黄金世代

「多分君に声をかけたのは神城の子じゃないか? それか東城の子かな? どちらにしろチームは神城智琉くん、東城颯斗くんと天音小夜さん。あとは真白を入れようとしたけど断られたから保留って感じかな」


 まるで見ていたかのような状況説明に目を丸くした。

 

「驚きました。見ていたんですか?」


 修司さんは目を瞬かせた後、小さく笑った。


「ちがうちがう。でも彼らには期待しているからね。よく知っているんだ」

「そうなんですね」

「ちなみに黄金世代って言うのは刀至くんの学年の事だね。真白を筆頭に神城智琉くん、東城颯斗くんは例年をはるかに超えた実力を持っているからね。そこに元非魔術師であるにもかかわらず二人に認められている天音小夜さん。その他にも実力者が多数いる。だから黄金世代って呼ばれているんだ」


 彼らがそれほどまでに評価されている事に驚いたがそれ以上に天音さんが自分と同じ元非魔術師である事に心の底から驚いた。

 昨日の魔物との戦いを見て天音さんが元は一般人だとはとても思えなかった。

 支援型の魔術師とあって二人より戦闘能力は低いが支援魔術という一点ではおそらく学園でもトップクラスだ。

 

「驚きました。天音さんは元非魔術師なんですね」

「才能があるって分かったのは偶然だったらしいけどね」

「そういうことってよくあるんですか?」


 現時点での狭い交友関係で自分と天音さんの二人が元非魔術師だった。ならば他に、もっといてもおかしくはないのではないかと思った。しかし修司さんはバッサリと言い切った。

 

「ないね。学園に所属している生徒で元非魔術師なのは刀至くん。キミと天音小夜さんの二人だけだよ」

「珍しいんですね」

「そうだね。だから神城が幼馴染じゃなかったら生きづらかっただろうね」

「生きづらい?」

「魔術師には一定数、純血主義がいるからね」


 修司さんは口の中で「くだらない」と呟く。

 どこにでも差別というものはあるらしい。修司さんの言う通り全くもってくだらない。


「でもそれは俺にも関係ありそうですね」

「あるだろうね。でも刀至くんは星宮だ。表立って何かされる事はないと思うよ。それにキミは今や時の人だからね」

「時の人ですか?」

「おや。知らなかったのかい? 八咫烏内で噂になってたよ。あのアラトニス様に斬りかかった転入生。彼は何者だってね。みんな興味津々になっているよ」

「それは……すみません」


 まさか噂されているとは思っても見なかった。

 居た堪れない気持ちになり視線を落とす。

 その様子に修司さんは軽快に笑い声を上げた。

 

「いやいいさ。魔術師という生き物は良くも悪くも実力主義なんだ。噂も好意的な物が多い」

「そうですか……それならよかった……んですかね?」

「あまり気にしなくてもいいよ」


 と、そんな時、修司さんの端末が電子音を上げた。


「――失礼」

 

 そういって修司さんは席を立ち廊下へ出る。


「もしもし……ああ。うん……」

 

 俺は食事を再開する。黙々と食べ進めていると通話を終えた修司さんが廊下から顔を出した。

 

「ごめん仕事が入ってしまった。刀至くんも遅刻しないように。じゃあまたね」

「はい。いってらっしゃい」


 修司さんはニコリと微笑むと仕事へと向かった。

 と思ったが、気配が戻ってきてまた廊下から顔を出した。

 

「忘れるところだった。これ渡しておくね」

 

 食堂の出口にある棚の上に鍵を置いた。


「出る時に鍵だけ閉めておいて」

 

 そう言って修司さんは今度こそ出て行った。時刻は八時になろうとしていた。

 俺はは残りのご飯を急いでお腹におさめ、準備をすると学園へと向かったのだった。



 

 本日から早速授業が開始された。

 一時限目は数学。教師が数式をつらつらと板書していく。エリート校だけあり、居眠りをしている生徒はおらず全員が真剣に授業を聞いている。

 黒板に書かれている内容を理解していないのはおそらく俺一人だ。まるで魔術式を見ているようだ。

 なにせ学力は小学生で止まっている。あの事件以降碌に勉強していないのだから当然か。できるのは数学ではなく算数だ。


 ……さすがエリート校。


 説明を聞き流しながらも黒板の内容をひたすらノートに書き写す。時折り挟まれる魔術的な講義は左耳から右耳へと抜けていく。何を言っているのかさっぱりわからない。

 

 放課後。机に突っ伏していると智琉と颯斗がそばにやってきた。


「授業はどうだった?」


 智琉の問いかけに顔だけを上げて首を振るった。

 

「わけがわからない」

「まあそうだよな。この学園は進みがはえーから。多分今日の内容は大学生がやるような内容だぞ」

「まじかよ……」


 絶句し再び机に突っ伏した。お先真っ暗。正直ついていける気がしなかった。

 

「もしよかったら僕が教えようか?」


 智琉の言葉に再び頭を上げる。その提案は一筋の光だった。しかしそう易々と掴むわけにはいかない。前提条件が智琉の想定と違うはずなのだから。

 

「それはありがたいけど、俺ができるのは小学生レベルだぞ?」


 その言葉に智琉の頬が引き攣る。


「中学生の範囲は全くやってないのか?」

「まったくだな。ずっと刀を振るってたから」

「そう考えるとあの強さにも納得か……。でもこのままじゃ試験が厳しそうだね」

「あー試験か……」


 試験。存在自体忘れていた。施設にいた頃に通っていた小学校はごく普通の学校だった。小テストのようなものはあれどしっかりした試験はなかった。

 中学生になったら中間試験、期末試験があるとは和樹から聞いていたが、今の今まですっぽ抜けていた。


 ……って。だいぶ不味くないか?


 たしか試験に落ちると留年する。それは非常にまずい。家に置いてくれている修司さんに申し訳ないし、そんな事になろうものなら師匠に合わせる顔がない。


「もしかしてごく普通のテスト?」

「ごく普通のテストだね。実技試験もあるにはあるけど実戦形式だからそっちは気にしなくていいと思うけど」

「そうか。智琉。ごめん。俺に勉強を教えてください」


 なりふり構っていられず一筋の光に縋りつく。留年するわけにはいかないのだ。しっかりと立ってから智琉に頭を下げた。

 智琉は苦笑しながらも頷いてくれた。しかし指を一本立てて「条件がある」と言った。


「条件?」

「僕達には戦いを教えてくれ」

「それなら任せろ! って言いたいところだけど俺は実戦形式でしか教えられないけどそれでもいいか?」

 

 俺が師匠から教わった事は多いがその全てが実戦の中で培われたものだ。圧倒的強者と戦い、死線の中で実力は自動的に付いてくる。

 それが師匠の教えだ。俺はそれが正しいと身を持って知っている。


「実戦だけで構わないよ。思った事をアドバイスしてくれると助かるけど」

「それなら問題ないな。わかった。それで行こう」

 

 話はまとまり朝、昼は勉強、夜は実戦訓練という新たな日課ができた。


 それから日課をこなしつつ忙しい学園生活を送った。それから約一ヶ月後。初の実地任務が行われる。

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