対魔物戦:ケルベロス
これは幻影だ。
頭でそう認識していても目の前に出現した魔物は限りなく"本物"だった。
毛の質感、咽せ返るような獣臭。魔物が放つ独特の存在感。そのどれもが偽物だと断言するのは難しい。
「グォオオオオオオ!!!」
ケルベロスが三人を視界に捉えると目を血走らせ咆哮を上げた。
大音声が衝撃を伴って修練場を揺らす。ケルベロスは智琉達にとっては格上だ。にも関わらず咆哮を受けても眉一つ動かさないのは流石だと言えるだろう。
「黒い毛。通常種だ! 颯斗!」
「オウ!」
颯斗が拳を打ち鳴らし即座に両手の甲に魔術式を記述。即座に式が赤く染まり発火する。
――火属性強化魔術:
魔術式から生まれた小さな火種は瞬く間に火焔となり颯斗の拳を包み込む。
「行くぞ!!!」
気合い一声。それが開戦の合図となった。
両拳に火焔を纏った颯斗がケルベロス目掛けて一直線に疾走する。
颯斗は接近戦を得意とする魔術師だ。それも武器は己の肉体。間合いは当然短い。その為、攻撃を当てるには懐に入り込むのが最善だ。
しかし敵がそうやすやすと通すわけがない。ケルベロスが鬱陶しそうに腕を薙ぎ払う。あわや直撃かと思われたが、颯斗がニヤリと笑った。
「ハァ!!!」
身体を捻り、正面からケルベロスの腕を殴りつけた。
拳の火焔が爆発を引き起こしケルベロスの腕を大きく弾く。
「グォ」
ケルベロスのミツ首がくぐもった声を漏らした。一瞬の隙。これを智琉が見逃さない。
――ズドン。
腹の底まで響くような銃声。
気がつくと智琉の手には白銀の二丁拳銃が握られていた。
智琉は続け様に引き金を引く。銃身に魔術式が浮かび上がり弾丸が放たれる。合計三発の弾丸が狙い違わずミツ首の各眉間に着弾し爆発を引き起こす。
ケルベロスはたまらず後退するが、すでに懐には颯斗が入り込んでいる。拳を引き絞りガラ空きの胴体に打撃を放つ。
「オラァ!!!」
拳の火焔が増幅され爆炎を撒き散らしケルベロスを包み込む。肉が焼ける匂いが鼻につく。
しかしケルベロスは倒れない。憎悪に満ちた六個の瞳で颯斗を捉えた。ミツ首の口端に炎がチラつく。
「ちっ!」
颯斗が舌打ちし大きく後退しようとした。しかしそこへミツ首が大きく口を開け業火を吐き出した。
人一人を丸焼きにするぐらい訳ないほどの大火が颯斗に迫る。
「させない!」
天音さんが杖を颯斗へと向け、素早く魔術式を記述。
――光属性防御魔術:
颯斗の目の前に光の障壁が出現。放たれた業火は聖盾に触れた途端に光の粒子となって消えていく。
「わりぃ! 助かった!」
「颯斗! 出し惜しみなんてするな! 相手は格上だぞ!」
「チッ……。……上位属性に切り替える!」
舌打ちをしながらも颯斗は自身の力量不足を素直に認め再び魔術式を記述する。するとフッと拳の火焔が消えた。しかし次の瞬間には拳から肩まで腕全体を包み込むように蒼炎が姿を現した。
――炎属性強化魔術:
颯斗が再び疾走する。ケルベロスは迎撃するべく前足を振り上げる。
「任せた!」
それだけ言うと颯斗はケルベロスの攻撃を無視して無理矢理に懐へ入ろうとする。直線で向かってくる敵などケルベロスにとっては良い的だ。
ケルベロスが前足を大きく上げた。
その瞬間、再度銃声が響いた。それによりケルベロスの腕は上げた状態から更に弾かれた。
「グォオオオオオ!!!」
「ナイス!」
更に加速した颯斗がケルベロスの懐に入り、拳を振りかぶる。
そして全身のバネを利用して渾身の一撃を繰り出す。
「破ァ!」
炸裂する蒼炎。その炎は何倍にも膨れ上がりケルベロスを焼いていく。
しかし相手は二級の魔物。それだけでは致命打には到底なり得ない。
全身に火傷を負いながらもケルベロスの眼光は衰えず。これがシミュレーションだと忘れそうになるほどの迫力だ。
またもやケルベロスの口端に炎がチラつく。
狙いは近くにいる颯斗。再び天音さんが杖で魔術式を記述する。
――光属性防御魔術:聖盾
颯斗の目の前に光の盾が生成される。だがその判断は早すぎた。
ケルベロスが炎を吐く寸前で、二つの首を天音さんへと向けた。
「チッ!」
颯斗は舌打ちをすると、聖盾から抜け出し天音さんに駆け寄ろうとする。だが天音さん自身が「大丈夫!」と言ったので踏みとどまった。
天音さんが浮遊する魔導書に手を翳す。
すると魔導書のページがペラペラと凄まじい速度で捲れていき、中間あたりで止まった。
――無属性結界魔術:防護結界
小夜の前方に透明な板が出現した。
「颯斗! 決めるよ!」
智琉が引き金を引く。
今度は銃声がなかった。かわりに先程とは別の魔術式が記述され銃口へと光が収束していく。
――光属性攻撃魔術:
このまま進めば、業火の直撃を受ける。
だが、業火が放たれる直前で智琉の放った
残った二つの首が天音さんに業火を放つが、防護結界が行手を阻む。
これで颯斗がフリーになった。
「いくら硬くても内側から焼けば関係ねぇよなぁ!」
智琉が焼き切った切断面へと蒼炎に包まれた拳を突き入れる。
直後、ケルベロスが体内から蒼炎を吹き出し爆散した。
「ふぅぅ」
颯斗が大きく息を吐く。ケルベロスから飛び散った肉片が虚空へと消えていく。残った身体も同じように消えていった。
戦闘終了。智琉も天音さんも肩の力を抜いた。
……想像以上だな。
率直にそう感じた。俺の見立てでは三人の実力はそう高くない。学生レベルで考えると高いのかもしれないが、当然富士では通用しないだろう。
ケルベロスを一対一で倒せるかと言われるとそれも首を縦に振ることはできない。
しかしチームとなると話は別だった。現にいくつか危なげない箇所はあったが、特に怪我を負うこともなく格上を倒すことができている。
それを為すことができたのは、連携だ。流れるような連携がそれを可能にしている。
俺が入ると邪魔になるかもしれないと心配になる程に完成された連携が三人の間にはあった。
「どうだった?」
智琉が二丁拳銃を虚空へと消しながら聞いてくる。
「正直驚いたよ。連携がここまでとは思っていなかった」
まさに阿吽の呼吸とも言うべき連携だった。文句のつけようがない。
「だろ! 一緒に育ってきたから息は合うんだ」
颯斗が言うが、それだけであの練度にはならないだろう。おそらく三人で血の滲むような努力を重ねているに違いない。
「じゃあ次は刀至の戦い方を見せてもらえる?」
「ああ。相手は同じでいいのか?」
「いや、刀至の力量にあったランクでいいよ」
「ちなみに最高は?」
「一級だね」
「じゃあそれで行こう」
正直なところ一級がどれほどの強さなのかはわからない。事実、富士の魔物がどのランクを与えられているのかすらわかっていない。できるなら一番強い魔物と戦いたいがいかんせんランダムだ。運に賭けるしかないだろう。
「わかった」
智琉が端末を操作し、シミュレーションを開始する。
先ほどと同じように黒いキューブが生まれ、増殖していく。
姿を現したのは蜘蛛の胴体に人間の体が生えた蜘蛛人間、アラクネ。蜘蛛の部分は赤黒い八本脚。糸を吐き出す腹は巨大で毒々しい紫色をしている。
人間の部分は死体のように青白い肌をしている。髪は長く顔を覆っているため表情は読めない。
「!? 刀至! 気を付けろ! そいつは……!」
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