選択

 極限状況下での戦いは一瞬が隙が命取りになる。

 それは重々承知していた。しかしの悲鳴は見過ごせなかった。

 惨劇が脳裏にフラッシュバックした。


「……!」


 俺は飛び込んできた光景に息を呑んだ。

 そこには鬼人がいた。二体目の鬼人が。それも最悪な事に額からはニ本の角が生えていた。

 一体目の鬼人とは別格だ。魔力は一体目と同じく完全に無いが、闘気とでも言うべき気配が洗練されている。


 にも関わらず全く気付けなかった。あんな馬鹿でかい気配を放っているのに攻撃の瞬間まで完全に気配を消していた。


 それは並大抵のことではない。

 

 二本角の鬼人は颯斗の目の前に無表情で佇んでいた。


「かはっ!」


 颯斗が盛大に吐血した。見れば脇腹に拳が突き刺さっている。

 ポタリポタリと拳から血が滴る。近くにいた小夜は颯斗の血で濡れていた。


 俺が見せた隙を一本角の鬼人は見逃さなかった。一歩後退し二刀をやり過ごすと蹴りを放ってきた。

 俺は避けることができなかった。腹に槍のような重撃が突き刺さる。

 

 俺は千載一遇の好機チャンスを逃した。


「がっ!」


 口から吐血し、まるでボールのようにバウンドしながら吹き飛び木に叩きつけられた。

 

 肺から空気が強制的に吐き出される。口内に鉄の味が広がっていく。

 視界が酷く歪む。ぐるぐるとした気持ち悪さを堪えながらみんなの方へ顔を向けた。


「神滅天使――!」


 咄嗟に智琉が血統魔術ブラッドを使った。

 その判断は正しい。たとえ消耗し、後がなくなるとしても使うべきタイミングだ。

 今は一秒でも多く時間を稼がなくてはならない。


 たが相手が悪かった。単純な力量差だ。仮に現れたのが一本角であれば数秒は稼げただろう。

 

 しかし智琉の目の前にいるのは二本角だ。


 智琉が瞬時に放った無数の王光ギガン・レイは避けられる事も無く二本角の肌に弾かれた。

 痛痒つうようすら感じていない様子だ。しかし鬱陶しかったのか予備動作なしで蹴りを放った。

 瞬時に腕をクロスさせ防御姿勢を取ったのはさすがと言うべきだが、蹴りを受け止めた智琉の腕からボキリと嫌な音がした。

 

 そしてなす術もなく吹き飛んでいく。天使の羽根が辺りに舞い散った。


 ……何でこんなのがもう一体いやがる!


 内心で悪態を吐きながら地面に刀を突きたてる。

 刀を杖のようにして起きあがろうとするが足が震えてうまくいかなかった。


 颯斗の傷はまずい。誰がどう見ても致命傷だ。早く回復魔術を使わないと命を落とす。


 なんとかして二体の鬼人を引き離さなければと足に力を入れるが、やはりうまくいかない。

 腹部を見ると制服が破け、血に染まっていた。半神でなければ生きてはいなかっただろう。


 鬼人が颯斗から拳を引き抜く。まるで噴水のように血が吹き出した。颯斗がうつ伏せに倒れ地面に血溜まりが広がっていく。


 小夜が駆け寄ろうとしたが、鬼人が小夜の方へ向き歩を進めた。


 ……まずい!


 ここで回復魔術を扱える小夜が戦闘不能になれば、颯斗の命はない。

 それだけは阻止しなくてはならない。


 一歩、そしてまた一歩と鬼人が小夜に近づいていく。

 それがやけにスローモーションに見えた。


 ……使うしかないのか……。


 俺は服の胸元を握りしめる。

 ここにある魔術刻印を解除すれば、おそらくだが皆助けられる。


 ……だけどこれを解除したら復讐が……。


 神の力に人である肉体部分が耐えられない。最悪の場合、命を落とすと師匠からは言われている。


 絶対に解くな――と。


 大いなる力には代償が伴うのだ。


 仲間か、復讐か。


 悩んでいる暇は無い。一歩ずつ二本角は小夜に近付いている。その隣には真白もいるのだ。


 俺は射殺すような視線で二本角を睨みつける。だがヤツは気付いてすらいないのかどこ吹く風だ。

 

 使わないで勝てる方法を頭を高速で回転させながら必死に考える。

 しかしいくら考えても思いつかない。もし方法があったとしてもこの立てもしない身体では意味がない。


 俺の焦燥をよそに颯斗の血溜まりは広がっていく。肌は青くなり、おそらくだが既に意識はない。

 

 刻一刻と命がこぼれ落ちている。

 

 このまま手をこまねいていたら小夜も智琉も真白も殺される。全員が殺される。


 ――この無力感は知っている。

 

 再び光景がフラッシュバックした。


 血溜まりに沈む友人達。頭が吹き飛んだ先生達。そして首がおかしな方向に曲がってしまった『家族』。


 俺はあの時から何一つ変わっていない。


 鬼人が歩いて行き、小夜と真白の前で止まった。

 その時、ふと真白と目が合った。

 

 彼女は涙を流していた。

 震える身体を抱きしめながら縋り付くような目で俺を見ている。

 そして唇が動いた。


 ――助けて。


 その瞬間、俺の中でプツンと何かが切れた。


 葛藤が消えた。


 ……ここでやらなきゃ死んだみんなに……和樹に顔向け出来ねぇだろうが! 俺は……! みんなを救って復讐を果たす!

 

 俺は白帝と虚皇を消した。

 そしてありったけの魔力を魔術刻印に流し込む。

 刻印が赤くなり染まり熱を帯びる。刻印の防衛機能だ。俺に解かせない為の。


 肌が焼けるように痛む。それを歯を食いしばりながら耐える。

 耐えながらも魔力を流し続ける。

 限界を超えても止まらずに。


 俺の暴力的なまでの魔力についに耐えきれず、魔術刻印が弾けた。

 そして――。


 ――神威しんいが溢れ出す。

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