偽竜戦
まず初めに動いたのは星宮さんだ。剣を天高く掲げて切先で円を描くように回した。
――雷属性攻撃魔法:雷球
魔術式が出現し、帯電。瞬く間に雷の球体が姿を現した。それが五つ。
「ほう」
天宮監督官が思わずと言ったように声を漏らした。
「今のは?」
「簡易術式だ。それにしてもワンアクションで五つの魔術とはさすが星宮家と言ったところだな」
「簡易魔術……ですか?」
「ん? ああ。お前は魔術が使えないのか。簡単だよ。こうやって」
天宮監督官が近くにいた影狼に向けてパチンと指を鳴らす。すると一瞬にして魔術式が現れた。魔力を使って記述すると紙にペンで文字を書くように魔術式が出来上がるが、簡易術式は瞬時に魔術式が現れた。
そして魔術が発動し魔術式から火花が散った。空間に漂っていた煙草の煙を導線にして影狼が燃え上がる。
「自分の行動をトリガーとして魔術を発動する高等技術だ。普通はワンアクションで一個の魔術が基本なんだが、今の星宮真白は円を描くと言う動作を五分割してるんだろうな」
「なるほど。円を五つに分けて考えてるって事ですか?」
要するに円を半分に分割すると半円を描くと言う動作が二回行われる。その一回一回に簡易魔術を登録しているという事だろう。星宮さんはそれを五分割している。
「理解が早いな。その通りだ」
星宮さんに視線を向けると剣を指揮棒のようにして雷球を周囲に展開させた。そして星宮さんを中心に雷球が円を描くように等間隔で配置された。すると雷球が高速で回転し出した。
雷球は次第に速度を上げていき残像で円が描かれる。
「落ちろ」
言葉に従い、高速回転する雷球から雷が落ちる。それはまるで雷の檻だった。凄まじい光を伴う雷で影が消え、影狼が実体化していく。実体化した影狼の末路は消滅だけだ。
わずか数秒後、すべての影狼が消滅した。
まだ遠くの方で気配があるが遠巻きに眺めるのみだ。放置しても問題ないだろう。
「すごいな」
「本来星宮家は戦闘が苦手なんだけどな。こりゃ修司さんの代で変わったな」
前座は終わりだ。残るは偽竜のみ。俺が吹き飛ばした方向から偽竜が飛んでくる。
「行くぞ……!」
颯斗が前に出て静かに呟く。颯斗の闘気を感じ取ったのか偽竜が甲高い鳴き声を上げた。
「キィイイイイイイイイイイイイイ!!!」
智琉、颯斗、天音さんの三人が一斉に魔術式を記述する。
――無属性強化魔術:身体強化
――無属性強化魔術:身体強化
――無属性強化魔術:身体強化
三人の身体から魔力の迸る気配がする。
まだ終わらない。続けて智琉と颯斗が魔術式を記述する。
――光属性強化魔術:
――炎属性強化魔術:
智琉の全身が光のオーラに包まれ、颯斗の腕が蒼炎に包まれる。
天音さんが魔導書に手を翳す。
――無属性強化魔術:範囲強化
「まずは落とす! サポート頼む!」
瞬間、颯斗が右足で地面を叩く。すると右足に魔術式が現れ爆発が起こった。爆発で起こった推進力を使い空にいる偽竜の元へと一気に距離を詰める。
……あれも簡易魔術か。便利だな
引き絞った拳の先に魔術式が記述される。
――炎属性攻撃魔術:五連炎槍
炎で出来た五つの槍が拳の先に生成された。それを颯斗が殴り飛ばした。
「落ちろォオオオオオ!!!」
飛翔した炎の槍が、偽竜の翼を貫く。
「キィイイイ!!!」
翼に穴を開けられた偽竜は地面に墜落した。
しかし偽竜は直ぐに起き上がった。翼に空いた穴はすでに塞がっている。
「智琉! また飛ばれたら厄介だ!」
颯斗が着地して叫ぶ。身体強化の影響で高いところから落ちても問題ないらしい。
「任せて!」
智琉が立て続けに引き金をひくと
それで飛ぶのを諦めたらしい偽竜は翼の形状を変換させた。槍のように鋭く。
「小夜! 結界! 一番強いの頼む!」
嫌な予感がしたのか智琉が叫んだ。
「うん!」
智琉の言葉に天音さんが頷く。颯斗も天音さんの後ろまで下がっている。
――光属性防御魔術:
地面から半透明に輝く黄金の壁がせり上がる。その壁は重厚且つ堅牢。まるで城壁の様な姿をしていた。
次の瞬間、智琉の予感通りに偽竜は翼槍を回転させながら射出した。
左右の翼から五本ずつ。合計十本の槍がまるで巨大な弾丸のように迫る。
直後、轟音が大地を揺らし城壁と翼槍が激突して火花を散らす。
拮抗。いやわずかに翼槍が城壁を削っている。
「くっ」
天音さんが辛そうにうめく。翼槍が貫通するのは時間の問題かに思われた。
だから颯斗は壁から飛び出して翼槍を次々と横合いから殴りつけた。颯斗の拳からも血飛沫が舞うが、翼槍は彼方へと吹き飛ぶ。
「ごめんね! 直ぐに回復を……」
しかしその時にはすでに偽竜の翼は再生していた。無論槍の形で照準は颯斗に定められている。
「ちっ! 小夜! オレはいい! 壁の強化しとけ!」
天音さんが頷いた。その時、翼槍が射出された。
颯斗が舌打ちをしながら右足を踏み鳴らす。簡易術式で爆発を起こし上空へと退避する。しかし射出された翼は全てではなく続く翼槍が空中の颯斗目掛けて射出された。
「智琉! ずらしてくれ!」
颯斗が足元に魔術式を記述した時、智琉が弾丸を放つ。
魔術式が爆発を引き起こし、颯斗の身体を前に押し出した。そこに迫る翼槍。直撃は免れない軌道だったが智琉の弾丸が僅かにずらした。
「行けえええええ!」
颯斗が空中で体勢を立て直し、偽竜の懐に飛び込んだ。
「シッ!!!」
鋭い呼気を吐きながら全力の拳を胴体めがけて振り抜く。するとガキンと硬質な音がして颯斗の拳が弾かれた。曲がりなりにも竜鱗。傷一つ付いていない。逆に颯斗の拳が傷つく始末だ。
すかさず天音さんから回復魔術が飛び、傷を癒した。
「わりぃ小夜! 助かる!」
しかしそれが隙になった。偽竜が虫でも払うかのように腕を振るった。
「颯斗! 避けろ!」
智琉が偽竜の腕目掛けて引き金を引く。計六発の弾丸が狙い違わず腕に着弾。僅かだが腕の軌道をずらす。
かろうじて身を交わした颯斗だったが腕に爪先が掠った。それだけで颯斗がボールのように吹き飛んだ。
「ガッ!」
地面に何度かバウンドして木に激突した。肺の空気が強制的に吐き出される。
距離が離れたことにより好機とみた偽竜の口に炎がチラつく。
再度、智琉が引き金を引くが、一足遅かった。
偽竜が
「私の後ろに!」
天音さんが魔導書に手を翳す。すると無数のページが魔導書から浮かび上がり巨大な魔術式を構築した。
――光属性防御魔術:聖断
颯斗と偽竜の間に光の膜が現れ
「くっ!」
天音さんは苦悶の声を漏らしながらも何とか耐えた。
しかし魔力の大半を持っていかれたのか、足元がおぼつかない。
「ごめん。次は無理かも……」
「十……分!」
ブレスが消えた瞬間、満身創痍の颯斗が距離を詰めていた。
「智琉! 防御は任せたぞ!」
颯斗が足元を爆発させ飛んだ。狙うは
「目まで硬くはないよなぁ!」
颯斗が空中で術式を書き換える。拳を包み込んでいた蒼炎が刃の様な形に変形した。
――炎属性攻撃魔法:
颯斗の狙いを悟ったのか偽竜は身を捻って交わす。ついでとばかりに尾を颯斗に叩きつける。
颯斗がいるのは空中。攻撃中とあって避けることは出来ずに直撃した。
木々を薙ぎ倒しながら颯斗は吹き飛ぶ。
「颯斗くん!」
天音さんが駆け寄り回復魔術を使う。ボロボロだった颯斗の身体が瞬く間に癒えていく。
「わりぃヘマした」
颯斗が口元についた血を拭いながら立ち上がる。
「でも避けたな」
「だね」
「智琉。目を狙えるか?」
「もちろん」
言うが早いと智琉は両手の銃で弾丸を乱射した。
その全てが多角的な軌道を描いてあらゆる方向から正確に偽竜の目に吸い込まれていく。
偽竜も身を捩って躱すが智琉の弾丸は躱した先へも配置されている。
直後、着弾。偽竜の目が潰れた。
「ギィエエエエエエエエエ」
偽竜の絶叫が響き渡る。そして口には炎が灯る。
「チッ! また
防ぐには天音さん魔力が足りない。そう判断した颯斗が距離を詰める。狙いは
目を潰された偽竜は颯斗の拳を避けきれずに直撃した。吐き出す直前で出口を塞がれた
肉のこげた嫌な匂いが鼻をついた。
こういう再生する魔物は火に弱いと相場が決まっている。誰もがこれで倒れるはずだと思ったはずだ。実際に気配も弱っている。
しかし倒れない。それどころか身体の中で蟲が這っているかのように蠢いていた。
「颯斗! 戻れ!」
俺の声で颯斗が天音さんの場所まで下がる。
「天宮監督官。こういうことはよくあるんですか?」
「いや、俺も初めて見る」
星宮さんに視線を向けるが彼女も首を横に振った。
……このまま任せていいものか
サポートに徹するか、俺が出るか。それを迷った一瞬で、偽竜の気配が爆発した。
そしてビキッバリッと硬質なものが裂けるような音が響く。偽竜の背が縦にひび割れていた。
それは蛹が成虫になるかのようで――。
「颯斗!」
智琉が引き金を引きつつ叫ぶ。放つは極光。
――光属性攻撃魔術:
「オウ!」
颯斗も拳に魔力をありったけ注ぎ込んで疾走する。蒼炎が大きく猛々しく燃え盛る。
――炎属性強化魔術:爆炎招来
「オラッ!」
颯斗の拳と智琉の弾丸が着弾する直前、一際大きな破砕音が鳴った。
偽竜であったものから白い影が飛び出す。
それは天高く飛翔し、周囲を巣のように囲んでいたジェットコースターのレールに着地した。
その体長は凄まじく大きい。丸まった状態でも先程の偽竜の三倍はある。
それがゆっくりと身体を起こし翼を広げた。
その姿は神秘的で神々しさすら覚える。
俺は天宮監督官に声をかける。
「この魔物に見覚えはありますか?」
「いやない。何だこいつは」
学生にもしものことがあってはならない。故に監督官に任命されるのは一級の魔術師。その知識を持ってしても正体不明。
「さすがにこれは学生たちの手に余るな」
監督官が臨戦体制に入る。
その意見には俺も同意だ。偽竜であった頃なら三人でもギリギリ対処できた。現に倒すことに成功している。しかし敵はもはや偽竜ではない。
三人にとって勝てるとか負けるとかの次元では無くなった。
俺が一歩踏み出そうとした時、智琉の纏う雰囲気が一変した。視線を向けると顔にはまだ闘志が漲っていた。
「刀至。これを使ったら僕はしばらく動けなくなる。だから失敗した時は頼んだよ」
白竜を見据えながら智琉が言った。その時、智琉の気配が膨れ上がった。
いままでとは別人の様な気配に俺はニヤリと笑みを浮かべた。
「ああ。任せろ」
そして智琉は厳かに呟く。
「『
瞬間、光が溢れた――。
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