帰り道

 その後、特に何事もなく異常だらけの実地任務は終了した。

 魔境から脱出した後、天宮監督官が「俺は報告にもどる」と言い残して一足先に帰って行った。

 帰路の途中で端末に「学園に戻るように」との指令が届いていたので、チーム全員で学園へと向かっている最中だ。

 時刻は日が沈み始めた夕暮れ時。地面に落ちた影が長くなる頃合いだ。


 俺は歩きながら天宮監督官について考えていた。


 ……最後まで掴みどころのない人だったな。


 戦ったのも簡易魔術を使ったのが一回だけ。それも俺に教えるためだ。決して手の内を見せていない。

 偽竜を見た時は困惑していたが、果たしてあれは真実だったのか。


 ……囮とか言ってたけど普通に倒しそうだよな。


 そんなことを考えていると、前を歩く天音さんが振り返った。

 

「そういえば星宮くん、星宮さん」


 俺と、俺の隣を歩いていた星宮さんに視線を向けてから頭を下げた。


「ありがとうございました! 二人が助けてくれなかったら私……」


 天隼の奇襲はその異名の通り暗殺だ。実力者なら返り討ちにできそうだが、まだ学生には無理だ。少なくとも戦闘不能、悪ければ命を落としていたことだろう。

 天音さんもそれがわかっているのか言葉が尻すぼみになっていた。

 

「……私は何もしていません。お礼なら……と、刀至くんに」


 星宮さんの言葉に心臓が跳ねた。初めて名前を呼ばれた気がする。確かに同じ星宮で呼びにくいが唐突に名前を呼ばれるとドキッとする。

 

「……俺も星宮さんが気付かなかったら遅れてたし、お互い様だよ。ありがとう」


 平静を取り繕って答えたが返答が一瞬遅れてしまった。少し恥ずかしい。


「ではやっぱりお二人。ありがとうございました!」


 天音さんはそう言ってもう一度頭を下げた。


「それと……」


 星宮さんがボソリと呟いた。


「それと……?」


 続く言葉がなかなか出て来なかったので聞き返した。すると星宮さんがこちらを向いて勢いよく頭を下げた。


「その……今まで避けていてごめんなさい!」


 急なことで俺は心底驚いた。前を歩いていた智琉と颯斗も足を止めて振り返った。


 ……やっぱり避けてたんだ……


 わかってはいた。けど本人に言われると少し、いや結構ショックだ。


「……理由をお聞きしても?」


 星宮さんが頭を上げて視線を俯かせる。


「……ごめんなさい。言えません。でも刀至くんなら大丈夫かもしれないんです」


 ……俺だと大丈夫? かもしれない?


 見れば星宮さんの肩が震えていた。

 言っている意味はわからない。なぜ非魔術師の俺が大丈夫なのか。

 だが天音さんを助ける時に星宮さんが浮かべていた表情が頭から離れない。星宮さんの速度だと確実に間に合っていなかった。それを承知で手を伸ばしたのだ。

 キュッと胸が締め付けられる。


 ……そうか。あれはあの時の俺か


 和樹が死んで床に崩れ落ちた時、おそらく俺も同じような表情をしていたのだろう。

 気持ちは痛いほどわかる。

 

 今まで星宮さんはあまり他人に興味がないと思っていた。なにせ笑っているところを見たことがない。

 しかし他人に興味がない人間にあんな表情は決してできない。

 星宮さんは「言えない」と言った。ならば人を避けなければならない理由があるのだろう。

 だが俺なら大丈夫かもしれない。なら俺が言うべきことは一つだ。


「わかりました。無理に聞こうとはしません。でも何かあったらちゃんと頼ってください」


 これを面と向かって言うのは恥ずかしい。しかし言わなければならないと思った。


「その……家族なんですから」


 俺は星宮さんに目を合わせるとそう言った。

 その言葉に星宮さんは大きな目を見開くと再び頭を下げた。


「……ありがとう……ございます」


 声が少し震えていた。だから俺は「改めてよろしくお願いします」とだけ言って再び歩き始めた。

 前の三人も笑顔を浮かべて歩き出す。

 後ろから星宮さんもついてきている気配がした。




「刀至くん」

 

 しばらく歩いていると後ろから星宮さんが袖を引っ張ってきた。

 俺は振り返った。見ると目元が少し赤くなっているがもう大丈夫みたいだ。


「どうしました?」

「名前……。星宮だと刀至くんもなので私も名前で大丈夫です」


 またもや心臓が跳ねた。上目遣いでそれを言うのは反則だ。言葉に詰まっていると星宮さんが不安そうに瞳を揺らした。


「ましろ……さん?」

「敬称も不要です。……敬語もです」


 いきなり呼び捨てとは難易度が高い。しかし本人がご所望なのだ。男なら応えるべきだと思った。ここで逃げたらきっと和樹は大笑いするだろう。


「ま……しろ」

「はい!」


 真白は瞳を輝かせてを浮かべた。


 ……心臓に悪い!


 初めて見た天使のようだと思ったが、笑顔を浮かべると破壊力がすごい。


 ……しっかし本当はこんなに表情豊かなのか。


 なにが真白をこうしているのか。それはわからない。本人も「言えない」と言った。だけれど真白はこうして笑顔を――。


「ッ!」


 頭に鋭い痛みが走り、膝をついた。


 ……なんだ? 何かいま……。


「刀至くん!?」

「刀至!?」

「刀至!」

「星宮くん!?」


 みんなが驚いて声をあげる。幸い頭痛はすぐに治った。


「いや、大丈夫だ。ごめん」


 俺は立ち上がるとみんなを促して再び歩き出した。

 みんなは心配そうな顔をしていたが俺が平気な顔をしていたので同じように歩き始めた。



 

「そういえば真白」

「はい?」


 もう少しで学園に着くと言ったところで俺は真白に声をかけた。今言えば承諾してくれそうな気がしたのだ。


「この前は断られちゃったけどチームに入らないか?」

「えっと……でも私この前……」


 その反応で確信した。だから俺は真白の言葉を遮った。

 

「みんなもいいだろ?」

「もちろんだ! この前断ったのなんて気にしなくていいぜ!」

「僕も歓迎だよ」

「わ、わたひも!」


 天音さんが噛んで恥ずかしそうに俯いていた。それでみんなの顔に笑みが浮かんだ。


「私でいいんですか?」

「そう言ってるんだよ」

「わかり……ました。よろしくお願いします」


 そうして正式にチームが結成された。

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