意を込めて頭を下げた。
「だから私はキミの事を息子として扱う。キミも私を父親だと思ってくれ。この家も実家だと思って寛いで貰って構わない。部屋は後で案内するよ」
「何から何までありがとうございます。これからよろしくお願いします」
俺は二人に頭を下げた。
「それと敬語も不要だよ。なんならお父さんと呼んでくれてもいいよ。真白は呼んでくれないからね」
修司さんが戯けた様に言う。気さくな人の様で安心した。
しかしそれとこれとは別問題だ。会ったばかりの人を父と呼ぶには少し抵抗がある。なにせ本当の父親が誰かもわからない。父がどういった存在かすらあまり理解していないのだ。
「……善処します」
こうして俺に新たな家族ができたのだった。
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