日課
翌朝、五時に目を覚ました。しかし目は開けずに周囲の気配を探る。
人間寝ている時が一番危険だが、例外がある。
殺気に気付ける者は寝起きの気が緩んでいる時が一番危険なのだ。
……気配は無――
瞬間、けたたましい音が鳴り響き跳ね起きた。
すぐに枕元に置いてあった二振りの愛刀を手に取り抜き放つ。
音の正体はすぐ近く。反対側の枕元にあった。
「はぁぁぁ〜」
大きな溜息を吐き刀を鞘に納め、今もなお電子音を響かせている端末を手に取った。
液晶には「05:01」と表示されている。
言わずもがなセットしていたアラームだ。
五時に起きるつもりで念のためにセットしておいた事を忘れていた。
……そういえばそうだったな
部屋を見渡せば隠れ家にある部屋ではなく星宮邸に割り当てられた自室だ。まだ違和感があるがこれからここで生活するのだ。いずれ慣れるだろう。
刀を置き、洗面所へと向かうべく廊下へ出るとひんやりとした空気が肌を撫でる。
四月上旬なこともあり外が暗い内はまだ少し肌寒いのだが半神の俺はあまり寒さの影響を受けない為、その寒さは心地良い。
手早く顔を洗い、歯を磨き自室へと戻る。
目は完璧に覚めている。
ベットに入ったのが日付が変わったあたりなので約五時間睡眠だ。
半神の身体は便利な物であまり睡眠を必要としない。霊峰富士では七日七晩戦い続けたこともある。その時は流石に死ぬかと思ったが。ともあれ五時間は少し寝過ぎな程だ。
学園初日で精神的に疲れてたのも原因だろう。
クローゼットを開け、手早く和装に着替える。
「やっぱこれが一番だな」
和装はゆったりとして着心地がいい。生地も上質な物を使っている為、肌触りも最高だ。
約二年半もの間ずっと和装だった為、こちらの方が慣れている。なのでせめて家にいる時ぐらいは慣れた物を着ようと思った。
「ん〜〜〜」
伸びをして身体を身体をストレッチさせる。
首や手首足首を回して身体をほぐしていく。それと共に身体の調子を確かめていく。
違和感はない。今日も万全の状態だ。
確認を終えると愛刀を手に取り部屋を後にした。
やってきたのは星宮邸にある道場だ。広さは二百畳程でかなり広い。昨日、修司からは好きに使って良いと許可を貰ったので日課の為にありがたく使わせてもらうことにする。
まだ早朝の為か人はいないが、真ん中を堂々と使うことは憚られた為、隅に十分なスペースをとって行うことにした。
まずは素振りを行い身体の動きを確認していく。
ゆっくりと丁寧に、違和感を探す様に。布団から出てすぐ簡易的に確認するのが癖になっているが、そこで問題がなくても日課では必ず確かめるようにしている。
霊峰富士では身体が感覚の通りに動かないと死に直結する。わずかでも感覚と動作に誤差があれば文字通り命取りになるからだ。
ここは霊峰ではないとはいえ油断はしないように修行を積んできた。
「問題ないな」
ふぅと息をつき確認を終える。
この後はいつも師匠との実戦に入るのだがあいにく師匠は隠れ家だ。なので師匠の動きを思い出しながら一人で刀を振り続ける。
何百、何千回と刀を交えた相手だ。師匠の動きは身体で覚えている。それをひたすら再現し、刀を振り続ける。
師匠は強い。それも尋常ではなく。
こちらの刀はまず始点で潰される。それを回避できたとしても次は圧倒的な力で捩じ伏せられる。
速さ、膂力と共に半神である筈の俺より遥か上をいく。本当に人間なのか疑わしくなる。
……だめだ。もっと集中しないと。
雑念が混じった瞬間には致命傷を受けている。鴉羽士道という男との戦いはそういうものだ。
集中する。深く深く。海の底へと沈んでいくように。刀と身体が文字通り一体となるように。
周りの音が遠のき、世界に自分一人しかいないのではないかと錯覚するほどに深く。時間の感覚さえも曖昧になる中、道場に人の気配が現れた。
戦闘の最中に魔物が乱入してくることなど日常茶飯事だった為、いくら集中していても気配にだけは気付ける。
そう癖がついた。癖にしないと命が幾つあってもたりなかったからとも言える。
俺はピタリと刀を止め、気配の主へと視線を向ける。
するとそこには木刀を持った星宮さんがいた。
服装は制服ではなく初めて会ったときに着ていたジャージ姿だ。ラフな格好なのに星宮さんの美しさは少しも損なわれていない。
星宮さんは先客がいるとは思っていなかったのか目を瞬かせていた。
「おはようございます」
俺が挨拶するとと星宮さんが軽く会釈を返してくれた。
それから俺がいる場所とは真反対の場所で木剣を構えて振り始めた。
ふと時計を見ると午前六時。星宮さんは随分早起きなようだ。それにこの時間から剣を振るっていることに俺は好感を持った。
ならばとふと思いつき星宮さんに声を掛けた。
「よかったら模擬戦をしませんか?」
「結構です」
即答。ピシャリと、とにべもなく断られた。視線を向けることすらなく星宮さんは木剣を振り続ける。
とりつく島もないとはまさにこの事だ。
無理に誘うのも良くないと意識を切り替えて日課を続けた。
そうしてまた、時間が経ったところで視線に気付いた。
刀を止め、目を向けると星宮さんがじっとこちらを見ていた。
「どうかしました?」
「あ、いえ。何でもない……です」
目を逸らすとそそくさと道場から出て行ってしまった。
入れ替わりで修司さんが道場に入ってきた。去っていく星宮さんを目で追った後、声を掛けてきた。
「朝ごはんできたよ」
「ありがとうございます」
時計を見ると時刻は七時。ちょうどいい時間だ。
修司さんが俺と星宮さんが去っていった方向を交互に見た。きっと俺は微妙な表情をしていたのだろう。
「真白と何かあったのかい?」
「いえ。模擬戦を提案したんですが断られてしまって」
「ふむ」
修司さんが口元に手を当てて考えに耽る。それからボソリと呟いた。
「いい傾向なのかな?」
その言葉は小声だったが半神の聴力はしっかりと聞き取った。
断られたのにいい傾向とは?と思ったが修司さんは小声で言ったのだ。聞き返すような真似はしない。それは野暮というものだ。
「汗を流したら行きます」
「あ、ああ。そうするといい。まだ時間はあるしゆっくりおいで」
「はい」
道場から出ていく修司さんを見送ると一度自室に戻った。制服を用意すると浴室へ向かい軽くシャワーを浴び汗を流した。それから着替えを済ませ食堂に向かう。
食堂に近づくにつれいい匂いが廊下まで漂ってきてお腹が鳴った。
俺がが食堂へ入ると丁度そのタイミングで星宮さんが「ごちそうさまでした」と食器を持ち部屋を出ていった。
食事中の修司さんを見ると苦笑いしていた。
「俺、何かしましたかね?」
完全に避けられているのは疑いようがない。
……やっぱり初対面の印象が悪すぎたか?
「いや、あの子の問題なんだ。気を悪くしないでもらえると助かるよ」
その言葉で確信した。
星宮さんには人に言えない何かがある。おそらくだが人を避けなければならない理由が。学園でもチームを組まなかったし、誰かと一緒にいるところを一度も見ていない。
しかし、本人が言わない以上昨日会ったばかりの他人に話すとは思えない。
なので「わかりました」とだけ言って席に着く。いつか話してくれる日もくるかもしれない。
「朝はそのぐらいで足りるかな?」
目の前にはたくさんの料理が並べられていた。
和食が中心で大盛りのご飯、魚、味噌汁とその他色々。どれも美味しそうな良い匂いがしてまたお腹が鳴った。
「はい大丈夫です。わざわざすみません」
半神の身体は燃費が良い。やりたいかは別として、やろうと思えば飲まず食わずで数日間は活動できる。
しかし師匠からは「身体が資本なんだから山ほど食え」と耳にタコができるぐらい言われている。
それは兄弟子である修司さんも同じだったようで昨日の夜ご飯の際にどれだけ食べるか聞かれたのだ。
「気にしないでいいよ。もう家族なんだからね」
その言葉に胸の奥が暖かくなった。修司さんにお礼を言って食事に手をつける。パクパクとよく味わいながらも量が量なので手早く口へ運んでいく。
「学校はどうかな? うまくやっていけそうかな?」
「はい。実地任務のチームは組めたのでひとまずは大丈夫そうです」
「そうか。それは安心したよ。刀至くんぐらい強いと恐れられたりする場合もあるからね。まあ黄金世代だからあまり心配してなかったけど」
「黄金世代?」
俺は聞き慣れない単語に首を傾げた。
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