最強種:鬼人

 最強種、鬼人きじん

 見た目こそ人間と大差ないが、その圧倒的な身体能力は巨人種に匹敵すると言われている。

 非魔術師の赤子でさえ微弱ながらも魔力を持っていると言うのに鬼人は全くの無。

 当然魔術の心得などなく、武器は己の身一つ。


 しかしそれがデメリットになり得ないのが、鬼人が最強種たる所以だ。

 鬼人の拳は山を砕き、地を破る。

 魔力が無いが故に魔術師の魔力感知にも引っかからず。

 鬼人の初撃を感知できずに命を落とした実力者は数知れない。


 鬼人の特徴は額から生える角だ。一般的に本数が多い方が永い時を生きた強い個体と言われている。

 肌が浅黒く、病的なまでに白い髪をしており肉体は鋼のように頑強だ。その肌は最高級の魔石よりも硬いと言う。


 俺は鬼人の角をチラリと見る。


 ……角が一本なのが不幸中の幸いか。

 

「みんな。何もするな」


 視線は鬼人からは外さずに後ろのみんなに注意を促す。


 声音が強張り、キツイ口調になってしまった。誰かの息を飲む音が聞こえた気がした。


 しかしこれは釘を刺しておかなければならない事だ。

 

 なぜなら、もし援護しようなどいう思いで、鬼人の標的が後ろにいる誰かになった瞬間、待っているのは惨劇だ。


 そんな不安を抱えながら戦える相手ではない。俺に出来ることと言えばせめて巻き込まないようにぐらいだ。


「おいお前。言葉は通じるか?」


 最強種は人語を解すると聞いた事がある。ならば戦わずに済む選択肢があると思って聞いてみたが鬼人は無表情で俺を見つめるのみだ。何の反応も示さない。


 ……これは……?


 俺は目を細める。

 最強種を見るのは初めてだが、少し違和感がした。学園で見た資料には問題なく意思疎通ができると書いてあった。


 しかし目の前にいる鬼人からは知性をかけらも感じない。感情が抜け落ちている。その様は抜け殻だ。


 ……覚悟を決めるしかないか。


 選択肢は消えた。


 俺は白帝と虚皇を上段に構える。


 ……認識を改めろ。俺は最強種を――。


 ――殺す。


 意識を切り替える。鬼人は今まで出会った魔物の中ではまごう事なき最強だ。余計なことは考えるな。考えるのはただ殺す事だけ。


 身体から赤黒い魔力が溢れ出し、荒れ狂う。

 

 俺は自分が出せる最高速度で鬼人に肉薄した。それは智琉たちから見ると瞬間移動かと思えるような速度だ。


 それでも鬼人は当然のように反応してみせた。右拳を構えて迎撃の構えをとっている。

 

 銀光纏う白帝と拳が衝突し、火花を散らす。


 攻撃の余波だけで周囲の地面が砕け散り、衝撃波を撒き散らした。

 

 鬼人がもう片方の拳を振りかぶる。俺は魔力を込めた虚皇の切先を拳の前に


 これは師匠の得意技だ。相手の攻撃に合わせてこちらの得物を置いておく。それで技の出先を潰す。


 結果として鬼人は一瞬だけ躊躇した。


 俺はニヤリと笑みを浮かべ確信した。


 ……こいつは虚皇の能力をわかっていない。


 師匠の隠れ家でさえも俺は虚皇の能力を使っていない。能力を知っているのは師匠と俺だけだ。


 しかしこの個体が永い時を生きている存在だとしたら以前に虚皇に似た武器と戦っている可能性がある。

 

 その場合、魔力の性質で能力がバレている可能性がある。

 

 あくまでの領域だが、そこを軽視してはならないと俺は身をもって知っている。


 常に最悪を考えろと耳にタコが出来るぐらいに聞かされてきた。

 

 鬼人は虚皇に備わったではなく、として警戒し、躊躇した。

 

 魔力を込めたのは完全にブラフだ。魔力を持たない鬼人には虚皇の能力は無意味だから。

 

 しかしこの魔剣という事実が攻撃に使えると判明した。ならば大いに利用させてもらう。

 

 俺は攻撃を躊躇した鬼人の隙をつく。虚皇を滑らせるようにして首を狙う。

 流石に首は弱点なのか、鬼人は身を捻って斬撃を


 避けたということはそこが急所だと言うことだ。ならば殺せる。


 俺は体勢を崩した鬼人に追撃を仕掛ける。即座に一歩を詰め、白帝を上から叩きつけようとした。


 だがその寸前で顎あたりにピリリとした殺気を感じ、追撃を止めた。一瞬の判断で半歩だけ後ろに下がる。


 すると鬼人は体勢を立て直そうとはせずに、逆に倒れ込み、勢いを利用して下から掬い上げるような回し蹴りを放った。


 俺の眼前を槍のような蹴りが通り過ぎる。後退が甘く、頬が皮一枚だけ裂けた。


 されど皮一枚だ。

 

 下がるのが一瞬でも遅ければ頭が弾け飛んでいたことだろう。そう聞けば皮一枚ぐらいマシだと思うだろうが俺は違う。


 攻撃をしまったと考える。


 一撃が致命傷となる極限の戦いにおいて、これは直ちに意識を改めなければならない事だ。

 鬼人が俺の想定を上回ったのだから。


 鬼人はそのままバック転の要領で起き上がると俺たちの間には距離ができた。


 ……まずいな。


 眉を顰めざるを得ない。

 技量、膂力ともに互角。硬さは鬼人が上。一撃でも喰らえばこちらは死にかねないのに、有効打は急所だけ。

 

 常に綱渡りだ。一回のミスが死に繋がる。


 ふぅと息を吐き、再び白帝と虚皇を上段に構える。まだ足りない。


 極限まで力を発揮しろ。


 極限まで集中を高めろ。


 戦いはまだ始まったばかりだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る