報告

 工藤先生に案内され理事長にやってきた。

 工藤先生がノックをすると中から「入れ」と声がかかった。理事長室に入ると黒檀の執務机にアラトニスが腕を組んで座っていた。

 工藤先生が一礼して去っていく。


「来たか」


 理事長室はそれほど広くはなかった。アラトニスが座っている執務机とその前に来客用の高そうなソファがテーブルを挟んで左右に置いてあるだけだ。

 理事長室というからには書類がたくさんあるイメージだったがどうやら違うらしい。


 俺を除いた全員が敬礼をした。

 天宮監督官の時と同じだ。もはや軍隊だなと思っていると智琉が実地任務の時と同じように肘で突いてくる。しかし始業式の一件があったからかアラトニスに敬礼をするのはなんとも不服だった。

 それを見透かしたのかアラトニスはフッと笑った。


「別に敬礼なぞしなくてかまわん。魔術師は実力が全てだ。気に入らん者に媚びるものではない」

「ではありがたく」


 隣で智琉がため息をついていたが、しなくてもいいのなら願ったり叶ったりだ。


「さて呼び出して悪かったな。とりあえず座ってくれ」

「んじゃ遠慮なく」

「ちょっと刀至!」


 智琉が何か言っていたが気にせず座った。智琉がため息をついて「失礼します」と言い俺の対面に座る。颯斗は笑いを堪えながら智琉の隣に座り天音さんはオロオロしながらもその隣に座った。

 真白は何も言わずに俺の隣に座った。


「まずはこれを見てくれ」


 アラトニスが指を鳴らすと唐突に人型の影が出現してタブレット端末を持って来た。

 そこに映し出されたのは魔術師と戦闘を繰り広げる偽竜の姿だ。


「天宮から報告があったが一応聞いておく。これはお前たちが戦ったのと同種か?」


 見たところ姿、大きさ、色、ともに同じだ。攻撃方法も竜の息吹ブレスと翼槍を使っており同じ種族だと思われる。


「同じだと思います」


 全員が思っていた事を代表して智琉が答えた。


「同じか。この魔物を知っている者はいるか?」


 みんなで顔を見合わせるが誰もが首を横に振るばかりだ。


「アラトニス様でも知らないのですか?」

「ああ。私も知らない。ちなみに八咫烏に所属する魔術師でこいつを知る者はいない」

「では新種ということでしょうか?」

「新種か……どうだろうな」


 アラトニスが意味深に呟き眉を顰める。

 その時、ちょうど映像の戦闘が終わった。偽竜はそのまま倒されてしまった。


「……白竜にならないな」


 智琉たちが戦った偽竜は致命傷を受けると白竜になった。けれども映像の中の偽竜は魔術師が放った炎に焼かれ消滅した。

 

「アラトニス様、一点質問してもいいでしょうか?」


 映像を食い入るように見つめていた真白が言った。アラトニスは二つ返事で許可を出す。


「ありがとうございます。アラトニス様はこれを作為的なものだとお考えですか?」

「その通りだ」


 俺が感じていたものを真白も感じていたようだ。

 あの時は違和感だった。それが他の魔境も、ともなれば話は変わってくる。

 あのような異常が同時多発的に起こることはまずあり得ない。

 なにせ富士にいた二年半、異常など起きたことがなかった。魔物も種類は多く強さもバケモノだがすべて富士に出現する魔物だった。

 異常などそうそう起きるものではないのだ。


「だが目的がわからない」

「魔術師を殺すためじゃないのか?」


 俺がタメ口を使った事で全員がギョッとしていたが当のアラトニスはどこ吹く風だ。

 

「竜だけならその線が有力だったんだがな」

「……人型の魔物ですか」

「真白の言う通りだ。紛い物の竜なんて出さないで初めから人型を出していればもっと早く、効率的に魔術師を殺せた。刀至。戦ったお前の感想を聞きたい。人型は強かったか?」

「正直にいうけど、俺からすれば別に強くはなかった。首を斬っても死ななかったから厄介ではあったけどな」


 所詮人型といえどその程度だ。富士のバケモノどもには遠く及ばない。

 白帝がなくとも少し時間はかかるが倒す事はできただろう。その少しの時間をかけたくなかったから白帝を使ったまでだ。


「でもこの映像の一級魔術師だと多分勝てない」

「だろうな。だからそっちのが効率的だ」

「単純に人型は一体しかいなかったとは考えられないのか?」


 常に最悪を考えろ。それは師匠に言われ続けてきた事だ。だから俺も一体しかいないとは思っていないがアラトニスの意見も聞きたかった。


「可能性としてはあるだろうな。しかしそれは楽観視というものだ」

「だろうな。同意見だ」


 そんなやりとりをしていると真白が手を上げた。


「アラトニス様。異常が起きた魔境は二つですか?」

「合計五ヶ所だ」

「報告書を見せていただくことはできますか?」

「わかった」


 またもやアラトニスが指を鳴らすと影が出現して部屋を出ていった。すぐに戻ってくると手には報告書があった。それをテーブルに並べていく。

 親切なものでしっかりと五人分用意されていた。

 

「魔境内の魔物の減少、高ランクの魔物、偽竜。どれも僕たちの実地任務と同じ感じですね」


 真白が資料に目を通しながら呟く。

 白竜と人型の魔物を除けばどれも同じような内容だった。

 

「でも接戦だったのはオレたちだけだな」


 颯斗の言う通り、他の魔境では数人の犠牲者を出したあと一級魔術師が圧倒している。映像の短さがどれほど圧倒したのかを物語っている。


 ……ん?


「なぁ。この一級魔術師と天宮監督官ってどっちが強いんだ?」

「天宮だ」


 即答。

 ならば偽竜に困惑していたあの態度は何から何まで演技だったということか。


 ……やっぱり倒せるんじゃねぇか


 そうなると偽竜は一級が圧倒できるレベルだと言う事だ。おそらく準一級の魔術師でも対処できるだろう。


 しかし依然としてアラトニスが言ったように目的が不明だ。

 引き続き意見を交わしたがやはり情報が足りず全てが可能性の域をでない。

 

「考えてもキリがないな」


 俺の呟きに隣の真白も頷いた。


「そうですね。考えられる事はありますが絞り込めませんね」

「そうだな。まあ結論が出るとも思ってなかったがな。ともあれお前たちの意見はわかった。参考にさせてもらう。それと、あとで通達があると思うが解決していない以上、次回から実地任務には準一級以上の補佐をつけることになったからそのつもりで」


 そうして理事長室での話は終わり、俺たちは教室へと戻った。

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