全力
富士でもこれほど絶え間なく魔物が押し寄せてきた事はなかった。それも当然だ。あんなバケモノ共がこんなに押し寄せてきたら命がいくつあっても足りない。
一撃で殺せている以上、こちらの方がマシなぐらいだ。体力的にはまだ余裕はある。しかし仲間を守らなければならない以上、ギリギリだ。
自分だけならば容易に突破できる。しかしそんな選択肢は絶対にない。それをやったら俺が俺ではなくなる。
そんなことをするぐらいなら死んだ方がマシだ。
……もう二度と
その時、新たな魔物が飛び出してきた。
狼のような見た目だが四足歩行ではなくしっかりと二本の脚で立っている。全身は漆黒の毛で包まれており、眼光は餌に狙いを定めた猛獣のように鋭い。
一目見てわかる。そこらの有象無象とは放つ気配が段違いだ。これは恐れていたことが現実になったことを示していた。
……一級。
「智琉! こいつは!?」
「わからない!」
智琉の答えを聞いて俺は優先度を引き上げた。智琉であれば学園の資料にある魔物なら全てを知っている。
知らないと言うことは偽竜のようなイレギュラーの可能性がある。
……なら、俺自身で直接叩く!
一瞬で距離を詰め、白帝を振るう。
狼はそれに反応した。腕の毛を逆立たせ白帝を受けた。硬質な音が響き、一瞬だけ刃が止まる。だが関係ない。
……半神の膂力を舐めるな!
受け止めた腕ごと押し込み、狼の身体を両断した。
……問題ない。まだ倒せる。
しかし次に出てきたのはニ足歩行の亀だった。
……まずいな。
内心で一人愚痴る。
たまにいるのだ。防御特化の魔物が。そういうやつは必ずと言って良いほど硬そうな見た目をしている。
……こんな風にな!
亀は手に甲羅を持っていた。それも一目見てわかる硬そうな見た目だ。ダイヤモンドかなにか知らないが、甲羅にはびっしりと透明な鉱石が付いている。
しかも魔力の気配がする。ということは魔鉱石だ。めんどくさい事この上ない。
一体一体に時間をかけていられないのに、強制的に時間をかけさせられる。
攻撃力はほとんどないが、ジリジリと前線を挙げてこられると非常にまずい。
考えている時間すら惜しい。
俺は瞬時に亀へと距離を詰めると白帝を振り下ろした。亀はしっかりと反応して甲羅の盾で斬撃を防ぐ。
やはり硬い。
しかし俺の膂力に押されて盾が弾かれた。そこにすかさず虚皇を叩き込む。
胴を横凪に払われた亀は瘴気となり消えていく。
……やっぱり一撃じゃきついか!
このギリギリの状況下でそれは致命的だ。その一瞬で何匹かの魔物が包囲を抜けた。
「神滅……」
「やめろ! まだその時じゃない!」
包囲を抜けた魔物の首を跳躍させた斬撃で飛ばす。そこで三つ目の斬撃はすぐに消した。
智琉の
まだ俺だけで対処ができているうちは使うべきではない。
……考えろ。考えろ。考えろ。
各個撃破をしているから時間がかかるのだ。必要なのは範囲攻撃。
……考えろ。考えろ。
だが剣で範囲攻撃を行う事は難しい。
……本当か?
固定観念は危険だ。視野を狭めてしまう。
……考えろ。
霊峰富士では必ず一対一で戦ってきた。
なぜか。
二体一になった瞬間、死ぬからだ。一体でも手一杯なのに二体は手に負えない。だから戦闘中であっても魔物の気配を察知すれば逃げていた。
あの時は範囲攻撃など必要なかったのだ。ただ確実に、素早く目の前の一体を殺すことだけを考えていた。その為には無駄な力は必要なかった。
だから考えたこともなかった。
……もし、
普通の刀である愛刀なら折れてしまうだろうが、今手に持っているのは魔剣だ。白帝と虚皇なら耐えられるのではないだろうか。半神の
無意識に口角が上がり、獰猛な笑みが顔を覗かせる。
……いいねぇ! この感覚!
久しぶりの感覚だ。目の前には壁がある。魔物の大群という壁が。
俺は壁を幾度となく超えてきた。後ろを振り返れば砕け散った壁がいくつもある。俺はその度に強くなってきた。
ならば今回の壁も乗り越えられぬ道理はない。
俺は刀を握る手に力を込めた。ミシミシと音をたてながら腕の筋肉が盛り上がる。
「……耐えてみせろよ!!!」
そう呟くとダンっと一歩、力強く地面を踏み締める。身体を捻り、全身の筋肉を使い右手の白帝を構える。
そして地面スレスレを擦らせるように振り上げた。
次の瞬間、轟音を立てて大地が捲れ上がり粉々に砕け散る。破壊に巻き込まれて大量の魔物が消滅していく。
地形を変えるほどの一撃だ。そんな攻撃を放っても白帝は折れていない。それどころか刃毀れ一つしていない。
……ならば虚皇でも……!
俺はもう一歩、大地を踏み締め虚皇を振るう。
すると同じよう地形が変化し、多くの魔物を殺戮した。
魔物を全滅させるのにそう時間は掛からなかった。
周囲の気配を探り安全を確認する。
……なんとかなったな。
俺は一息吐くと、振り返った。みんなの顔を見るとつい笑いが溢れた。
「なんて顔してんだよ」
鳩が豆鉄砲を食ったような。そんな表情。
「やべぇな刀至。本当に人間か?」
颯斗が頬を引き攣らせながら言う。その疑いは正しい。だが認めるわけにはいかないので曖昧に笑みを浮かべた。
「んじゃ戻るか。まだ何か起こるかも……」
そこで初めて真白に視線を向けた。いまだに蹲りながら
……なぜだ?
魔物は全て倒した。もはや気配は一つもない。なのに何故まだ
嫌な予感がした。
冷水を浴びせかけられたような、そんな感覚がした。サァッと血の気が引き身体の体温が冷えていく。
……まだ終わっていない!
気付いた瞬間、ソイツはなんの前触れもなく俺の背後に立っていた。
気配を察知した瞬間に俺は白帝を振るった。
個人に対しては強すぎる威力だ。一級の魔物でも先ほどと同じように粉微塵になる斬撃。
それをソイツは素手で受け止めた。いや正確には受け流した。
結果、ソイツの背後にある地面が捲れ上がり粉々に砕け散る。
「な……に!?」
俺は驚愕に目を見開いた。霊峰富士の魔物でさえ、俺の斬撃を受け流すやつなどいなかった。
その動揺が隙となった。
ソイツがとてつもない速度で蹴りを放った。俺ですら目で追うのがやっとだった。
半ば反射的に二刀を交差させ衝撃に備える。
直後、まるでトラックに激突されたかのような衝撃に襲われた。
「ぐっ!」
自分から後ろに飛んで衝撃を少しでも受け流す。しかし受け流しきれずに口からくぐもった声が漏れた。
木々を薙ぎ倒しながら数百メートルは吹き飛ばされた。
……まずい!
距離を離された。それが非常にまずい。
そいつは蹲る真白に目を向けていた。
俺は起き上がることもせずに白帝に魔力を流し込み、斬撃を放った。
……間に……合え!
銀光は跳躍しソイツを襲う。その隙に俺は跳ね起きて距離を詰め、斬撃を放つ。
ソイツは手を挙げて、またも斬撃を受け流そうとしたがそうはさせない。二度も同じでは喰らわない。
手と白帝が衝突する瞬間、一気に刀を振る速度を上げ衝撃を増大させた。
さしものソイツも受け流すことができずに距離をとった。
そこで初めてソイツの姿を確認した。
冷や汗が頬を伝う。
身長は俺と同程度。見た目は人間のそれだ。足があり腕があり頭がある。表情こそ無いが顔も非常に整っている。
そして特徴的なのが額の中心。
そこには――。
――立派に聳える角があった。
「……
口から掠れた声が漏れた。
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