現実

 学園に着いた面々は教員室に入ると工藤先生に報告を行った。

 といっても天草監督官に全て話していたため軽く聞かれる程度で済んだ。

 その日はそれで解散となり帰路に着いた。


 翌朝、五時に目が覚めた。最近は五時に起きることが多くなっている。睡眠時間は充分だ。

 いつも通り不審な気配がないことを確認し、着替えを済ませる。

 するとコンコンッとノックが鳴った。


「真白です。起きていますか?」

「うん。入っていいよ」


 真白が戸を開けて入ってくる。いつも朝見かけるジャージ姿だった。


「どうしたの?」

「あの。実は剣を教えて頂きたくて……」

「……俺、実戦でしか教えられないんだけど大丈夫?」

「はい!」


 申し訳なさそうに俯いていたのが一転、真白が瞳を輝かせて頷いた。やはり表情がコロコロ変わる。昨日までとは大違いだ。




 俺と真白は道場に来ていた。俺はいつもの和装だ。


 ……そういえば全然人を見ないな。


 今日も道場に人はおらず、俺と真白だけだ。思えばこれだけ大きな屋敷なのに全然人がいない。出払っているのかとも考えてたがかれこれ一ヶ月、修司さんと真白としか会っていない。気配もないので人がいないのだろう。


 ……これも真白の秘密と関係してるのかな?


 そう考えるとあまり聞くのも良くなさそうだ。


「じゃあ早速やろうか。先手は譲るよ」


 俺は木刀を構える。いきなり二刀を使ってもやりにくいと思い、今回は一刀だ。いつも使っている愛刀に比べるとだいぶ軽いが問題はない。


「いきます!」


 真白が木剣で切り掛かってくる。まずは様子見の袈裟斬り。だが甘い。実力差がある以上、この一合でおわる。

 俺は木刀を合わせて手首で受け流すと体勢を崩した真白の背後から木刀を突き付けた。

 真白は悔しそうに肩を振るわせると勢いよく立ち上がった。


「もう一回! お願いします!」


 そうして時間が来るまでひたすら木刀と木剣を交わし続けた。




「そろそろ終わりにしよう」


 そう言った瞬間、真白は膝をついた。肩を大きく上下させて息をしている。

 対する俺は少し汗をかいた程度だ。半神の身体がなかったら真白と同じくヘトヘトになっていたはずだ。


「ありがとう……ございます」

「いえいえ。それにしても真白は強いな」

「……刀至くんに言われても嬉しくないです」


 真白が頬を膨らませてむすっとしている。


「本心だよ。吸収が速い」


 初めは一合打ち合わせただけで終わっていたのが、すぐに二合、三合と続くようになった。

 俺も負けていられない。


「そういうことにしておきます。それにしても迷惑じゃなかったですか?」

「迷惑?」

「いつも見ていたのですが、あれだけの動きをしてたのに私に付き合わせてしまって」


 あれだけの動き、と言うのはいつもの日課のことだろう。たしかに動きだけならいつもの方が動き回っている。しかしやはり相手がいた方が新たな発見があるので良い。


「迷惑じゃないよ。やっぱり相手がいた方がいいしね」

「そうですか……なら明日もお願いしてもいいですか?」

「もちろん。よかったら放課後、智琉たちとやってる日課にもこない?」

「いいんですか!?」


 真白が食い気味に瞳を輝かせる。

 

「もちろん」

「ではお願いします」


 真白がペコリと頭を下げた。

 その時、修司さんが道場に顔を出した。


「朝ごはんでき……た……よ? …………おや?」


 俺と真白を見て相好を崩した。


「よかったよかった。刀至くん。ありがとう」


 そう言って修司さんは真摯に頭を下げた。目の端には光るものがあった。

 

「いえ、俺は何も」


 心を開いてくれたのは真白だ。俺からはお礼を言われるようなことは何もしていない。


「ちょっとお父様!」


 真白が顔を染めて大きな声を出した。そのまま修司さんへ駆け寄ると道場の外へと追いやる。


「それでもだよ。これからもよろしくね」


 道場から消えてく修司さんからそんな声が届いた。



 その後、朝ごはんを食べ登校する。いつもと違うのは隣に真白がいる事だ。小学生の時から女の子と登校したことはなかったので少し恥ずかしい。

 

 いつも一人だった真白の隣に男がいる。それもあの転校生。事情を知らない生徒がこちらを見てヒソヒソ話をしている。


 それは教室に入るまで続いた。

 教室に入ると少し騒がしかった。会話の内容は昨日の実地任務がどうだったという話がほとんど。

 みんな大した怪我もなく終えられたようだ。

 しかし昨日の今日で疲れているのか颯斗は机に伏せて寝ているし智琉もどことなく辛そうだ。そんな二人を天音さんは支えていた。彼女も疲れているだろうに。

 ともあれ三人はクラスのみんなの会話に入れる様な状態ではなかった。

 時間になるとチャイムが鳴り、工藤先生が教室に来た。その後ろから一人の女生徒が俯きながら入ってきた。


 ……あれは確か保科さんだっけか?


 あまり目立たない女の子だ。とはいえ一組に在籍している以上実力はある。彼女は剣と魔術を扱う戦闘スタイルだったはずだ。


 ……そういえばあの子のチームがいないな。


 弥栄はエリート校だけあって遅刻する人間などいない。なのに四人も遅刻している。


 ……それにあの顔は……。


 俺はこれからされるであろう話に身構えた。


「さて、まず初めに言わなければならないことがある」


 工藤先生が重々しい口調で言った。


「昨日の実地任務の事だが保科のチームメンバー平田、坂上、木下、山田は死亡した」

「え?」


 それは誰が発した言葉だったのかはわからない。この場にいる大半が驚きを隠せないでいる。先程までの浮ついた空気はもはや消し飛んでいた。

 それだけ衝撃的な言葉だった。


「先生、なにが起きたんですか?」


 一人の男子生徒が声を振るわせながら尋ねた。その表情は青ざめている。


……たしか平田と仲の良かった中田だったか。


 クラスでもよく話しているのを見かけた。


「基本的に実地任務で死者が出ることはない。しかし昨日、いくつかの魔境で異変が起きていた。保科のチームは運悪く異変が起きた魔境だった」

「他に異変のあった魔境はあったのですか?」

「神城のチームだ」


 工藤先生の一言でクラス中の視線が智琉に集中した。


「先生の言った通りだよ。正直、星宮さんと刀至がいなかったらどうなっていたかわからない」


 辛そうに顔を歪めながら肩をすくめて言った。確かに今回はみんな無事だったかもしれない。しかし事実として天音さんは天隼に殺されかけた。

 その後も真白がいなければ影狼の対処に追われて偽竜に致命傷など負わせられなかった。白竜ともなると尚更だ。

 俺か真白か、あるいは両方か。何かのピースが欠けていたら今ここに五人揃っていることはなかっただろう。

 それほどまで偽竜、および白竜は強敵だった。しかし智琉は謙遜しすぎだとも思う。

 白竜を倒したのは紛れもなく彼らだ。自分たちよりも遥かに格上を撃破したことは誇っていいことだ。


「いいかお前たち。ここは教師としてではなく上官として言わせてもらう」


 工藤先生の纏う雰囲気が変わった。

 いつもの気さくで優しい先生はそこにはいない。彼は紛れもなく死戦を潜り抜けてきた歴戦の魔術師だった。


「お前たちが入ろうとしている、いやすでに片足を突っ込んでいるのは今回の様に人の命は簡単に失われる世界だ。これからも必ず起こりうる出来事だ。命を失うのは友人、親友、恋人、もしかしたら自分かもしれない。だから力を付けろ。誰にも負けない力を。大切な人を救える力を」


 工藤先生は毅然と言い切った。その言葉には重みがあった。おそらくだが工藤先生も似たような経験をして来たのだろう。魔術師の世界はだ。

 

 教室内は静まり返っている。

 俯いているもの、涙を流しているもの、悔しそうに顔を歪めているもの。その顔に浮かぶ表情は様々。

 しかし誰もが受け止めきれていないように感じる。

 だがこれは紛れもないだ。

 どれだけ否定しようがクラスメイトが死んだ事実は変わらない。


 壇上にいた保科さんが涙に濡れた顔を上げた。彼女は当事者だ。話に聞いただけのクラスメイトよりはこの現実を直視している。

 止めどなく流れていく涙を拭う。それでも涙は溢れてくる。しかしそんなもの知らないとばかりに拳を握った。

 

 「私は……! 私は二度と誰かにこんな思いをして欲しくない! 強くなります!!!」


 その言葉に感化されたのか俯いていた幾人か俺も、私も、僕もと追従する。

 その様子に工藤先生はホッと息を吐いた。


「お前たちの努力に期待している。俺に協力できることがあれば言ってくれ!」


 そうしてホームルームは終わった。だけれど工藤先生の話はおわっていなかった。


「それと神城のチームはこの後理事長室に行くぞ」

「工藤先生、授業はどうするんですか?」

「緊急ゆえこっちが優先だ」

「わかりました」


 そうして俺たちは理事長へと向かった。

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