八咫烏
嵐のような始業式が終わり、職員室へと戻ってきた。
結局あの後、死屍累々の状況をどうにかすべく教職員達が魔術を使った。その魔術は意識を覚醒させるものでまず教職員を起こし、生徒全員を手分けして起こしていった。
俺は魔術が使えないので端っこでその様子を眺めていた。
何はともあれ波乱の始業式は終わった。
今は工藤先生の準備ができるまで職員室にある面談用の個室で待機しているところだ。
「星宮ー」
「はい!」
ノックをされたので返事をすると工藤先生が紙の束を抱えて部屋に入ってきた。
「……っと星宮は二人いるから紛らわしいな。刀至! 準備ができたから行くぞ!」
どうやら工藤先生は俺の事を名前で呼ぶことに決めたようだ。
たしかに星宮は星宮さんもいるし、紛らわしい。それにまだ星宮と呼ばれるのには違和感があるのでそちらの方がありがたい。
「それ持ちましょうか?」
工藤先生が持っている紙の束を指差して言う。年長者だけに持たせているのはなんとも居心地が悪かった。
「ん? いや大丈夫だ。転入生がプリント抱えて入ってきたらシマらねぇだろ?」
「……ごもっともですね」
プリントを抱えて教室に入ってくる転入生。なるほど確かに締まらない。
クラスは第一棟、校門から見て正面の校舎にあるらしい。
ちなみに第二棟が右の校舎で第三棟は左の校舎だ。
第一棟が高等部、第二棟が中等部、第三棟が小等部となっている。
一年生のクラスは第一棟の二階にある。七階建てのためエレベーターが設置されているが二階なら歩いたほうが早い。
「それにしても綺麗な校舎ですね」
「表向きはエリート校だからな。小汚かったら不審がられるってんでそこら辺にはしっかり金を掛けてるんだ」
「たしかに小汚いエリート校はなんか嫌ですね」
そんな他愛のない話をしながら歩くことわずか数分、教室の前へと到着した。俺が通っていた小学校の教室は前後に扉が二つあったがこの教室は一つだけだった。
「少し待っていてくれ」
工藤先生はそう言い残し先に教室へと入った。中から挨拶をしている音が聞こえる。ここら辺は普通の学校と同じらしい。
しばらくすると教室内から名前を呼ばれたので入室する。
教室は広かった。クラスの人数は三十人なのにも関わらず一人一人に大きな机が割り当てられている。小学校で使っていた机を四つ組み合わせてもまだ足りないぐらいの大きさだ。
黒板が見えやすいようにか、教室は階段状になっており半円形に教壇を囲んでいる。
前に映画で見た外国にある大学の講堂に似ている。
「じゃあ刀至。自己紹介を頼む」
「はい」
工藤先生からチョークを受け取り黒板に大きく名前を書いた。
黒板に記された「星宮」という文字に教室がざわつく。どうやら転入生の情報は何も伝わってないらしい。
……まあ昨日決まったことだし当然か。
そんなことを思いながら名前を名乗る。
「星宮刀至です。特技は剣術。よろしくお願いします」
背筋を伸ばして頭を下げた。数秒で頭を上げると教室を見回す。
見れば始業式でアラトニスの殺気を受けて立っていた二人がいた。言わずもがな一人は星宮さんだ。もう一人はアラトニスに神城智琉と呼ばれた眼鏡をかけた男。
他にも気絶していなかった者の全員がいた。彼ら彼女らの名前は不明だ。
「じゃあ誰か質問とかあるやついるか?」
「はい!!」
一人の男子生徒が気勢よく手を挙げた。
始業式で気絶していなかった者の一人だ。前髪を上げた短めの金髪。耳にはピアスを付けている。快活そうな表情も相まって「やんちゃ」といった言葉がよく似合う男だ。
「じゃあ東城」
「なんで星宮なんだ!?」
工藤先生に名前を呼ばれた瞬間、大声で質問を飛ばした。クラス中が気になっていた話題だったようでヒソヒソと声が聞こえる。
普通は聞こえない程の声量なのだが半神の身体には丸聞こえだ。
「星宮ってあの星宮?」
「星宮さんとはどんな関係なんだ?」
「もしかして弟とか?」
誤解が加速する前に答えようとしたが工藤先生が待ったをかけた。
「まて東城。まずは名乗ってからだろ?」
「そっか確かに! 悪かった! 俺は
「養子だよ。前は星宮家が運営している孤児院にいた」
初対面の相手に嘘をつくのは心苦しい。しかしバレるわけにはいかないので修司さんと打ち合わせた内容を口にする。
星宮家にはいくつか運営している孤児院がある。目的としては才能ある魔術師の卵を見つけ支援するための孤児院だ。その中の一つから才能を見出されて養子になったという設定だ。
「なるほど。星宮ならあの強さも納得だな!」
「あの強さ? 東城は彼の事を知っているのか?」
後ろの方に座っていた男子生徒が颯斗に聞いた。彼の顔に覚えはない。おそらく殺気に耐えられずに気絶してしまった生徒だろう。
「ん? ああ。お前ら気絶してたから見てねぇのか。あのアラトニス様に斬撃カマしたんだよ」
「は?」
男子生徒が絶句した。周りの生徒達もざわつく。ざわついてないのは意識を保っていた数人だけだ。
その中の一人である星宮さんは最後列の窓辺の席にいて外を見ていた。我関せずの姿勢だ。
……いいなぁあの席。
一番後ろの窓際。一番人気と言っても過言ではない席だ。
「ちょっと待て。転入生なのにあの殺気の中で動けたのか?」
「俺は見たぜ。なあ智琉!」
「そうだね。僕も見たから間違いないよ」
話を振られた神城が頷いた。
「神城が言うならそうなのか……」
「ちょっとまて! 俺の言ってることは信じられないってのか!?」
「東城だからなぁ?」
クラスメイトの大半もうんうんと頷いていた。どうやら東城という男はクラスのムードメーカーのような存在らしい。
「さて他に質問のある者はいるか?」
それからいくつか質問に答えて自己紹介の時間は終わった。
「刀至の席は星宮の隣な。一番後ろだけど視力とかは大丈夫か?」
「はい。問題ないです」
「そうか。なら早速座ってくれ」
工藤先生に言われた通り星宮さんの隣の席に腰掛けた。朝から避けられていたので近くになるのは好都合だ。せっかく家族になったのだからこのままギクシャクとした関係ではいたくない。仲良くはならずとも世間話をするぐらいには関係を改善したいと思う。
「改めてよろしくお願いしますね」
「……はい。よろしくお願いします」
星宮さんはチラリとこちらに視線を向けると会釈した。すぐに視線は窓の外に戻ってしまったが。
……まさに前途多難だな。
かといって原因がわからない以上、あまり踏み込みすぎるのも良くない。
こればっかりは時間をかけてどうにかするしかない。
「ではホームルームを始める!」
俺が席についたのを確認すると工藤先生が口を開いた。
「今日やるのは実地任務のチーム決めだ!」
実地任務という単語は聞いたことがなかったので工藤先生の話に耳を傾ける。
「だがその前にお前達に話しておくことがある。早速だが刀至! 八咫烏に所属する魔術師の存在意義は何かわかるか?」
いきなり指名され驚いた。椅子から立ち上がり考える。とはいえよくわからなかったので今まで自分がやってきたことを答えた。
「……魔物を狩ることですか?」
魔物とは魔境に生息する一種の生物だ。
魔物は魔境に蔓延する瘴気から生まれる。瘴気が集まるとまず核という物質が作られる。そして核が一定以上の大きさになると魔物へと進化する。
魔物の特性は二つある。
まず一つ目。
魔物は原則魔境から出られない。これは瘴気の蔓延する魔境は魔物の生存に適した環境であるためだ。具体的に言うと瘴気のない空間だと身体能力が劇的に下がってしまう。そんな事になれば瞬く間に討伐されてしまうだろう。言ってしまえば魔物なりの生存戦略だ。
二つ目。
魔物は人間を捕食する。これは人が持つ魔力が核の強化を促進するからだと考えられている。強化を重ねると魔物は進化する。進化した魔物はどれも飛躍的に強くなる。
この話を聞いて、なら放っておけばいいと考える者も多いだろう。初めて師匠からこの話を聞かされた時、俺もそう思った。魔物は原則魔境の外へは出られない。餌となる人間がいなければ魔物は進化しないのだから。
だが魔境の外へ出られないのは原則だ。例外もある。
魔物の量が魔境の許容量を超えると氾濫が起きる。反乱が起きれば魔境内の全ての魔物が外に放たれる。
いくら弱体化するとはいえ数はそれだけで暴力だ。数多の死傷者がでる。大規模な魔境が氾濫して国が滅びた例もある。
だから魔物は狩らなくてはならない。
「間違いではないな。正確に言うと国を、ひいては世界を守るためだ」
「世界を守る……?」
規模の大きな話に俺は首を傾げた。
思えば魔術師たちが何のためにいるのか俺は知らない。今の今まで興味もなかった。
「刀至は魔境の氾濫を知っているか?」
「はい。しっています」
「ならわかると思うが、魔境の氾濫は国家滅亡の可能性を孕んでいる。国が滅びればその国にある魔境は放置される。そして放置された魔境は氾濫する。これが連鎖氾濫と呼ばれる現象だ」
そして一呼吸の間を空けてから工藤先生は厳かに口にした。
「これは約千年前に一度起きている」
その言葉にクラスメイトが絶句した。チラリと横を見ると星宮さんでさえ大きく目を見開いて驚いていた。どうやら御三家といえど教えられていない話らしい。
工藤先生の言葉はまだまだ終わりではなかった。
「当時日本には数多の国があった。その国の一つが氾濫によって滅びた。初めの一つは大したことのない魔境だった。しかしその国は小国で対抗できる戦力もなく滅びてしまった。生き残りが一人もいなかったのが悲劇の始まりだ。他国に滅んだ情報が行かずに気づいた時には手遅れ。連鎖氾濫が始まってしまっていた。そして最終的にはかの霊峰すら氾濫した」
クラスメイト達は絶句を通り越して青い顔をしていた。霊峰富士は魔術師にとって恐怖の対象だ。そうなっても仕方のないことなのだろう。
「この話は正式に魔術師になった人間にのみ伝えられる事になっている。これは紛れもない事実だ」
「でも先生。それなら人類は既に滅亡しているのではないですか?」
霊峰富士にいる魔物の強さは身に染みてわかっている。
もし最奥部の魔物までもが溢れ出したのなら零級でも対処できないだろう。それこそ超越者同士が協力でもしない限り。でもそれはあり得ない。師匠によると超越者は我が強いらしい。敵対こそすれ協力はあり得ないと言っていた。
「その疑問はもっともだな。事実、日本は滅亡しかけた。だがそこに現れたのが始祖だ。始祖はたった一人で霊峰に乗り込み氾濫を抑え込んだ」
「……うそだろ」
思わず掠れた声が出た。ありえない。あまりに現実離れし過ぎている。人間にできることではない。できるとしたらそれはもはや神と言っていい存在だ。
「最奥部の魔物も溢れたんですか?」
「記録ではそう書かれている」
……よく滅びなかったな日本。
これだけで始祖がどれほど強大な魔術師だったのかがよくわかる。もしかしたら本当に神なのかもしれない。
奇しくも神の存在は自分の身体で証明している。世界のピンチということならば干渉してきてもおかしくはない
「始祖は霊峰に赴く際、配下の初代『
そう言って工藤先生は話を締め括った。教室中が静まり返っている。
これはまさしく伝説だ。決して表には伝わらない魔術師だけの御伽話。それが八咫烏という組織の根幹。千年前の災禍を再び起こさせないという使命だ。
千年の歴史が積み重なった使命はあまりに重い。その重圧に押し潰されても決しておかしくはない。
しかしクラスメイト達の瞳には決意の炎が漲っていた。
それを俺は一歩引いたところで見ていた。
世界を守る。確かにそれは崇高な使命だ。崇高すぎて眩しいぐらいだ。でもそれは俺には相応しくない。
そんな輝かしい物は復讐者である俺には似合わない。
間違えてはならない。ここには崇高な使命を果たしに来たのではない。
ここはただの通過点だ。強くなる為に必要なナニカを探しに来ただけ。ただそれだけの為に俺はここにいる。
目的を間違えるな。他にかまけている余裕なんてない。
胸に手を当てると未だ熱く燃え盛る黒い焔が胸に灯っていた。
「大丈夫だ。まだ消えてない」
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