突破口

 刀と拳の乱舞。

 得物が交差するたびに余波が木々を薙ぎ倒し、地面が陥没する。魔境の復元も追いつかないほどの速度で。

 一瞬の判断ミスが命取りになるような応酬の中で俺は考える。


 ……どうしたら殺せる?


 俺の刃は鬼人の肌を傷付けることができない。対する鬼人も拳を俺に当てることが出来ていない。全くの平行線。お互いに打開策がなく、極限の戦いを続けている。


 ……なにかないか。


 冷静に、正確に鬼人を観察する。しかしどれだけ戦ってもこの状況を覆す方法が見つからない。


 鬼人は格闘センスも身体能力もズバ抜けているが、一番厄介なのが硬さだ。

 いくらなんでも硬すぎる。


 その硬さを突破しようとして大ぶりの攻撃をしても難なく受け流される。


 単純な火力では押し切れない。

 

 かと言って白帝の斬撃跳躍も羽虫を払うかのように撃ち落とされ、虚皇の能力はブラフ以上の意味を見出せない。


 さすが最強種だ。

 こんなものを倒せる零級魔術師のバケモノ具合を思い知った。


 ……単純な肉体強度がここまで厄介だとは……!

 

 シンプル故に突破口がない。無駄に時間だけが過ぎていく。

 

 加えて時間は俺の味方ではない。一回のミスで致命傷を受けるのは俺だからだ。


 俺が死ねば仲間も死ぬ。そんな事になれば復讐はできないし、なにより『家族』や友が死ぬ。そんな事になればあの世で和樹に合わせる顔がない。

 

 それだけは絶対に許容できない。


 ……色々試すか。


 俺は大ぶりの斬撃を叩き込み、距離を取った。鬼人も不用意に近付こうとはしてこない。

 

 何もない時に無傷で近寄れるとは思っていないのだ。それは俺も同感だ。お互いの技量はそこまで離れていない。


 このレベルの戦いともなると切先のわずかな移動、重心移動でさえも読み合いだ。

 読み合いに買った方が先手を取れる。


 俺は虚皇を手の中から消し、白帝を納刀する。あまりに隙だらけの動きに誘われていると感じたのか鬼人は動かなかった。

 俺は構わず抜刀の構えを取った。


「シッ!」


 鋭い気勢と共に斬撃を飛ばす。アラクネの時にやった事と同じだ。一級程度ならば両断できる。


 しかし流石は最強種。鬼人は腕を払うだけで斬撃を掻き消した。飛ぶ斬撃といえど、正体は衝撃波なのだから当然か。


 ……ならばこれはどうだ!


 もう一度、白帝を納刀する。

 俺は身体から溢れ出る膨大な魔力を白帝に

 赤黒い色をした荒れ狂う魔力が刀身を包み込んだ。


「シッ!」


 先程と同じ要領で斬撃を飛ばす。

 赤黒い斬撃が木々を切り裂きながら突き進み、鬼人を襲う。

 さしもの鬼人も脅威に感じたらしく、腕をクロスさせ防御姿勢に入った。


 一瞬の後、激突。

 斬撃は拮抗した。しかしそれも僅か数秒だった。

 斬撃が勢いをなくし消滅する。


「チッ」


 思わず舌打ちが漏れる。鬼人の腕には傷一つなく、全くの無傷だった。


 ならばと俺は虚皇を呼び出し、二刀に魔力を纏わせる。

 抜刀術なしで二発の斬撃を放とうとしたが、そう易々と撃たせてくれる敵ではない。鬼人が瞬時に距離を詰め拳撃を放ってきた。


 俺は正面から迎え撃った。魔力を纏わせた二刀を拳へと全力で叩きつける。少しでも押し込めればと思ったが上手くはいかなかった。

 さらに力を込めようとした時には鬼人が逆の拳を振りかぶっていた。


 俺は即座に虚皇と左足に魔力を込める。

 虚皇はブラフだ。引っかかってくれればよし、くれなければ左足に込めた魔力を暴発させ横に躱す。


 しかして鬼人はブラフにかかった。ほんの一瞬だけ意識が虚皇へとブレた。


 その隙を見逃す俺ではない。


 赤黒い魔力に包まれた左足で、鬼人の膝を蹴り飛ばす。


 まるで巨大な壁を蹴っているかのような感触に俺は顔を顰めた。

 

 少しでも体勢が崩れればと思ったが鬼人はビクともしない。


 俺は一度距離を取り、二刀を上段に構え直した。


 今の攻防で得られた物はない。

 新たな攻撃手段が出来たがどれも鬼人には通用しなかった。

 また振り出しだ。


 ……考えろ。思考を止めるな。


 必要なのは硬い敵の対処法だ。

 

 思考をしながらも手は止めない。俺は二刀に魔力纏わせる。

 するとまたもや鬼人が距離を詰めてきた。


 今度は白帝で拳を受け、もう片方の拳に虚皇を叩きつける。鬼人の蹴りを避け、首筋に剣撃を叩き込むが避けられる。


 俺も鬼人も、一歩も引かずに刀と拳をぶつけ合う。


 そんな中でも思考は止めない。


 ……偶然か?


 今のやり取りで違和感があった。正しくは既視感か。

 鬼人は俺が刀に魔力を纏わせた時に攻撃してきている気がする。


 ……試してみる価値はあるか。


 攻撃の合間を縫って、魔力を込めた足で鬼人の腹部を蹴り付けその衝撃で距離を取る。


 続け様に今度は魔力を纏わせないで斬撃を放つ。これは鬼人にとってはそよ風みたいな攻撃だ。

 手で払われ斬撃は消える。


 ……予想通り。


 結果を見るまでもなく俺は二刀に魔力を纏わせる。

 するとまたしても鬼人が距離を詰めてきた。

 結局、先ほどと同じ刀と拳の応酬が繰り返される。


 ……当たりか?


 鬼人は俺が刀に魔力を纏わせる事を嫌っている。一回ならばまだしも三回連続ならば偶然とは考えられない。


 ……ではなぜだ。


 魔力を纏わせた一撃でも鬼人には傷一つ負わせられなかった。これはそもそもこの攻撃が脅威ではない事を示している。


 だからわからない。なぜこんなにも魔力の斬撃を嫌うのか。


 この鬼人は他の魔物とは違うように感じる。

 魔物には本能がある。鬼人ともなれば知能があってもおかしくないし学園の資料では人類と同じ程の知能があると記されていた。


 なのに目の前にいる個体はどこか空虚だ。まるで自分の意思を持っていないように感じる。

 顔に張り付いている無表情がそのイメージを加速させている。


 だからだろうか攻撃も正確だ。まるで行動がプログラムされた機械と戦っているみたいだ。


 だがそんな空虚な存在だからこそ、弱点となり得る攻撃を機械的に拒絶している可能性がある。


 ……ならば。


 俺は白帝と虚皇に魔力を纏わせる。その瞬間、やはり鬼人が動いた。先ほどと同じく拳撃を放ってきたところで今度は受けるのではなく躱す。

 拳がくるとわかっていれば対処できる。


 俺は首を狙って魔力を纏った二刀を叩きつけようとしたが、もう片方の拳で防御してきた。

 だから俺は剣筋を変えて胴を薙ぎ払った。


 ……。


 やはり傷はつかない。


 しかし絶対に理由があるはずだ。

 だがこれは突破口だ。直感がそう言っている。

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