チーム

 今組もうとしているチームは学年の中では最強のチームだ。俺は当然星宮さんも入るのだと思っていた為に心の底から驚いた。

 声を掛けた智琉はなんといって引き込むのかと期待し視線を向けた。


「残念だね。また気が変わったら声をかけてくれ」


 予想に反して智琉はあっさりと引き下がった。

 俺はそれが少し引っかかった。

 もしかしたら智琉か颯斗と仲が悪いのかとも考えたがそれなら初めから誘わないだろう。

 なにせこのチームは比喩表現抜きの「命を預け合う仲間」なのだ。仲の悪い人をわざわざ誘う物好きはいないと信じたい。


 ……誰かと組む予定でもあるのかな?


 残った選択肢としてはそれぐらいしか考えられなかったが星宮さんは用は済んだとばかりに窓の外を見ている。

 動く様子はない。誘われ待ちというわけでもなさそうだ。

 星宮の態度はまるで初めからチームを組む気が無いように感じられた。

 かと言って曖昧な理由で無理強いするのも違う気がしたので気にしないことにした。


「刀至は他に誘いたい人はいる?」


 智琉の言葉で真白へと向けていた思考をリセットし、しばし考えを巡らす。

 といっても始業式の一件で目星はつけていたので見つけるだけなのだが。

 俺は教室を見渡す。

 すると教室の隅に目的の人物を発見した。

 名前はわからない。だがアラトニスの殺気を受けてしっかりと意識を保っていた。青い顔をして額に玉のように汗を浮かべていた事からあまり余裕があるわけではなさそうだが、意識を保っていた人の中では颯斗に次いで余裕がありそうだった。勧誘するならあの子だ。


「あの子かな。ごめん名前がわからないんだけど」


 あまり人に指を差すのはよろしくはないが名前がわからないのだから仕方がない。

 智琉と颯斗が同時にそちらへと視線を向けた。すると驚いたように振り向いた。

 智琉が一呼吸置いてから口を開く。

 

「……参考までになんで誘おうと思ったのか聞いてもいい?」

「アラトニスの殺気に耐えてたからな。その中でも颯斗に次いで余裕がありそうだった」


 思ったことをそのまま口にする。しかし、理由はそれだけではない。しっかりと「チーム」を意識した考えもある。


「それにあの身体付きはたぶん前衛で戦うタイプじゃない。 チームの構成的に適任だと思ったんだ」


 教室の隅に佇んでいる少女は小柄だ。

 それに筋肉のつき方が剣士や己の身を武器にする格闘戦闘を行うのとも違う。

 おそらくチームメンバーのサポートを主体とした魔術師だ。


 「颯斗は多分俺と同じ前衛だろ? それも武器は扱わない格闘戦闘かな?」


 颯斗の身体は制服の上からでもわかるほどに鍛え抜かれている。その上、腕に筋肉が集中しているように思える。

 根っからの剣士である俺とはほんの僅かに筋肉のつき方が違う。ならば思い当たるのは己の肉体を武器とした近接格闘だ。


「すげぇな。オレには違いなんてさっぱりだ」


 颯斗は己の肉体と俺の肉体をまじまじと見比べながら言った。


「ってことは智琉のもわかるのか?」

「実を言うと智琉はわかりにくいんだ。オールマイティって言った方がいいのかな? なんでも出来るように鍛えてる気がするな。でもどちらかと言うと近接戦闘ではない……かな?」


 最前線で戦う人間なら自身と比較しておおよその戦闘スタイルはわかる。

 しかし智琉は自分とは違いすぎる。そうとなると他に比較するのが師匠である士道なのだが、アレはそもそも次元が違う。なんの参考にもなりはしない。

 となるとやはり「おそらく近接ではない」というような曖昧な言い方しかできない。


「まあ正解だね。僕の武器はこれだよ」


 智琉が手を何かを握るように構える。すると魔力の光が集まり形を成した。


「銃?」


 姿を表したのは白銀の二丁拳銃。

 種類は回転式拳銃。いわゆるリボルバーと呼ばれるタイプの拳銃だ。

 

「正しくは魔銃だね。実弾じゃ無くて魔力をそのまま弾丸にした魔術弾を射出するから残弾数は気にしなくていい。だから便利なんだ」

「魔術を撃てるって事か?」

「そうだね。詳しくはあとで説明するよ。話がだいぶずれてしまったからね。って事で僕は後衛だ。そしてあの子、小夜も刀至の予想通り支援型の魔術師だから後衛だね。だから小夜を入れる事は僕も賛成だ。というより刀至が言わなかったら僕らから提案してたからね」

「そうと決まれば小夜!」


 いきなり大声を上げた颯斗に小夜と呼ばれた少女がビクッと震えておずおずと顔を三人の方へと向けた。

 本当に小柄な少女だ。高校一年生の平均よりだいぶ背の高い俺からしたらかなり小さい。

 髪は光の加減で茶髪にも見える明るい黒髪。

 顔は綺麗系と言うよりは少し幼さが残っていて可愛いと言う表現がよく似合う。

 気弱そうな表情は小動物みたいで庇護欲をそそられる。


「刀至がいいってさ!」


 教室の端から端まで届くような大声で颯斗が言う。

 いきなり大声を出したものだから当然のようにクラスメイトから注目を浴びている。


「おい颯斗。もう少し静かに」


 智琉が苦言を呈するも颯斗は「わかったよ」とまるでわかっていないような返事をして彼女の元へと歩いていく。


……それにしても


 俺は颯斗の言葉に違和感を覚えた。

 まるで初めから決まっていて許可を取ったような言い方だ。


「彼女は天音小夜あまねさよ。僕たち幼馴染なんだ」

「そうなのか?」

「うん。だから僕ら三人で組もうって決めてたんだけど颯斗が始業式の刀至を見てチームに誘おうって言ったんだ。僕も颯斗に賛成だったんだけど小夜は逆でね。自分は足手纏いになるからチームは組めないって言ったんだ」


 たしかに隔絶した力の差は足手纏いになり得る。そして俺と天音さんの間にはその差が存在する。

 しかし俺と天音さんとでは役割が違う。だから足手纏いになるとは思えなかった。

 支援系の魔術師と前線で戦う俺のような剣士を比べること自体が間違いなのだ。

 俺も半分は人間だ。致命傷を負えば当然のように死ぬ。しかし支援系の魔術師がいれば治療が出来る。

 その重要性は何度も死の淵から帰ってきた経験のある俺は身に染みている。

 学生の身でアラトニスの殺気に耐えることのできる支援系の魔術師というだけで貴重な人材だ。不満などあるはずがない。

 

「俺は足手纏いだとは思わないけどな」

「そう言ってくれると助かるよ」


 智琉が安心したように相好を崩した。

 

「となると、なるほど。だから先に二人で聞きに来たのか。それで俺が天音さん? を誘えば問題ないって事か。俺が誘わなかったらどうするつもりだったんだ?」

「初めから提案するつもりだったんだ。刀至と同じ考えだけど、アラトニス様の殺気に耐えた魔術師なら断られないだろうって考えていたしね。でもまさか刀至から言ってくるとは思わなかったから驚いたよ」

「あの殺気は強烈だったからな。前にもああいったことはあったのか?」

「いやないね。少なくとも僕が学園に入ってからは……ね」

「なるほど」


 ……となると師匠の弟子である俺に会うのが目的か?


 学生の質とかなんとか言っていたがそれは建前の可能性が高い。


 ……まったく師匠は何者なんだ。


 ますます謎が深まる。

 とそんなこんなと話していたら天音さんを連れた颯斗が戻ってきた。


「連れてきたぞー」


 言葉の通り颯斗の後ろには隠れるようにして少女がついてきていた。俺と智琉の前までくると少女は控えめに顔を出し小さく頭を下げた。


「天音小夜です。よろしくお願いしまひゅ!」


 盛大に噛んだ。

 頭を下げたまま少女は耳まで赤く染まり、羞恥に耐えられなくなったのか颯斗の後ろに引っ込んだ

 どう反応するべきか困ったが下手に触れない方がいいと判断した。


「星宮刀至だ。よろしく」


 手を差し出し握手を求めると俯きがちに颯斗の後ろから顔を出した天音さんはおずおずと握った。


「……よろしく……お願いします」


 天音さんの様子に颯斗が頭を掻いた。顔には苦笑が浮かんでいる。


「悪いな刀至。見ての通り人見知りなんだ。そのうち慣れると思う。小夜も早めに慣れろよ」


 天音さんがコクコクと頷き上目遣いになりながら口を開いた。

 

「……あの」

「ん?」

「……颯斗くんから聞いたんですけど……本当に私でいいんですか?」


 瞳が不安に揺れていた。

 この目は知っている。施設にいた頃、似たような子がいた。おそらく彼女は自分に自信がないのだろう。

 それは才能のある幼馴染二人に囲まれて育ったせいだろうか。

 それとも自らは戦わない支援系の魔術師という事自体がコンプレックスになっているのか。

 しかし本人がどれほど自信がなかろうと俺の返答は決まっている。

 

「ああ。こっちからお願いしたいぐらいだよ」


 その言葉に驚いたのか天音さんは目を見開いた。


「…………なんで私なのか聞いてもいいですか?」

「もちろん。って言っても理由は一つ。アラトニスの殺気に耐えていたからだよ」


 恐怖は肉体的にも精神的にも人を縛りつける。

 圧倒的な殺気を受ければ恐怖で身体が強ばり心がへし折れる。

 殺気、もとい恐怖に打ち勝つには強靭な精神力が必要不可欠なのだ。

 考えても見て欲しい。銃口を頭に突きつけられた状態で正しく行動を起こし生存できるのは、はたして何割の人間か。

 二割かそれとも一割か。おれはそれ以下だと思っている。

 口で言うだけならば簡単だ。

 銃口を逸らす。銃を奪う。一瞬で敵を制圧する。

 しかし現実はそう簡単なものではない。死への恐怖は判断力をも奪う。

 もしこの瞬間に引き金が引かれたら?

 もし手を動かした瞬間に引き金を引かれたら?

 もし銃口を外そうと首を動かした瞬間に撃たれたら?

 もし、もし、もし。

 考えたらキリのない堂々巡り。そうなれば人間は動けない。恐怖とはそういうものだ。

 

 アラトニスの殺気は師匠ほどではないが十分強烈なものだった。

 学生、それもあまり殺気を受けることのない支援系の魔術師で耐えられるのはそれだけで賞賛に値する。

 

「そう……ですか。わかりました。頑張ります」


 天音さんは小さく拳を握った。

 

 そうしてチームに天音さんが加わった。これで四人。残るはあと一人。……なのだが。


「みんなはあと一人に当てはあるか?」

「オレはないな。正直このメンバーについていけるのは星宮さんぐらいだぜ?」

「僕も同感だね。でも断られてしまったからね。小夜は誰かいる?」


 智琉の問いに天音さんはふるふると首を振った。


「って事で僕はひとまず保留にしとくのがいいと思うんだけどどうかな?」

「そうだな。まだ期間はあるし無理に決めなくてもいいか」

「オレも賛成」

「……わかりました」

「それじゃあこのあとはどうする? 俺としてはみんなの戦い方を把握しときたいんだけど……」

「僕も同感だね。刀至が魔術を使わないで何ができて何ができないのかはわかっときたい。颯斗と小夜はこのあと空いてる?」

「オレはいけるぜ」

「私も……大丈夫」

「よし。じゃあいこうか」


 三人は荷物を持って教室を出て行く。


「ちょっとまった。行くってどこにだ?」

「そうか刀至は知らなくて当然か。……修練場だよ」

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