魔境
話が終わり、話題は実地任務の事へと戻った。
「さてこんな話の後だが実地任務の説明を行う。刀至もいるからおさらいしていくぞ」
工藤先生がチョークを手に続ける。
「まず八咫烏の任務は氾濫の阻止と敵性存在の排除がある。実地任務は前者になる」
二つの項目を書き出し、「反乱阻止」に大きく丸をつける。
「後者は学生である間は任務にはならない。だから普通は説明を省くんだが俺はあえて言うことにしている。ここでは敵性存在と言っているが、言ってしまえば敵対組織の魔術師だ。その排除。すなわち殺害すること。要するに人殺しだ。八咫烏の魔術師になれば避けては通れない道だといえる」
俺にとっては今更な話だ。ヒューを殺すと決めた時から覚悟はしてきた。復讐は単なる人殺しでしかないことも承知の上で決めた道だ。
だが魔術師とはいえ平穏に生きてきた高校生には酷な話かもしれない。
「躊躇すれば死ぬのは自分、もしくは隣にいる仲間だ。仲間のため、帰りを待っている家族のため。言い訳でもなんでもいい。人を殺す覚悟をしておけ」
周りを見ると動揺している者が約半分。彼らがこれから覚悟を持てるのかはわからない。しかし皆が認識を改めたのは事実だ。
……あたりだな。
正直にそう思った。
無論工藤先生の事だ。一級魔術師で実力もある。教師として大事なことを濁さずに伝える。一流の魔術師が必ずしも一流の教師であるわけではない。まだ出会ってからほんの少ししか経っていないが彼が人格者である事は間違いない。
「さて、難しい話はこれぐらいにして氾濫の阻止は単純だ。第一目標は魔境の討滅。不可能な場合は魔物の間引きだ」
「工藤先生。質問してもいいですか?」
気になった事があったので手を挙げた。
「いいぞ」
「討滅が不可能な場合っていうのはどんな時ですか?」
「いい質問だな。刀至は魔境がなぜ発生するのか知っているか?」
「いえ、しりません」
思えば師匠に聞いたのは魔物の事だけだった。そもそも魔境がどうして出来るのかなんて気にしたことがなかった。完全に「そういうもの」として認識していた。
「魔境にも魔物と同じく核があるんだ。魔境の中で核ができれば魔物になるが、魔境の外で核ができたら魔境になる。討滅方法は核の破壊だ。ここで質問の答えだが主に討滅不可能と判断される魔境は二つある。一つ目は戦力的な問題。例としては霊峰富士だな。……そういえば刀至は流石に霊峰富士は知ってるよな?」
知っているも何も昨日までそこに居たなんて口が裂けても言えない。言えば確実にボロが出る。
「はい。それは大丈夫です」
「魔境の核というのは最奥部にあると相場は決まっている。知っての通り霊峰富士は世界有数の魔境だ。樹海まで含めると規模は世界最大。中にいる魔物も桁違いのバケモノ揃いだ」
たしかに奥まで進むのは不可能だ。始祖とやらの配下、鴉ですら富士には立ち入っていない。それは単に鴉でも最奥部の魔物は命の危険があるのだと推測できる。八咫烏の最高戦力、零級魔術師の実力は定かではないが、討滅不可能とされているという事は少なからず犠牲を覚悟する必要があるのだろう。
「これらのことから霊峰富士は戦力的な意味で討滅不可能とされている。まあこれは極端な例だがな。他にも討滅するために多くの犠牲が発生すると考えられている魔境は氾濫を抑えるために間引きだけを行なっているな」
「なるほど。ありがとうございます」
「二つ目は核の未発見だ。さっきも言ったが核の破壊で討滅は成される。しかしそもそも核が見つからない魔境があるんだ」
「それは魔境内の魔物を全滅させてもダメなんですか?」
「一度、いくつかの魔境で零級魔術師を派遣して試した事があるんだがダメだったらしい」
零級魔術師でもダメとなると核の存在しない魔境もあるのかもしれない。でも、だとするとその魔境はどうやって生まれたのか。もしかすると核を隠しているのかもしれない。
「といっても魔境の原理は全て解明できているわけじゃないからな。そこらへんは今後の研究に期待だ。まあ説明はこの辺にして、五級魔術師のキミ達には小規模魔境の間引きをやってもらう。それが実地任務だ。実地任務は五人一組のチームで行う。初めに言ったとおり今日はそのチーム決めの時間だ。期限は一ヶ月後の実地任務まで。それまでにチームを作ってオレに報告してくれ」
「先生! 質問いいですか?」
生徒の一人が手を挙げる。
「おう! いいぞ」
「チーム決めは自由ですか?」
「自由だ。仲のいいヤツで組んでもよし。強いヤツと組んでもよし。だけどこのチームは文字通り命を預け合う事になる仲間だ。慎重、且つ後悔しないように選べよ」
敵は魔物だ。あいつらにも生存本能はある。
殺す気で来た魔術師相手に手加減をするような生き物ではない。いくら授業での実地任務といえどそこには命のやり取りが存在する。
無論、油断すれば死ぬだろう。
だから工藤先生が言った通りこのチーム決めは慎重になる必要がある。というより慎重にならざるを得ない。
だから一ヶ月という長い期間を設けているのだろう。
「よく考えて決めるように。他に質問のあるヤツはいるか?」
工藤先生の問いかけに手は上がらなかった。先生は教壇の上で一つ頷くと口を開いた。
「よし! じゃあ今日のホームルームはこれで終わりとする! あとの時間は自由に使ってくれ! じゃあまた明日な!」
そのまま工藤先生は廊下へと消えていった。
……普通こう言う時って起立して礼をするモノじゃないのか?
どうやら弥栄学園はあまり形式ばったことは気にしないらしい。工藤先生だけが例外なのかもしれないが。
ともあれ、クラスメイトたちはすでに動き出している。
仲のいいメンバーで相談する者。強い人を勧誘する者。腕を組んで悩んでいる者。
誰もが真剣に考えて動いている。
幸い全員で三十人の為、あぶれる心配はない。しかし実力者はすぐにチームが決まるだろうことは想像にかたくない。ならば早めに決めるに越したことはないだろう。
……さてどうするか。
アラトニスとの一件で俺の力が学園の上位に位置するとわかった。
俺は教室中を見渡す。
このクラスにはアラトニスの殺気を受けて立っていた人物が二人いる。
星宮真白と神城智琉。
この二人は外せないだろう。
まずは家族である星宮さんに声をかけてみようと席を立ったところで後ろから声をかけられた。
「星宮!」
振り向くとそこにいたのは一番初めに質問をしてきた東城颯斗と神城智琉がいた。
「ん?」
「なんですか……?」
俺と星宮さんの声が重なった。
どちらとも星宮なのだから二人で反応するのも当然だ。
俺は星宮さんの方へと視線を向けるとばっちりと目が合ってしまった。
何とも気まずい。
「あーっと……どっちだ?」
「わりぃ。でもちょうどいいか。二人とも聞いてくれ。単刀直入に言うが……」
「ちょっと待て颯斗。単刀直入に言うのはいいがまだ僕は名乗ってすらいないんだぞ」
東城を制止した眼鏡をかけた男子生徒が一歩前へ出る。
「颯斗がすまない。僕は神城智琉。よろしくね。星宮さんと被るから刀至って呼んでいいかな?」
智琉が手を出して握手を求めた。
「ああ。構わないよ。俺はなんて呼べばいい?」
「神城でも智琉でも好きなように呼んでくれていいよ」
「なら俺も名前で呼ばせて貰うよ。よろしく智琉」
俺は智琉の手を取り握手を交わす。
「オレも颯斗でいいぜ! よろしくなっ! 刀至!」
「ああ、よろしく。颯斗」
颯斗が握手を求めてきたので、快く応じる。
勢いがすごくて少し驚いたが。
「それで颯斗が言いかけた事だけど、刀至と星宮さんには僕達とチームを組んでもらいたい。どうかな?」
それは願ってもない言葉だった。
智琉はともかく颯斗もアラトニスの殺気に耐えた実力者だ。膝をついていたが気をしっかりと保っていた。組めるのならば組んでおきたい。
しかし一つ問題がある。これは初めに言っておかなければいけないことだ。これで断られるなら諦めるしかない。
「申し出は嬉しいんだけど俺、魔術が使えないんだ。それでも大丈夫か?」
「は?」
「え?」
教室がシンと静まり返った。驚いていないのは既に聞いていた星宮さんだけだ。
颯斗と智琉が発した困惑の声がやけに大きく響く。
先程まで相談や勧誘の声が飛び交っていたのに今や誰もが俺の方へと意識を向けているのがわかる。
「いや冗談だろ? 魔術なしであのスピードが出せるわけ……」
「……もしかして身体強化魔術も使えない?」
智琉の言葉に首を振ると二人は言葉を失っていた。
……まあ普通の人間にできることじゃないからな。
とはいえここで「半神です」とは言えないし、言っても信じてもらえないだろう。
なので曖昧に答えた。
「ちょっと身体が特殊なんだ」
「特殊?」
「ああ。って言っても身体が丈夫なだけだけどな」
「ふ〜ん」
颯斗が疑わしげな視線を向けてくる。
……さすがに無理があったか?
しかし他に言いようもない。特殊なのは事実なのだから。何か補足すべきか考えたところで颯斗が口を開いた。
「でもまあ魔術が使えなくたって実力は本物だろうからオレは構わないぜ。というよりこっちが頼んでる側だしな」
その言葉に小さく息をついた。誤魔化せたのかはわからないがやり過ごせそうだ。
「僕も同意見だね」
「ならよろしく頼む。星宮さんはどうする?」
今まで口を閉ざして聞いていた星宮さんに話を振る。
このクラスでの実力者が揃ったとなれば星宮さんも入るだろうと思っていた。
だが。
「私は結構です」
星宮さんから出た言葉は拒絶だった。
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