対魔物戦:アラクネ

 アラクネは半人型に属される強力な魔物だ。学生レベルでは手に負えない。

 アラクネのように人型の頭がある魔物は魔術を扱える知能がある。ケルベロスのような本能でのみ行動する獣型魔物のように直線的な攻撃ではなく複雑な攻撃をしてくる。  

 故に厄介極まりない。富士樹海では散々苦しめられた。

 しかしそれは約二年前の話だ。

 霊峰富士には知能の低い魔物なぞいなかった。常にこちらの行動を読み裏をかいてくるようなバケモノだ。

 既に樹海にいる程度のアラクネであれば囲まれていても対処できる。今更一体なんて敵ではない。


 少しがっかりとしながら腰に差した刀に手をかけた。こいつ如き二刀を使うまでもない。しかし油断はしない。遥かな格下であろうと油断をすれば足元を掬われる。

 その瞬間、纏う雰囲気が変わった。まるで抜き身の刃のような殺伐としたモノに。

 あまりの変貌に三人は息をのんだ。

 

 深く息をつき、左足を大きく下げる。腰を落として身体全体のバネを使い身を捻る。体を前傾し、鯉口を切る。


「キィイイイイイイイ!!!」


 アラクネが耳を劈く絶叫を上げる。人である部分の手と蜘蛛である部分の手を一斉にあげて一気に複数個の魔術式を記述する。

 しかしそれが完成することはなかった。


「シッ」


 鋭い呼気と共に斬撃を放つ。

 半神の膂力を全て使った斬撃は空気すらも断ち、衝撃波を発生させる。

 結果として斬撃は飛翔する。


 残心。

 修練場が静まり返った。その中でキンと刀を鞘に納める音だけがやけに大きく響いた。


 アラクネの体が横にズレて消滅していく。

 その光景を智琉達は呆然と見つめていた。



 

「うおおおお!!! すげぇな刀至!!!」


 いち早く我に帰ったのは颯斗だった。

 興奮を隠そうともせずに駆け寄ってきた。


「アラクネを一撃か……」


 智琉でさえも驚きに目を丸くしている。星宮さんは理解が追いついていないのか固まっていた。


「強いとは思ってたけどこれ程とはね。それに……」


 智琉の視線は俺が腰に差している刀に向けられていた。


「あの刀は使わないのか?」


 智琉が言っているのは白帝と虚皇の事なのはすぐにわかった。

 アラトニスに対してあれだけ派手に使ったのだ。気絶していなかったこの三人はしっかりと見ている。


「もう少し強い魔物相手なら使うけどアラクネ程度ならこれで十分だな」

「なんというか……分かってはいたけど凄まじいね」

「ほんとにな。オレにはまだできねぇわ」


 まだ、と言うところが颯斗らしいと思い思わず笑みが溢れた。


「ちなみにこいつは一級の中だとどのくらい強いんだ?」

「シミュレーションの中だと二番目かな」

「一応この上がいるんだな。なんで魔物だ?」

「五つ首のヒュドラだよ。首が再生するやつ」


 師匠から話だけは聞いたことがある。竜のような胴体に蛇の首がついている魔物だ。首それぞれに能力があって強さが上がるにつれて首も増えるらしい。

 討伐方法も厄介で同時に首を全て斬らなければいけない。

 五つ首程度ならまだマシだが、師匠が戦ったヒュドラは百本も首があったらしい。

 絵面を想像したら気持ち悪い事この上無い。


「まあたしかにアラクネよりは強いな」

「だいぶな」


 颯斗が苦笑しながら呟いた。


「しかし困ったな……」


 神妙な顔で智琉が呟いた。

 

「困った?」

「うん。刀至が僕たちより遥かに強いのは火を見るより明らかだよね」


 客観的にみてそれは事実だったので頷いた。


「多分刀至一人いれば一学年を全員敵に回しても勝てると思う。結果として既にこのチームの成績上位は決まったようなものだ。でもそれは僕たちの実力じゃない。それじゃあ意味がない」

「なるほど……」


 智琉の言いたいことはわかる。

 実力にそぐわない評価ほど無意味なものは無い。人の力で勝ってもそれは決して自分が強くなったわけではない。

 魔術師という命のやり取りをする仕事なら尚更だ。いつか痛い目を見るのは弱かった自分だ。それが命のやり取りなら弱い事は死に直結する。


「でも何もさせないって言うのも刀至にとってメリットがないからね」


 智琉の言う通りそれだと俺にメリットがない。

 正直なところ現状俺はこの学園で強くなれるとは思っていない。

 俺が相手にしてきた魔物は霊峰富士のバケモノだ

 魔術師とは言え学生なんて比べるべくも無い。教師陣の中ですら明らかに強いと思えるのはわずか数名だった。それも完全に格上だとは言い難い。

 言って仕舞えばここであった中ではっきりと格上だと断言できるのはアラトニスだけだ。

 ならば実地任務も程度がしれている。それでも決して油断することはないが。

 だから俺が先陣を切って戦っても成長できるとは思えない。その上そんなことをして仕舞えば智琉、颯斗、天音さんの三人が経験するはずだったことを奪ってしまう。それは本意ではない。ならばと思い提案を口にした。


「俺はサポートに徹するよ」

「……いいのか? それだと君にメリットが……」

「メリットならある。俺は魔術師とは戦ったことがないからな。だから戦い方を見ておきたい」


 でも、と尚も口を開こうとした智琉を手を挙げて止める。


「いいんだ。それだけでも俺の経験になる」


 すこし考えた後、智琉はゆっくりと頷いた。

 

「わかった。他に代案もないしよろしく頼むよ」


 そうして改めて智琉と握手を交わした。

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